第12話 脱出会議 後編

 俺の放った一言は、しかしその場にいる全員を落胆させるものだったようだ。


「……はぁ。何を言い出すかと思えば、やっぱり志摩先輩ってバカなんですね」


 高輪は冷笑しながらそう言っていた。


「バカはお前だ、高輪」


「何ですって?!」


「よく考えてみろよ。これが夢なんだったら、そこで眠れば現実世界で目が覚めるか、あるいは夢のまた夢に陥るか――どちらにしても、ここからは出られる可能性があるじゃないか」


「……そんなの、これが夢だったらって話でしょ? もし眠っても何も起きなかったらどうしてくれるのよ?」


「別にどうもしないさ。眠ってもここからは出られないって事がわかるだけだ。むしろ、それはそれで1つ前進じゃないか。それとも、お前には俺より優れた代替案があるとでも?」


「……フンッ」


 苦し紛れか、高輪はそれっきり黙ってしまった。


 これで少しは大人しくなるといいが――まあ、無理だろうな。


「そうね、志摩君の案はいいかもしれないわ」


 ミオナ先輩が言った。


「多分、ワタシ達は睡眠欲も無くなっていると思うの。だから、意識的に眠る事は大切だと思う」


 痛覚や食欲が無いんだったら、睡眠欲も無くなっている可能性は当然ある。


「それにこのまま助けが来なかったら、どのみち学校で眠る事になるのだし……」


 ミオナ先輩は続けて、こう言った。


「他に案がある人はいるかしら?」


「我輩に1つ提案が――」


「却下だ」


 野間が何かを言う前に、俺が止めてやった。


「まだ何も言ってないのである」


「どうせジャズダンスとかヒップホップダンスとか言い出すんだろ? 却下だ」


「否、ブレイクダンスである」


「1番ハードル高ぇヤツじゃねえか!!」


 ほんのちょっとでもコイツの事を尊敬しかけていた自分が情けなくなる。


「ほ、他に意見のある人はいるかしら?」


 仕切り直していた。


「――ちょっといいっスか?」


 下津井が手を挙げる。


「もちろんよ」


「あの壁、どのくらいの高さがあるんスかね?」


「――というと?」


「自分ら、手が届く範囲くらいでしか壁を確認してないんスけど、もしかしたらもっと高い位置からなら飛び越えていけるかもしれないと思って」


「それは、盲点だったな……」


 俺は思わず声を漏らしていた。


 どんなに高くてもまさか地球を飛び越えて宇宙にまで届いているとは思えない。


 という事は、あの壁の高さにはどこかに限界があるって事だ。


 この状況で俺達の常識がどこまで通用するのかははなはだ疑問ではあるが……


「フフン、さすが保ね」


 なんで高輪が偉そうなんだよ。


「地面を掘って進む、というのは危険だと野間先輩が言ってたっスけど、壁を飛び越えるのはどうかなって考えてたっス」


 なんだ、コイツのアイデアの元は俺じゃないか。


 地面を掘って進む案は俺が出したんだから。


 ま、そんな事で張り合っても意味ないんだけど。


「それは名案かもしれないわ」


 ミオナ先輩が小さく手を叩いていた。


「そしたら、まずは壁の高さを確認して、出られそうならそのまま脱出。それでダメなら眠ってみる――というのはどうかしら?」


 誰も異論を挟まなかった。


「しかし、高さを確認するといっても、どうするんだ? 野間の話では塀をよじ登ってそこから壁を確認したというんだから、塀+野間の身長で計算すれば少なくとも4メートル以上はあるという事になるぞ?」


 奈月先輩が言った。


「簡単である」


 野間がしゃしゃり出て来た。


「お前、レゲエダンスとか言い出したら今度こそ張っ倒すぞ?」


「既にタップダンスの時に張っ倒されたのである。我輩が言いたいのは、屋上からホームランを飛ばせば、高さが測れるという事である」


『……!?』


 野間以外の全員が絶句していた。


 コイツ、本当にどういう思考回路をしてるんだ……


 俺なんかは脚立か梯子くらいしか思い浮かばなかったというのに。


「そ、それは名案だとは思うけれど……」


 ミオナ先輩の言いたい事はわかる。


 それでボールがはじき返されたら、自力で壁を越えるなんて絶対に無理な話になるからだ。


 その時こそ、真の絶望が訪れかねない。


 まだ梯子かなんかで行けなくて「もっと上なら行けるかもねー」なんて言いながら希望を残していた方がマシ――という考えもあるにはあるのだ。


「それなら自分に任せて欲しいっス」


 下津井が言った。


「なんだ、ボールの代わりにお前が飛んでくのか?」


「そんな事しないっスよ?! てか、出来ません!」


「そうよ、バカな事言わないでくれる? バカ志摩先輩」


 高輪の中で俺の先輩としての尊厳は地に落ちていた。


「保はね、中学では野球部のエースだったのよ。それも二刀流のね」


 だから、なんで高輪が偉そうにするんだよ。


「二刀流ってアレか、バットを両手に1本ずつ持って暴れまわるという――」


「それじゃただの乱闘っすよ?! じゃなくて、投手で4番だったんス。これでも一応、全国大会の一歩手前まで行ったんスよ」


 わかってるっスよ、単なる冗談じゃないっスか。


「高校では野球部には入ってないんスけど、腕はまだまだ衰えてないつもりっス」


「そういう事なら、下津井に任せてみようじゃないか」


 奈月先輩が言うと、そこからの動きは早かった。


 下津井と高輪が野球部の部室へ道具を取りに行き、俺とひまりは職員室へ行って屋上の鍵を取りに行く。


 残りのメンバーは念の為、食堂の2~3階の様子を見回った後、全員で屋上で合流――という段取りになった。


 成り行きとはいえ、ひまりと2人きりか……


 い、いや別に何も期待なんかしてないよ?


 ……


 …………


 ………………ほんとうだよ?

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