第14話 夜間バッティング 前編
俺が職員室で懐中電灯を手にして部屋を出ると、食堂見回り組の3人と遭遇した。
「あら、志摩君1人? ひまりちゃんはどうしたの?」
ミオナ先輩が言った。
「ひまりなら屋上にいますよ。俺は屋上が真っ暗だったんで、懐中電灯を取りに戻って来たんです。ちなみに下津井達も上にいます」
「そう……」
ミオナ先輩の表情は、落ち込んでいるように見えた。
「? 何かあったんですか?」
「何かあったというより、何もなかったものだから……」
「はぁ……?」
要領を得ないな……
すると、奈月先輩が補足してくれた。
「さっき食堂の3階から学校の外を見たんだが、お前達の言うとおり照明等は何も無く、ただ暗闇が広がっていたんだ。それで、救助を待つという選択肢がより現実味を失った事を実感してしまったのでな」
「あぁ、それで……」
照明に慣れた現代っ子の俺達からすれば、月明かりしかない闇夜というのはさぞ不気味だろう。
やや疲れ切った様子の2人に比べ、野間だけは飄々と佇んでいた。
読めねえよな、コイツも……
「まあ、何とかなりますって」
俺は努めて明るく答えてみせた。
「……志摩君はこういう状況でも、慌てふためいたりしないのね」
呆れているのか感心しているのか、ミオナ先輩はため息混じりに言った。
「内心ではビビッてますよ、俺も。こう見えても小心者なんで。でも、慌てふためいた所で事態が好転するわけではないですから」
「そう、強いのね……」
これを強さというのなら、終始マイペースのひまりやボケ倒してばかりの野間は何なんだろうな。
……超強い?
「それより屋上へ向かいましょう。ひまり達も待ってますから」
俺が先導して、階段を上って行く。
「そういや食堂の2、3階には他に誰もいなかったんですよね?」
俺は後に続いて来る3人に向かって言った。
崎山を疑うわけではないが、念の為聞いておきたかった。
「ええ……照明も消えていたし、誰もいなかったわ」
「てことは、やっぱり俺達8人しかいないんですかね、この学校には」
「その可能性がより濃厚になった、という事だろうな」
今度は奈月先輩が答えた。
あくまで、まだ学校内に誰かが残っている可能性を捨て切れないようだ。
俺は校舎の1階から4階までを続けざまに上り下りしたせいか、太ももがパンパンに張っていた。
しかし、泣き言を漏らすのも格好悪いから我慢して皆を先導していく。
「――だから、そういう態度がイラつくのよ!!」
俺達が屋上へ続く階段に差し掛かった時、怒声が聞こえて来た。
この声は――高輪か?
「香南子、やめろって!」
階段を上り切ると、高輪がひまりに掴みかかろうとしているのを、下津井が羽交い絞めにして押さえている所だった。
え、何この修羅場……?
「おいおい、どうしたんだ一体?」
「どうしたもこうしたも無いわよ! この女があたしの保に色目を使って――!!」
――はい、バカナワの勘違い決定。
あのひまりがそんな事をするわけがない。
大体、ひまりには意中のヤツが他にいる。
100パーセント高輪の被害妄想だ。
「下津井、高輪を連れて下へ降りろ。このままじゃバッティングどころの騒ぎじゃない」
「で、でも、自分が――」
「いいから言うとおりにしろ。このままだと俺が高輪をぶん殴りそうだ」
もちろんただの脅しだったが、心情的にはそうしたい気分だ。
「わ、わかったっス」
下津井は高輪を羽交い絞めにしたまま、器用に階段を下りて行った。
高輪は下津井に引きずられながらもギャーギャーと騒いでいたが、やがてそれも静かになる。
「――ふぅ。ったく、あのトラブルメーカーめ……大丈夫か、ひまり」
「あ、うん。わたしは全然。でもびっくりした~」
「何があったんだ?」
「わたしにもよくわからないんだけど、下津井君が重たそうなボール籠を持っていたから『重かったでしょ? お疲れ様』って言ったの」
「……それで?」
「そしたら香南子ちゃんが『あたしの保に色目使ってんじゃないわよ! 今まで黙ってたけど、最初に見た時からそのブリっ子が気に食わなかったわ、このブス!! キィィィッッッ!!』って」
「お、おおぅ……それは災難だったな」
そんな迫真の演技までしなくても良かったんだけどな。
臨場感はとてもよく伝わって来たが……
「やれやれ、高輪にも困ったものだな……」
奈月先輩が独り言のようにボヤいていたが、その場の誰もが同じ心境だっただろう。
「それより、どーします? 二刀流がいなくなっちまって一気に戦力ダウンですけど」
「では、ここは我輩が」
出たな、ボケ大臣。
「お前、野球の経験あったのか?」
「こう見えても我輩、タップダンスを」
「よぉし、解散だ解散! 今日はもう暗いし、みんな帰って寝るぞぅ!」
階段を下りようとした俺の肩を、しかし奈月先輩がガッシリと掴んだ。
「待て。折角ここまで来たんだ、何もせずに帰るなんて出来ないぞ」
「あいや、
「誰が姐さんだ。お前達がやらないというなら、私がやる。こう見えてもスポーツ全般は得意なんだ」
いえ、あなた見たまんまスポーツ得意そうですけどね。
「ミオナ、お前がボールを投げてくれ。それくらいは出来るだろう?」
奈月先輩は俺の肩から手を離すと、下津井が置いていった金属バットとボール籠を手にした。
「え、ええ……投げるのはいいんだけど、私スカートだから……」
「こんな時にそんな事を気にしている場合か! それに暗がりだから何も見えないだろう。どうしても気になるなら私の近くでトスでもしてくれればいい」
「それくらいなら、まあ……」
先輩達が話を進めているのを聞いていると、野間が俺の目の前に現れた。
「か弱い女性達が意気込んでいるのに、キミはボケっと突っ立っているだけでいいのであるか?」
「うるさい。この期に及んでタップダンスを始めようとしていたヤツに言われる筋合いはない」
ったく、しょうがねえなあ……
「はいはい、わかりましたー。ここは男子のボクらがやりまーす」
超投げ槍に言ってやった。
すると、奈月先輩が反論して来る。
「そうは言うがな、ピッチャーとキャッチャー、それからバッターと最低3人は必要だぞ?」
ちょっと待て。
それじゃさっきの流れを放置していたら、ひまりにキャッチャーをやらせるつもりだったのか?
この子、超がつくほど運動音痴なのに……
「キャッチャー要らんでしょ。屋上からボールがこぼれても、どうせ下には誰もいないんだし」
「それもそうか……いや待て。まだ誰もいないと決まったわけでは――」
「野間、俺が投げるからお前が打て」
もう面倒なので、奈月先輩を無視して話を進める事にする。
「フッ……承知したのである」
こうして、俺達は夜の屋上でバッティングをする羽目になったのだった。
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