ルルゥカちゃんは炎上したい~人間界にやってきた魔王の娘、人々の負のエネルギーを集めるつもりが、何故か清純派メスガキアイドルとしてバズってしまう~

水品 奏多

第一話 つよつよルルゥカちゃん、女の子(意味深)になる



「ふっふっふ、とうとうこの時が来やがりましたかっ」


 真っ赤に染まった空の下、悠然と佇む漆黒の魔王城。

 その一角、大勢の魔族に囲まれた広場の中心で、一人の少女が高笑いを上げていた。


 彼女の名前はルルゥカ・オスヴァルダ。

 魔界を統べる十二将の一人、魔王ディートマーの娘にして、この度重大な使命を託された魔族っ娘である。


「おねぇ、本当に一人で行くの?」


「やはりお考え直し下さい、ルルゥカさま。あちらと交流があったのも今や昔。ここ数百年でどんな力を付けているやも分かりませんっ。

 せめて、この老体だけでもお傍にっ」

 

 そんな彼女の元に近づいてくる影が二つ。

 妹のローカと彼女たちのお目付け役として長年仕えてきたドノヴァンだ。 

 自身の姉ルルゥカを模したぬいぐるみをぎゅっと抱きしめるローカと、細い杖を必死に動かして縋るようにこうべを垂れるドノヴァン。

 そのどちらにも彼女を本気で心配する色が見て取れた。


(あー、やっぱりこうなりましたか。

 ま、それも私に与えられた任務の重さを考えれば当然ですかね)


 ルルゥカは小さく頬をかき、頭上に浮かぶ白い亀裂――魔界と人間界を繋ぐ時空の裂け目へと視線を向けた。


 十年前、二つの世界が急速に接近した影響で魔界各地に生まれた時空の裂け目。

 彼女の任務はそのうちの一つを通って人間界へと単身で赴き、向こうの様子を調査することだった。

 直近の接近は半世紀以上も前で、その後から人間界との交流から完全に途絶えている。彼らの社会がどんな変化を遂げているのかも分からないのだ。

 本来ならドノヴァンが言うようにもっと慎重に行動すべきなのかもしれない。


 ただそれでも、ルルゥカは今更翻意するつもりはなかった。

 最悪を防ぐためにも誰かがやらないといけないし、なにより――自身が尻尾を撒いて逃げかえる光景が何一つ思い浮かばなかったから。


「大丈夫ですよ、二人とも。

 私の力があれば、例えどんな英雄ばけものが来ようと傷一つ付けられませんので」


「し、しかしっ」


「しつこいですよ、じぃ。

 任務の成功を考えれば、私一人で行動するのがべすと。それはもう何度も話し合ったじゃないですか。

 それともじぃは私が矮小な人間どもに負けると思っているのですか? 5歳の時点でお父様より強かったこの私が?」


「ぬぅ」


「むしろ恐れ戦くのはあちらの方。

 なにせ魔界最強たるこの私が、直々に顔を見せに行ってあげるんですからっ」


 歌うようにルルゥカは笑う。

 そんな彼女に誰も異を唱えない。父親たる魔王も、腕っぷしで選ばれたはずの四天王も。

 それもそのはず。彼女が10歳の時にはすでに彼らをぼこぼこにしていたのだ。


 膨れ上がった自尊心。そしてそれを裏付ける圧倒的なまでの能力と実績。

 彼女はまさしく、つよつよ美少女であった。


 逸る気持ちを抑え、ルルゥカは今まで黙っていた壮年の男性に声をかける。


「それではお父様。行ってきます。

 お前たちは私の凱旋を雁首揃えて待っているとよいのです。……ローカ、褒美はいつものあれを」


「うん、任せて。おねぇのために最高の一品を作って見せるよっ」


「分かった、くれぐれも無理はしないように。

 ……あ。昨日の鞄はちゃんと持ったか? 何か入れ忘れてないか? 弁当は? 通信くんは? 

 や、やっぱり10年くらい待ってから――」


「それではっ」


 彼らと話していたら埒が明かないと察したルルゥカは、小さく手を振って固有魔法を発動。自身の体を無数の蝙蝠に分割し、時空の裂け目へと殺到させる。

 

 「形態変化」――吸血鬼の基本能力の一つだ。

 普通の吸血鬼なら一人につき一体の蝙蝠にしか分身できないそれを、上位種の始祖吸血鬼たるルルゥカは何百何千にまで分裂させることができた。

 そして、それこそが今回の偵察を一人で任された理由でもあった。


 各地に生じた時空の裂け目はどこもまだ小さく、一定以上の魔力を持ったものは通り抜けられないのだ。魔力の分散もできず、その総量が戦闘能力に直結する魔族にとって、魔力の少なさはそのまま弱さに直結する。

 そこを抜けられる魔族なんぞルルゥカの足手まといにしかならない、というのが彼らが何度も考えて出した結論だった。

 

