第18話 呼び出し
俺が自分の寝場所について意見を言う前に、奈月先輩に遮られた。
「職員室……? 別に構いませんが、そりゃまたどうして?」
「職員室には各部屋の鍵が置いてある。万が一、私達が寝ている保健室に誰かが鍵を使って忍び寄る事があれば、一大事だ」
「そりゃまあ、懸念はわかりますけど……」
誰が忍び込むんだよ……
俺達以外に人はいない事は、ほぼ確定しているのに。
「それだけじゃない。屋上や体育館に鍵をかけて、野間や崎山を出られなくするというイタズラも考えられる」
そんな幼稚な事をするヤツ、この中にいるかなぁ……
「もっと言えば――」
奈月先輩は、はっきりを俺の目を見て言った。
「保健室の近くに誰かがいてくれる――という安心感が1番大きい」
ミオナ先輩とひまりが大きく頷いていた。
職員室と保健室は校舎の1階、下駄箱を挟んで隣同士にある。
近くといえば近くなんだろうけど……
「いやいや姐さん、ちょっと待ってくださいよ」
「誰が姐さんだ」
「俺が職員室の鍵を使って保健室に忍び込むという可能性を忘れちゃあいませんか?」
「そしたら、犯人はお前で確定じゃないか。遠慮なく断罪出来るというものだ」
……なるほど、犯人が誰か分からなくなるのが不安なのか。
こんな状況で、鍵を持ち去られて何かが起きた場合、皆が疑心暗鬼になる。
疑心暗鬼から仲違いが生じ、更なるトラブルに発展しかねない。
けど、犯人の可能性が俺1人ならその心配が無い――って事か。
それはわかる。
わかるんだけど……
「……なんで俺なんですか?」
これじゃあ俺は生贄も同然じゃないか。
「別にお前でなくてもいい。だが、他の連中はもう寝る場所を決めていたからな」
最後まで傍観していた俺の自業自得って事かよ……
面倒だし、責任重大だなぁ……
「志摩君なら、私も安心して眠れるよ♪」
ぐっ……
ひまりに言われると、釘を刺されたようで逆に心苦しい。
「……はぁ。わかりましたよぉ、職員室で眠りますよぉ……」
「ごめんね、志摩君? そうしてくれるとワタシも安心出来るわ」
「いえ……まあ、誰かがやらにゃならん事ですから」
「そんなに不満なら、我輩と一緒に屋上で――」
「全力で職員室で眠らせてもらいますっ!!!」
俺は力強く宣言したのだった。
◆◆◆◆◆◆
時刻は夜の10時半。
俺は約束どおり、体育館にいる崎山の所へ向かっていた。
ヤツもまだ眠ってはいないとは思うが、もし眠ってくれてるのならラッキーだ。
その時は書き置きでもして、帰ればいい。
大事なのは『ちゃんと来たんだけど、眠っているのを起こしては悪いと思ったので』という言い訳を用意しておくことだ。
崎山みたいな人間はきちんとした理由、もしくは情に訴えかける何かがないと納得しないタイプだと踏んでいる。
ああ見えて根は繊細、傷つきやすいのだろう。
でなければ、あの時、下駄箱であんな態度をするはずがない――
そう思いながら、体育館の中へ入っていく。
体育館の入口は2つあって、1つは夕方訪れた校庭から入る南側扉、もう1つが今俺が入って来た校舎から渡り廊下を歩いて行く西側扉だ。
崎山も体育館履きに履き替えるなんて事はしていないのか、体育館の床にはかすかに足跡で汚れがついていた。
館内には照明がついているし、ヤツも中にはいるんだろうが姿は見えない。
――って事は、やっぱりアソコか。
俺は放送設備室へ向かうべく、舞台袖まで歩いて行く。
こんな時間、体育館に忍び込むなんて初めてだな。
――って、学校に泊まろうとしている事自体が初めてか。
俺は放送設備室の前に到着すると、ノックしてみる。
「――入れ」
中から崎山の声がする。
やっぱりここか。
「――失礼しやす」
俺は恐る恐る扉を開けて中に入る。
