第13話 ここから出られたら

 俺とひまりは食堂を出ると、真っ直ぐに職員室へ向かっていた。


「これからどうなっちゃうのかな~」


 相変わらずひまりはのんびりマイペースで、俺の隣を歩きながら呟いていた。


 こんな時、「大丈夫だ、お前俺が絶対に守ってみせる!」なんて言えたらいいのかもしれないが、そのお株は既に野間に取られてしまっていた。


「そうだな、どうなっちゃうんだろうな~」


 ひまりに合わせて俺もマイペースになってみる。


「志摩君は怖いとか不安とか無いの?」


 俺の顔を下から覗き込むように言ってきた。


「そりゃ怖いし不安だよ。何せこの後、パイセンに体育館に呼び出し食らってんだから」


「あはは、そうだったね~」


 ひまりは口に手を当てて笑っていた。


 そんなにウケたのだろうか……


「そういうひまりこそ、平常運転みたいだな?」


「うん、皆がいるしね。それに――」


「――それに?」


「……ううん、何でもない。あ、ほら、職員室に着いたよ」


 そんな露骨に誤魔化すなよ……


 何のフラグかと思うじゃないか。


「鍵ってどこにあるのかな?」


 ひまりは職員室に入ると、キョロキョロと見渡していた。


「いやいや、すぐそこにあるでしょ」


 鍵は入り口を入ってすぐ右手のボードに掛けてあった。


「……あ、本当だ。やだもう、てれてれ」


 ひまりは照れ笑いしていた。


 く、くそぅ、なんでこんなに無駄に可愛いんだ……


「屋上の鍵は――あ、これだね」


 いくつも鍵が掛けてあるボードから、屋上のモノを取り出すひまり。


「いや~、志摩君と一緒じゃなかったら、見つけるのに3年くらいかかってたかもだよ」


 取り出した鍵を見せびらかしながら言う。


「かかり過ぎだろ。ひまりと一緒にいたらすぐジジイになっちまうな」


「それ、遠回しにわたしの事キライって言ってる?」


「言ってねーよ」


「そうかな~? 志摩君はわたしに結構冷たいと思うんです」


 ひまりは鍵のホルダーに人差し指を通し、クルクルと回し始めた。


「そうか? 野間への扱いの方がもっと冷たいと思うけどな」


「わたしへの扱いが冷たいのは、否定しないんだねー」


 皮肉を言いながらも、ひまりはクスクスと笑っていた。


 ……何が楽しいんだろうなぁ、俺なんかといて。


「ひまりはさ」


「ん~?」


 鍵を回しながら、首を傾げるひまり。


「もし、ここから抜け出せたら、何をしたい?」


 何を訊いてるんだ、俺は……


「えぇ、どうしたの急に? それって、しぼーフラグって言わない?」


 ひまりは鍵を回すのをやめて、そう言った。


「いや、本当にそうだな……すまん、忘れてくれ」


 俺は後頭部をワシワシと掻いて誤魔化そうとした。


 すると、ひまりは俺からクルリと背を向けた。


「わたしは――」


 俺は彼女の言葉を待った。


「――――もっと生きたい、かな」


 その時、ひまりがどんな表情をしていたかは俺にはわからない。


 どんな返事をすれば正解なのかも俺にはわからない。


 ただひまりの背中だけは、彼女の感情を雄弁に物語っていた。


「――生きられるさ」


「……そうかな?」


「ああ。なぜなら――」


 ひまりが俺の方を振り向いた。


「――これは夢だからな」


「…………ぷっ、もう何それ~?」


 ひまりは喉で笑いを押し殺して、肩で笑っていた。


「夢ってのは願望の事だろ? だったら、ひまりの願望はここで叶えちまえばいいんだ」


「それは夢違いだよ~」


「そうか? 割とアリだと思ったんだけどな」


「も~、志摩君は冗談ばっかりだねぇ。ほら、行こう? 皆待ってるよ」


 ひまりは職員室を出て行った。


 俺は彼女の背中を追いかける。


 もっと生きたい、か。


 一体、その言葉にはどれほどの重みがあったんだろうな……



 ◆◆◆◆◆◆



 俺とひまりが屋上へ着くと、まだ誰も来ていなかった。


「……あれ、おかしいね。場所、ここで合ってるよね?」


「そのはずだけどな」


 ひまりの問いに、俺はやや自信なく答えた。


「……いや、よく考えてみろ。食堂の2~3階を見回るのって結構な時間がかかるんじゃないか? 野球部の部室だって校庭まで出なきゃならんし、ほぼ寄り道せずに来た俺達が1番早いのはむしろ自然じゃないか?」


「ん~、それもそっか」


「取り敢えず、鍵だけ開けちまおう。先に屋上の様子を観察していても罰は当たらんだろ」


「そだね」


 ひまりは屋上扉の取っ手に鍵を差し込むと、鍵を開ける。


 キィィと金属の軋む音がして、扉が開かれた。


「わたし、屋上って初めてだからドキドキするよ」


「俺もだ――って、しまったな。懐中電灯でも持ってくりゃ良かった」


 扉の先にある暗闇を拝んで、そう思った。


「スマホのライトをかざせばいいんじゃない?」


「それだと、飛ばしたボールがどこで跳ね返ったかわからなくないか?」


「あはは、夜にホームランは失敗だったかもねえ」


 何がおかしいのか、ひまりはケラケラと笑っていた。


「俺、職員室に戻って懐中電灯を持ってくるわ。ひまりはここで待っていてくれ。他の連中が来るかもしれんし」


「うん、いてら~」


 ひまりはヒラヒラと手を振って、俺を見送ってくれる。


 俺が階段を下りていくと、途中で下津井達と出会った。


「お、道具は見つかったのか」


「ウス。このとおりっス」


 下津井は金属バットとたくさんのボールが入った籠を手にしており、高輪はグローブを2つ持っていた。


「そんなに必要なのか?」


「まあ、一応。不足があってまた取りに行くのも面倒っスから。先輩はどこへ?」


「懐中電灯を取りにな。屋上は視界が悪いから危険だし、ボールがどこへ飛んでったかもわからんから」


「それは盲点だったっス……」


「お前らは先に屋上へ行っておいてくれ。ひまりはもう鍵を開けて待ってるから」


「了解っス」


 俺は下津井達を別れると、軽快に職員室へ向かって行った。


 この時、ひまりを1人残して来た事を、後悔するのも知らずに――

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