第17話 ガールズトーク

「でさぁ、あたしは聞いたわけ。バイクとあたし、どっちが大事なんだって」


「うんうん、それでそれで?」


「そしたらアイツ、こう言ったのよ。『……バイク』って! 信じられないでしょ?!」


「それは無いな」


「ですよねえ?!」


 俺と野間が校庭から戻り会議室へ行くと、そこではガールズトークが延々と繰り広げられていた。


 彼女たちはテーブルを囲んで座っており、そのテーブルにはお茶とお菓子類がわんさと詰まれている。


 彼女らはそのお菓子をポリポリと食べながら、そして時折、ひまりが各人への飲み物をついで回っていた。


「――あ、先輩達?! もう、遅いっスよぉ!!」


 下津井が涙目になって訴えてきた。


 まあ、こんな姦しいガールズ達に男1人で囲まれてちゃ、泣きたくなる気持ちもわからんでもない。


「すまんな。野間がまた校庭でタップダンスを始めるもんだから、つい遅くなっちまった」


「我輩はタップダンスなぞしていないのである」


「はは、コイツも恥ずかしがる事があるんだよなぁ」


 俺は適当に誤魔化しておく。


 つかお前、壁の事を伏せておくっつったんだから、少しは言い訳くらい考えておけよ……


「――そうよねぇ。でも、そういう夢を追うような人って、ワタシは憧れちゃうかな~」


「ミオナはダメ男に引っかかるタイプだな」


「そういう奈月ちゃんは、男に尽くし過ぎちゃって『重たい』って言われるタイプでしょ~?」


「そ、そんな事はないぞ! 私はあくまで健全な男女交際を志向していてだな――」


 俺達が到着しても、存在を無視するかのようにガールズトークは続いていた。


「――それで、ひまりちゃんはどんな男の子がタイプなの?」


 ドキッ。


 俺は無意識に耳をそばだてていた。


「う~ん、特にタイプといえるタイプはないですかね~。強いて言うなら、好きになった人がタイプでしょーか?」


「それはね、ひまり先輩。恋に恋しているだけなの。もっと男をよく見極めなきゃダメなのよっ」


「そうかあ、そうかもね~」


 ひまりは適当に話を合わせているだけのようにも聞こえるが、ウソを言っているようにも思えない。


「……なあ、下津井。ひまりと高輪の仲は修復出来たと思っていいのか?」


 あのガールズトークを見れば一目瞭然なのだが、確認はしておきたかった。


「そうっスね……夏泊先輩がお茶とお菓子を用意してくれて、それでああいう形になったっス。香南子も反省しているみたいで、さっき謝ってたっスよ」


「そうか……」


 それなら良かった。


「なるほど、これがキミの作戦というわけであるな?」


「まあな」


 俺が屋上でひまりにお願いしたのは、売店からお菓子を用意して皆に食べさせて欲しい――それだけだ。


 俺達の夕食と言えばカップ麺だけだったし、慣れない事態で憔悴しているだろう彼女らを労う意味でも、脳が幸福を感じる砂糖というのは良きクスリになると踏んだのだが――


 それが功を奏したようだ。


「愛する彼女の為にここまでするとは……ろろろ、ロマンティィィィッッックゥ!!!」


「やかましいっ!」


 野間の頭をチョップして黙らせる。


「――なんだ、志摩と野間。来ていたのか」


「い、今頃気付いたんですかい、姐さん……」


「誰が姐さんだ。それより、お前達もこっちへ来い。お茶とお菓子があるぞ」


 俺は甘党じゃないんだけどな……


「それより雑談タイムなら俺、パイセンの所に行きたいんだけど?」


 会議室の時計は夜の10時前を指していた。


 これ以上時間を延ばすと、崎山から何を言われるかわからない。


「――あ、それもそうね。それじゃあ、先に今後の方針を決めましょうか。志摩君、崎山君の所へ行くのはその後でもいい?」


「はあ、まあ、多分……」


 スマホがつかえないから崎山とは連絡が取れない。


 かといって、向こうから俺の所に来るとは思えない。


 それに俺と崎山の話が長引けば、彼女達はこのまま完徹でガールズトークを継続しそうな勢いであり、眠る所じゃなくなりそうだ。


「まずはテーブルを片付けちゃいましょう」


 ミオナ先輩が言うと、ひまりと高輪は協力して片付けを始めていた。


 菓子だけであんなに仲良くなるなんて、高輪もチョロいヤツだなぁ……


 片付けが終わると、俺達は先と同じようにテーブルを端に寄せて、椅子だけを円形にして座った。


 席の並びも崎山を除けば夕方と同じだ。


「それじゃあ、今後の方針について話したいんだけれど。食堂で決めたとおり、このあとは睡眠――という事で異論のある人はいるかしら?」


 ミオナ先輩が問いかけるも、異論は出なかった。


 先輩も満足そうに頷く。


「そしたら、次は誰がどこで寝るかについてね。意見のある人はいる?」


「普通に、保健室でいいんじゃないですか?」


 そう言ったのは高輪だ。


「そうね、ワタシも同意見よ。ただ、保健室はベッドが3つしかないの」


「それなら、女子先輩の3人が寝ればいいと思います」


 高輪のヤツ、熱でもあるのか?


 真っ先に自分がベッドを占有したがると思ったんだが。


「それは有難い提案だけれど……」


 ミオナ先輩は申し訳なさそうに俺達男子組を見ていた。


「や、俺は全然構わないですよ。むしろ、自分がベッドで寝てて女子を地面に転がしておく方が気分悪いですもん」


「べ、別に地面に転がしておく必要はないんだけれど……」


 ミオナ先輩は苦笑していた。


「我輩も賛成である。そして、我輩は屋上で寝たいのである」


「屋上って、お前……いくら6月になったとはいえ、あんな高い所で寝てたら風邪引くぞ?」


「問題ないのである。山岳部が所持しているテントとシュラフを使うのである」


「しゅらふ?」


 英語は俺を苦手としているんだ、妙な横文字を使ってくれるな。


「寝袋の事っスね」


 下津井が補足していた。


「だったら初めからそう言え。何がシュラフだ、格好つけて英語なんか使いやがって」


「シュラフはドイツ語なのである」


 ………………


 知るか、そんなもん。


 兄と違って、俺は出来が悪いんだ。


 つか、寝袋なんてあったのか。


 野間め、食堂見回り中にそんな事までチェックしていたとは、ホンット抜け目がねえな。


「フッ……キミも我輩と一緒にロマンティックな夜を過ごすのであるか?」


「バッ、誰がお前なんかと一緒に寝るかぁ!」


 ひまりにゲイだと誤解されては堪らん。


「野間君は屋上ね。香南子ちゃんはどこで寝るの?」


「当然、保と一緒ですよ」


 なぜかドヤ顔になる高輪。


「下津井君はどこで寝るつもり?」


「そうスね……寝袋が使えるなら、自分達の教室がいいっスかね。慣れた部屋の方が安眠出来ると思うっス」


「1年2組の教室ね? 野間君、シュラフはいくつくらいあったのかしら?」


「この人数を賄う分くらいはあったのである」


「そう、数は十分ね。あとは……」


 ミオナ先輩は俺の方を向いた。


「俺は――」


「――待て。お前には職員室で寝てもらいたい」

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