(はてさて、どんな世界が待っているやら。

 私を畏怖できる程度の知性は残っているといいんですけど……)

 

 そんな傲岸不遜なことを考えるルルゥカを白い光が襲う。







 明転の後、彼女の視界が捉えたのは灰色の壁に囲まれた大きな部屋だった。

 さっきまで肌に感じていた濃密な魔力と彼らの視線もなく、代わりにあるのは埃っぽい空気と微弱な魔力の気配。


(ここが人間かちくどもが住まう世界。

 彼らにはお似合いな湿っぽい場所ですね。……それとやはり魔物どもが入り込んでいましたか)


 眼下に立つサラマンダーを見下ろしながら、正面の扉に向かって悠々と飛ぶ。


 時空の裂け目が発生した当初はまだ封鎖が十分ではなかった。恐らくはその時に人間界にやってきたのであろう。

 ただ言語能力を持たない彼ら魔物と話したところで、大した情報も得られない。今は近くの人間の町を見つけるのを優先すべきだ。


 体を透かせて扉を抜けると、部屋の外は洞窟のような光景が広がっていた。

 むき出しになった岩盤に囲まれた、ひと四人が通れるほどの空洞。岩盤には仄かな魔力が灯り、彼女の視界を淡く照らし出している。


 縦横無尽に地面を走る洞窟をルルゥカの分身たちはバラバラに分かれて、外へ外へと突き進む。

 壁、岩、分かれ道、魔物。

 そんなどうでもいい光景が続く中、彼女の耳を小さな絶望を捉えた。




「っ、ウォーターボールっ」


 現場に急行すれば、そこにいたのは防具を着た一人の少女と六体のゴーストたち。血が滲む右肩を押さえながら剣を振る少女に、鎌を構えた幽体のゴーストたちが容赦なく襲い掛かる。

 ざしゅり、と鎌が少女の体を切り裂く度、奴らは歓喜を味わうように身を震わせた。


 魔力は人間の負の感情によって生み出される。

 己が手によってそれを味わうのはルルゥカたち魔族にとって至福の時間だ。されど――


(人間に身体的苦痛を与える方法なんて下の下。明確なるーる違反です。

 全く、これだから言葉が通じない魔物たちは嫌なんですよ)


 使命感半分呆れ半分の心持ちで、たルルゥカは各地に散らした分身たちを集め、ゴーストたちの後ろに顕現する。


「お、女の子っ?

 な、なんで急にっ? ともかく早く逃げてっ」

 

「くすっ。逃げろって言いました? 魔王の娘にして、始祖吸血鬼たるこの私に? 

 ……ま、良いでしょう。今はこっちです。

 欲におぼれ、家畜同然の人間に牙を向ける哀れな同胞よ。死にたくなかったら、今すぐ矛を収め、あちらに逃げ帰るのがおすすめですよ?」


「――っ」


「よろしい。ならばお父様に代わって天誅をくれてやるのです」


 脅迫はなしあいで理解できないのであれば、最早是非もない。

 ルルゥカは自身の血液を練り上げて六本の赤い槍を形成すると、ゴーストたちに向けて射出した。

 凄まじい足で飛翔する赤い槍。強力な魔力が込められたそれらが彼らの体を貫けば、あっさりとゴーストたちは消滅した。後に残るのは六つの魔石のみ。


「す、すごい……」


「ふんっ」


 感服したような少女の様子に少しだけ気を良くしながら、ルルゥカは近づく。


(見たところ敵意はないようです。

 それなら格の違いを見せつけた後、脅迫はなしあいに――)


「――みぎゃっ」


 急速に力が抜ける体。

 眼前に迫る地面に反応できぬまま、ルルゥカは意識を手放した。








「あ、良かった。起きた」


「……?」


 右手に感じる暖かな感触と共に、ルルゥカは目を覚ました、

 頭上に広がるのは、白い天井を背に心配そうにこちらを見下ろすあの時の少女。


「大丈夫? 怪我はない?

 僕を助けた後、急に倒れちゃったから心配したんだよ」


「……ふむ、そうですか」

 

 何らかの攻撃を受けたのか、あるいはこれが人間界の新しい特性なのか。

 色々と思考を巡らせながら上体を持ち上げて――ルルゥカは完全に動きを止めた。

 

「っ――!?」


 口から洩れる、声にならない悲鳴。

 なにせ、あれだけあった魔力が体からすっぽりと抜け落ちていたのだ。

 魔力とは魔族にとって生命そのもの。それがなければ魔法どころか日常生活すらままならない。

 これではまるで、魔力を持たない哀れな家畜にんげんのようで――


「な、な、なんですか、これ!?

 まさかお前、勇者の血統だったんですかっ!?」


「?? え、僕勇者の血筋だったの?」


「なんでっ、お前が知らないですかっ」


 

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