第16話 友情と愛情の狭間

 野球部の部室へ道具類を片付けながら、俺はグローブを物入れにしまう野間に話し掛けた。


「なあ」


「何であるか?」


「お前、何か隠してるだろ?」


「…………何の事であるか?」


「その間がもう怪しいんだよ」


「せめて、そう思う根拠を示して欲しいのである」


「いくら月明かりがあったって、あの小さい野球ボールを肉眼で追えたはずがねえ」


「そんな事であるか。確かに、我輩の目でもあのボールの行方はわからなかったのである」


 野間は悪びれもなく言った。


「どうしてそんな嘘を? しかもお前、『嘘だと思うのならボール探してみろ』なんて自分の首を絞めるような真似してまで――」


「あの、不毛なバッティングを終わらせたかったのである」


「不毛って、お前が言い出したんじゃないか」


「まさか、こんな暗がりでもやるとは思わなかったのである」


「そう思うなら、途中で止めりゃあ良かったじゃねえか」


「それこそ不毛である。彼女らがそれで納得するはずがないのである。それに――」


 話しながら、俺達は部室を出た。


 来た時に鍵はかかっていなかったから、おそらく最初から開いてたんだろう。


 部室の扉だけを締めて、野間に向き合った。


「――それに、何だよ?」


「アレを見るのである」


 野間が指差したのは、校庭の暗がりだった。


「アレって、真っ暗で何も――あ」


 暗がりの中、俺は懐中電灯を照らすと野球ボールが落ちているのが見えた。


「もしかして、さっきお前が打ったボールか……?」


「おそらくは、である」


 嘘から出た真になってしまった、という訳か。


「キミは妙だとは思ないか?」


「何言ってんだ、今日は妙な事だらけだ。1番妙なのはお前だけどな」


「そうではなく、あの壁の事である」


「壁が妙って、あんなの存在自体が妙じゃねえか」


「通常、この学校の上空は旅客機の他、自衛隊や米軍のヘリや戦闘機などが行き交っているのにも関わらず、今日に限ってそういう気配が一切ないのである」


「……もし飛行物があるなら、壁にぶつかって墜落してるって言いたいのか?」


「それだけはないのである。鳥類など飛行する生物がいるなら、壁にぶつかって落下し、ケガや死亡していてもおかしくはないのである」


「確かに、動物の死骸なんて1匹も見てないな」


「更に夏泊君の言っていた通り、こんな時間になっても保護者や警察が動かないのは全くおかしな話なのである」


「……何が言いたいんだよ」


「つまり、――こう考えられるのである」


 おぞましい事を言い出した。


「バカ言うな。それじゃ、俺の家族や学校の連中がいたという事実はどう説明するんだよ?」


「ここが夢の世界であれば、それが事実であったかどうかは自明ではないのである」


「……仮にお前の言っている事が全て真実だとしてだ。誰が、一体何の為にそんな事をするんだよ?」


「人のチカラとは限らないのである。又、意図などは無く、何かしらの偶然が重なった結果である可能性もあるのである」


「そりゃ、可能性をあげればキリがねえけどよ……」


「では、可能性ではなく事実を見るのである」


 そう言うと、野間は正門の方へ向かって歩き出した。


「お、おい、どこ行くんだよ」


「ついてくればわかるのである」


 言われたとおり、俺は野間の後をついて歩いて行く。


 すると、ヤツは


「何してんだ? 正門はこの先だぞ」


「やはり、である」


 野間は一人で頷いていた。


「だから、何なんだよ一体……」



「……はぁ? お前、何言って――」


「キミも進んでみればわかるのである」


 俺は言われたとおり、先に進もうとするが――


 ゴチン。


 見えない壁に阻まれて、それ以上先に進めなくなっていた。


「……ちょ、おいおい……洒落になってねえぞ……」


「洒落ではなく事実である」


 そんな、そんなまさか……


 せば……!?


「お前、いつ気付いたんだ……?」


「体育館の外周を調べている時である。最初に正門の壁を調べた時は17時を過ぎた頃であった。我輩が塀をよじ登り壁を確認したのが18時過ぎ。その時、壁は既に1メートル程手前に迫っていたのである」


 ……そうか、そういう事か。


 崎山が正門で壁にぶつかっていた時、俺が感じた違和感の正体がこれだったんだ。


 俺が正門の壁にぶつかった時は門の先、


 しかし、崎山はんだ……!


「おそらく、1時間に1メートル程、壁は狭まっているのである」


「ちょ、ちょっと待てよ。そしたら、俺達は――」


 野間は頷いた。



 なんて事だ――


 これまで、俺はどこかで助かるんじゃないかと楽観視していた。


 だからこそ、先輩達が憔悴していた様子を見ても平然としていられたんだが、いよいよこれは身の危険が迫っている事を示していた。


「この壁、学校の周囲を覆ってるんだよな?」


「そのはずである」


「だとしたら、正門の反対側にも壁があって、そっちの壁も校舎に向かって狭まってるって事だよな?」


「そう考えるのが自然である」


「……お前、学校の敷地面積――というか、縦と横が何メートルずつあるのかわかるか?」


「そう言うと思って、食堂の2階を見回りをしている時に資料室で調べて来たのである」


 抜け目のないヤツだ……


「本校はほぼ正方形で、その敷地はおおよそ250メートル四方といった所である」


 てことは、正門から学校の中心までおよそ125メートル。


 今日の17時には門の先まで壁があった。


 1時間に1メートル壁が狭まっているとしたら……


「5日後の午後11時には完全にお陀仏だな……」


「そういう事である」


「何を呑気な――って、この事を早く皆に知らせなきゃ……!」


「待つのである」


「何でだよっ」


「今日は皆には伏せて置いた方がよいのである」


「だから何でだよっ!!」


 俺は苛立っていた。


 バッドニュースファーストだろ?!


「今日はこの後、眠るという課題があるのである。ここで妙な不安を与えて睡眠に支障を来されても困るのである」


「……俺はいいのかよ」


「そう思ったからこそ、こうしてここに案内したのである」


 ……まあ、ここにいるのが高輪辺りだったら、どんなヒステリーやパニックを起こすかわからんけど……


「……じゃあ、皆には明日の朝に打ち明けるって事でいいのか?」


「我輩ならそうするのである」


 俺にもそうしろって事かよ……


「……いや、いい。わかった。お前の言う事が正論だと俺も思う」


「正論が常に最善とは限らないのである」


 じゃあ、どうしろってんだよ……


「我輩は、今日はこの事を伏せておくのである。しかし、キミがどうしても話したいというのなら止めないのである」


「……言わねえよ、そこまで言われちゃあな」


 しかし、野間はこれまで1人で壁の重圧と闘っていたのだろうか。


 その重圧に耐えかねて、俺にだけ話す事にした――?


 いや、コイツはそんな繊細なヤツじゃあない。


 それじゃあ、いつもの気まぐれか?


 ……いいや、これは多分、ヤツなりのあかしなんだろう。


 俺を、友と見込んでの――


「何をしているのである。早く皆の所に戻らないと不審に思われるのである。ただでさえ、我々にはゲイの疑惑があるのだから」


「ねえよ、そんな疑惑!!」


 ――やっぱ、ただの気まぐれか……

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