第五話 ルルゥカちゃん、人間の娯楽に触れる



「ふあああ」

 

「あ、おはよう、ルルゥカちゃん。

 どうしたの? 凄い隈だよ……?」


 翌日の朝。ルルゥカがあくびを噛み殺しながら階段を下りると、玄関にいた夏希が慌てた様子で近寄ってきた。

 どうやら流石に1時間睡眠は無理があったらしい。

 鉛のように重い思考の中、ひらひらと手を振って彼女のそばを通り過ぎる。


「別に心配しなくても大丈夫です。

 ちょっと面白そうなサイトを見つけただけですから」

 

「あー……気持ちは凄い分かるなあ。

 でも夜更かしは健康の敵だし、寝る前のネットサーフィンはほどほどにね?」


「分かってますよ~」


 何故か同情的な彼女を横目に洗面所へ。

 ばしゃばしゃと勢いよく顔を洗って、思考を冷やす。


(……うう、カリーナ。

 どうして死んでしまったんですかっ)


 頭の中にあるのは昨日の夜に読んだとあるネット小説の内容だった。

 舞台は剣と魔法のファンタジー世界。幼き頃から勇者として育てられた少年が、彼が住む村に偵察に来た魔王の娘と恋に落ちる、という王道のストーリーだった。

 お互いを思うゆえに立場の違う二人はすれ違い、そして最終的には勇者が魔王の娘カリーナを殺し、彼女の亡骸の前で泣きじゃくる。そんな悲恋の物語だ。


(全く、人間は何とも後味の悪い話を書くものです。

 ……でも確かに面白かったんですよね。あのサイトには何十万もの小説が乗っているみたいですし、試しに他のーーはっ。危ない危ない。

 また人間の巧妙な罠に引っかかるところでした)


 水にぬれた頭を振って、煩悩を追い出す。

 魔界で待つ仲間たちのためにも、ここで足踏みするわけにはいかなかった。

 

「それじゃあ僕はもう行くよ。

 朝ご飯と昼食はリビングのテーブルの上にあるから、適当にチンとかして食べてね。食べ終わった食器は流し台にそのまま置いておいてくれたら大丈夫」


「ご苦労です。

 ってかお前、何ですかその恰好? どこかの式典にでも出るんですか?」


「? あ、これはうちの学校の制服だよ。

 今日は月曜日だからね、ちゃんと授業を受けに行かないと」


「学校? なんですか、学校って?」


「うえ? え、と決まった年齢の子供たちが集まって一緒に勉強するところ、かな。

 逆にルルゥカちゃんはどうやって学んだの?

 ……あれ、でも今普通に日本語で話してるよね」


「なるほどです。私の場合、諸々の勉強は専属の家庭教師が教えてくれましたから。

 言葉が通じるのはーーいえ、何でもありません」


「そ、そっか。

 ……すっごい箱入りのお嬢様って考えればおかしくはない、のかな? でも今どきそんな家、ある?」


 ぼそぼそと小さく言葉を零しながら玄関の扉を開ける夏希。

 それにルルゥカは横柄に声を掛けた。


「それなら、どうぞ行ってきやがってください。

 ちゃんと夜までには帰ってくるんですよね?」


「っ……うん、夕方の5時くらいには帰ってこれるかな。

 それじゃあ、いってくるね。ルルゥカちゃん」


 どことなく嬉しそうな顔を残して、彼女の姿が扉の奥へと消えていく。

 そんな彼女の様子に、私に使われて喜びを感じるとは人間にしては分かってるじゃないですか、とルルゥカは大きく頷いた。


 

 




 


(ここが、図書館ですか。

 に、人間にしてはなかなかやりますね……)


 家から徒歩10分ほど歩いてやってきたのは市営の図書館。

 数十の本棚が整然と並び、見渡す限りの本が収められたその場所で、ルルゥカは小さく唾をのみこんだ。

 

 ネットの情報である程度察していたが、やはり城の書庫よりはるかに蔵書数が多い。一から調べていたら日が暮れてしまうだろう。

 さりとて彼女は覚えの速いつよつよ魔族。記憶を頼りに検索機を見つけ、探したい情報を入力していく。

 

(ジャンルを「歴史・文化史・世界史」に、検索欄に勇者と入れて、と。 

 ……ふむ、やっぱり見つかりませんか。魔族や魔界、かつての勇者や魔王の名前とかも駄目みたいですね。

 こうなると本当に私たちのことは忘れられているとみていいでしょう。最も、表向きには、という話ですけれど)

 

 前に見えている情報が全てとは限りない。

 国の上層部、あるいはどこかの組織によって秘匿されていたり、どこかの地域で伝承や御伽噺として密かに語り継がれるなどの可能性も考えられるだろう。特に後者に関しては魔界でよくある手法だ。それらは子供でも分かりやすいように平易な文章で書かれ、特定の固有名詞を入れず別のメタファーが用いられることが多い。

 試しに伝記・伝承の項目だけを入れて確認してみると、数千の本が出てきた。(当然、魔族関連の言葉を入れたら検索結果は0だ)

 流石にこれを全部探すのは骨が折れる。


 どうしますかね、と途方にくれたのも束の間、「何か調べたいことがあるときは受付の職員に聞くといい」というネットの助言を思い出して、レファレンスカウンターと書かれた窓口に座る女性に話しかけた。

 

「そこのお前、勇者や魔族に関する伝承や御伽噺、あるいはそれに似た何かが載った本を知らないですか?」


「ゆ、勇者?や魔族、それに似た何かに関する伝承ですね。

 少々お待ちください。……ふむ。何かほかに情報はありませんか? 例えば本の見た目や、出てくる人物の名前、どういう形式で書かれたかなど」


「どういう形式で、ですか。

 そうですね、子供でも分かりやすく、楽しめるように書かれている感じですかね」


「あ、児童書のことでしたか。

 それでしたらあちらのーー」


 







「ただいま~。先に帰ってたんだ。

 どうだった、今日の成果は?」


「ふむ、最近の児童文学? は凄いんですねっ。

 所詮子供向けだと甘く見てましたが、なかなかーーって、ちがあああうっ」


 夕刻。閑静な住宅街で、少女の嬌声がこだました。


 

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