第15話 夜間バッティング 後編

 下津井、高輪を除いた俺達5名は、屋上から外の景色を眺めていた。


 校内の建物には照明が付いている箇所もあるが、それ以外は闇に包まれている。


 ただ、月明かりだけが煌々と俺達を照らしていた。


「この様子だと、3日後には満月かしらね」


 ミオナ先輩が言っていた。


「ろろろ、ロマンティィィィッッックゥ!!」


「お前、それ言いたいだけだろ?!」


 どんな時でも騒がしいヤツだな。


 俺はフェンス越しまで移動するとボール籠を足元に置いてからグローブをはめる。


 懐中電灯は奈月先輩に渡してあった。


 バッティング中の俺達を照らしつつ、ボールが飛んだらすぐに照らして追いかけてもらう手筈だ。


 野間はなるべく俺から離れて金属バットを持つと、それを頭上高く掲げる構えを見せた。


「……言っておくが、天秤打法とかアホな余興は要らないからな」


「洒落のわからないヤツである」


「お前は洒落しかねえじゃねえか」


 一応、女子3名は屋上の扉を開けっ放しにし、その内側に入ってもらっている。


 ボールが逸れて当たらないとも限らないからな。


 痛みは無いとはいえ身体に痣は残ってしまうのだ、念には念を入れておきたい。


 最悪、スポーツが得意だという奈月先輩がグローブをはめて待機しているから、いざとなったら、彼女がボールをキャッチしてくれるだろう。


 これで、準備は万端。


 俺は籠からボールを取り出すと、同じ籠に入っていたロージンバックを軽く握って滑り止めをする。


「いくぞー?」


「バッチコイである」


 それ、バッターのセリフじゃねえよ……


 俺はロージンバックを籠に戻すと、振りかぶってストレートにボールを投げる。


 ――ガシャン!


 ボールは野間を素通りして、ヤツの後ろにあるフェンスにぶつかった。


「……おい」


「何であるか?」


「『何であるか?』じゃねーよ! 何でバットを振らねんだ?! めっちゃ絶好球だったじゃねえか!」


「野球は2アウトからだと相場決まっているのである」


「だから要らないって! そういう余興じみたのは!!」


「フッ……実は、キミの玉があまりにも美しかったので思わず見とれていたのである」


「キモい事言ってんじゃねえええぇぇぇっ!!!!」


「……おーい。仲が良いのは結構だが、早くしてくれないか?」


 屋上の扉向こうから奈月先輩がジト目で俺達を睨ね付けて来る。


 くそぅ、俺の所為じゃないのに……


「今度こそバットを振れよ? 振るだけじゃなくてボールに当てろよ?」


「フッ……承知したのである」


 今、承知したのかよ。


 この計画を持ち出したのはお前だろうに。


 再び俺は籠からボールを取り出し、ロージンバックを握る。


「いくぞー?」


「ナイスバッチである」


 だからそれ、バッターのセリフじゃねえっつの。


 しかも、まだボールに当ててすらいねえだろ。


 俺はロージンバックを籠に戻すと、振りかぶって再びストレートにボールを投げる。


 ――カキーン!!!


 今度はちゃんと当てやがった。


 ヤツの事だからピッチャー返しでもしてくるかと思いきや、ボールは俺の上空をはるかに飛び越して行った。


「姐さん!!」


「誰が姐さんだ!!」


 俺が叫ぶ前に、奈月先輩は懐中電灯をボールが飛んで行った方へ照らしながら駆け出していた。


 ――しかし。


「…………おい」


 奈月先輩は立ち止まると、恨めしい目つきで俺を睨んでいた。


「い、いや、これは不可抗力ってヤツですぜ?」


 先輩が手にしていた懐中電灯ではせいぜい数メートル先までしか照らせず、ボールの行き先を全く追い切れていなかったのだ。


「――ボールは跳ね返っていたのである」


 野間が言った。


「おまっ、アレが見えたのか?」


「うむ、月明かりのおかげである。地上から数十メートルの高さでボールは見えない壁に当たり、跳ね返っていたのである」


「そ、そうか……」


「嘘だと思うのなら、あの辺りにボールが落ちたので探してみればいいのである」


 野間がボールが飛んで行った方角を指差した。


「いや、別に疑ってねえし」


「これで後は眠ってみるしか方法がないわけか……」


 奈月先輩は落胆した様子で言っていた。


 無理もない。


 言い出しっぺの俺ですら「朝起きたら全部夢でしたぁ!」なんて素敵な展開が起きるなんて思っちゃいないんだからな。


 精々が「そうなったらいいな」くらいだ。


「一旦、会議室へ行きましょうか。今後の事を話したいから……」


 ミオナ先輩も憔悴した様子だった。


 身体的には元気なんだろうが、精神的に参っているのだろう。


 こういう時はどうすればいいか――?


「――ひまり」


「な~に~?」


 俺は扉付近で立ち呆けているひまりを呼びつけると、耳打ちをした。


「うんうん……わ~、それはいいね。わかったよ」


 そう言って、ひまりは一足先に屋上を出て行った。


「……どうしたんだ、夏泊のヤツは?」


 奈月先輩が首を傾げていた。


「便所ですよ、便所」


「お前、もうちょっと言い方ってものをだな――」


 俺が言うと、先輩は呆れたような顔をした。


「それはそうと、俺と野間は道具を片付けてから行くんで、先輩達は戻りがてら1年組を探して会議室へ連れて来ちゃくれませんかね?」


「それは構わないが……」


 俺は奈月先輩からグローブを受け取ると、両先輩は釈然としない様子で屋上から出て行った。


「――何を企んでいるのであるか?」


 野間が最初に見逃したボールを片手に、もう片方の手に金属バットを持って俺の隣にやって来た。


「別に、大した事じゃねーよ。会議室に行けばわかるし」


「我輩にも内緒であるか……」


「そんな寂しそうな顔すんなよ! だから、大した事じゃねえっつの。それにこういうのはサプライズの方が効果があんだよ」


「そういうものであるか」


「いいからコレ持て。俺はボール籠を持つからよ」


 野間からボールを奪い取り籠に入れ、俺の持っていたグローブを野間に押し付けると2人で屋上を出た。

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