第19話 彼と彼らの記憶
やっぱりか。
やっぱり崎山も、記憶が戻ってたんだな。
俺と同じく。
「……バレてたんですね」
「そういうお前も、オレの記憶が戻ってたってわかってたんだろ?」
「まあ、下駄箱でのあの反応を見たら、ねえ……」
そう。
あの時、崎山は高輪の迫力に負けてたじろいでいたのかと思ったが、違った。
急に記憶が戻ったが為に、狼狽していただけなのだ。
「他の連中も、そういう素振りを見せていたか?」
「どうでやんしょ? 俺もずっと一緒にいたわけじゃあねえですから」
「だろうな」
崎山は足を組みながら、テーブルに頬杖をついていた。
「だが、1つだけ確実な事がある」
「へえ、それは?」
「香南子も記憶が戻ってるって事だ」
「……そりゃまた、どうしてわかるでやんす?」
「簡単な話だ。オレはこっちではアイツと付き合ったっつー記憶がねえ」
そういう事か。
だから下駄箱で、崎山は高輪に対して「誰だ、オメー?」と言っていたのだ。
アレは高輪の容姿が変わって誰かわからなかったからではなく、こっちでは本当に初対面だった――という事か。
「――て事を踏まえりゃオレが何を言いたいか、もうわかるな?」
「…………俺と対になる人物――奈月先輩も記憶が戻っているはずだ、と?」
「そういうこった」
崎山の言っている事が本当なら、俺達8人の内4人の記憶が戻っている事になる。
「パイセンはどうして、記憶の事を黙ってたんやす?」
「最初は動揺してたからな。ワケもわからなかったし、事態を把握するまでに時間もかかった。お前は違ったのか?」
「いえ、同じでやんした」
無理もない。
1つの肉体に2つの記憶が同時に存在しているんだから。
「ただ、わからねえのはどうしてこういう事態になったか、って事だ」
「パイセンもでやんすか」
「ああ。香南子と目が合ってからずっとあっちの記憶はあるんだが、どこをどうしてここに来たのかが、さっぱり思い出せねえ」
目が合った時――やっぱりそれが記憶を取り戻すトリガーか。
「……良かったら、あっちでのパイセンについて教えてくれやせんかね?」
「ん? ……あぁ、まあ、こっちのオレとはだいぶ違うからな。お前が聞いたら腹を抱えて笑いそうだな」
「そこまで酷いんでやんすか……」
「酷いっつーか、性格が別人みたいだからな」
崎山は自虐的に笑っていた。
それから、俺はヤツのあっちでの話を聞いた。
元々、崎山は繊細で気の弱いヤツだった。
友達はおらず、けれどそれが問題ではなく、1人でバイクをいじっているのが好きな寡黙少年だったという。
そんな彼がふとしたきっかけで当時中学生の香南子と知り合い、バイクに乗せるようになったらしい。
お互い特に告白などもせず、何となく付き合いをしていたのだが、ある時、高輪の母親から香南子と別れるようにと言われたんだとか。
理由はバイクに乗るような不良――いつの時代の価値観だ――に大切な娘を付き合わせられない、との事だった。
気の弱かった崎山は高輪母の言うとおりにし、高輪には理由を告げずに一方的に別れを切り出した。
その後、崎山は後悔と自己嫌悪に陥り、バイクを爆走させていたらカーブを曲がり切れずに事故を起こして入院。
結果、下半身不随の重体で、退院して自宅のベッドで寝ていた所、気付いたらこっちの世界に来ていたという。
「……こっちとは随分と性格が違うんですね」
「だから言ったろ? こっちの俺はバイクに乗るようになってから、今のような性格になった――という記憶になっている。香南子とは知り合ってないし、付き合っていた記憶もない」
崎山が高輪と付き合った記憶がないのに、高輪は崎山の事を知っていた。
だから、高輪は記憶が戻っている、か。
そういえば高輪のやつ、先のガールズトークでバイクがどうのとか言ってたが、あれはあっちの崎山の事だったんだな。
「さあ、次はお前の番だぜ?」
「……やっぱり言わなきゃ、あかんですかね?」
「たりめーだろ。オレにだけ言わせて自分だけ逃げようってか?」
崎山はバキバキと拳を鳴らしていた。
いやまあ、殴られても痛くはないんだけどな……
けれど、俺は観念した様子を見せてから、あっちので自分について話した。
「……オレのも大概かと思ったが、お前のは次元がちげーな」
崎山は言葉を失ったかのように呟いた。
「ハハ……まあでも、もう3年も前のことでやんすから」
それにこっちの俺は至って健康だし、兄も両親もピンピン生きている。
「3年で割り切れる出来事とは思えねーが……まあいい」
「これから、どうするでやんす?」
「1つ気になる事がある」
「なんでやんしょ?」
「お前が入院していたっつー病院、大浦総合病院と言ってたな?」
「へえ、それが何か?」
「オレもその名前の病院に入院してたんだよ」
「へえ?!」
思わず、素っ頓狂な声をあげてしまった。
「名前が同じだけで場所は違うって可能性もあるが――」
俺は病院の場所を伝えた。
「――いや、オレと同じか」
「……こりゃ、一体どいういう事でやんしょ? 偶然にしては出来過ぎてるというか」
「わからん。だが、これをネタに香南子と真鶴を揺さぶれるな」
崎山は悪人面をして笑っていた。
「もうちょっと穏便にいきやしょうよ……」
「バカか、お前は。あと数日で壁に潰されるんだぞ? 早く真相究明してここから出なくちゃいけねえのに、何悠長な事を言ってんだ」
「でもパイセン、さっき死は怖くないって――」
「死そのものはな。どうせ痛みも感じねーんだし。だが、こっちでの死が向こうのオレに影響がないとは言えねえだろ?」
「そ、そう言われてみれば……」
「ま、どっちみち今日はもう遅い。明日になったらオレはオレで勝手に動くが、お前はどうする?」
「俺は――」
その後、俺は崎山と二言三言の会話をしてから、放送設備室から退室した。
……ふぅ。
疲れたなぁ。
シャワーがあるらしいけど、面倒だから今日はいっか。
そんな事を考えながら、体育館を後にした。
これが崎山との、最後の会話になる事も知らずに――
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