「遅かったな」
崎山は椅子に座りながら、缶ジュースを片手に週間漫画雑誌を読んでいた。
ネカフェかよ、ここは……
崎山はこの状況を満喫しているように見えなくもない。
「すいやせん、あっちのチームでも色々とありやして……」
「まあいい、座れ」
崎山は顎でヤツの隣の椅子を指した。
「い、いえ、俺はここで……」
ヤツの隣に座るなんて緊張しすぎて吐き気を催しそうだ。
俺は入口に立ったまま不動を貫いた。
「ふん、まだビビってんのか?」
「いやまあ……それより、俺は何で呼ばれたんやんしょ?」
「決まってんだろ? 情報交換だよ」
ですよねぇ……
他に俺を呼ぶ理由がない。
愛の告白なんて勘違いするヤツ、ひまりくらいなものだ。
「俺が会議室で出て行った後の事を一通り話せ」
「へ、へい、そりゃあもう……」
俺は洗いざらい、全てをゲロした。
別にコイツに情報を渡した所で、あっちの連中からお咎めを頂戴するという事もないしな。
崎山とは敵対しているわけではないのだから。
逆に、コイツから有利な情報を引き出せたらラッキーくらいの心持ちじゃないと、俺の心臓が持たない。
俺達のように集団で動いているとどうしても機動力に欠けるし、思うように行きたい所に行けなかったりする。
そんな時、崎山のように単独で動けるヤツがいた方が、情報を得るという意味では俺達7人にとっても有利に働く可能性がある
崎山本人もそのように考えたからこそ単独行動をしている――と考えるのは持ち上げ過ぎか。
「そうか」
俺が話し終えると、ヤツはそれだけ言った。
壁が迫っている話もしたのだが、こうもリアクションが薄いって事は、既に把握していたんだろうな。
「パイセンは何か収穫ありやしたか? どうにも、髪が少々濡れているようですが……」
「ん? ああ、シャワーに入ったからな」
「しゃ、シャワーですかい?」
思わぬ単語が飛び出して来た。
「オレはこう見えても汗っかきなんだよ。だから、用務員室に設置してあるシャワーを使った。お湯が出るしシャンプーや石鹸も置いてあったから、タオルさえ持っていきゃ十全だ。必要なら洗濯機もあったぜ?」
「は、はあ……」
コイツがこんなキレイ好きだとは思わなかった。
女性陣からだってシャワーだの洗濯だのなんて話は出なかったのに……
「オレはてっきり、お前らの誰かが用務員室で寝泊まりすると思ってたんだがな。あそこは簡易ベッドもあるしよ」
「その発想自体が無かったもんで……」
用務員室なんて、俺は行った事もない。
確か、校舎の北側にあるんだっけ?
だとすると、2日後には壁で通れなくなる。
使うなら早い方がいいな……
「ほ、他に何か変わった事なんぞありやしたか?」
「生物が一匹もいねえ」
「生物、ですかい?」
「お前も気付いてんだろ? 水槽の金魚どころか、虫の1匹だっていなくなってる」
「それは、まあ……」
「てことは、食堂の食料が尽きたら自前で調達する事が困難だって事だ。ま、その前に壁に潰されて逝っちまう方が先か」
クックックと声を殺して笑う崎山。
「パイセンは怖くないんですかい?」
「死ぬのが、か?」
「ええ、まあ……」
「そうだな……」
崎山は視線を俺から外すと、設備室の窓から体育館の舞台を見下ろした。
「俺の本体はこっちにはねえからな」
「本体?」
「いい加減、お前も本性を現せよ」
「本性、と言われましても」
「わかってんだぜ? 戻ってんだろ、お前も」
「戻る? な、何がでしょうか?」
「決まってんだろ?」
崎山は再び俺の方を向いて、ニヤリとしながらこう言った。
「――記憶だよ」
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