第11話 脱出会議 前編

 カップ麺を食べ終えた俺達は、食堂のテーブルを囲んで再び会合を始めた。


 食欲は無くても空腹だったのだろう、心と身体が満たされた感じはする。


 味覚と嗅覚はあったから、痛覚以外の五感は正常に働いているようだった。


「それじゃあ、今後についての話をするけれど」


 ミオナ先輩を切り出す。


「学校からは出られない、ワタシ達以外に人はいない、外界とも連絡取れない――この状況で、皆はどうすればいいと思う?」


「そんなの決まってます。一刻も早くここから出る事ですよ。あたし、何度もそう言ってますよね?」


 真っ先に答えたのは、高輪だった。


「だから、それをどうやってやるかを話し合ってんじゃねえか。文句ばっかり言ってないで、具体案を提示しろよ」


 高輪の態度は逐一和を乱す。


 ここは1つ、わからせてやらないとな。


「そういう先輩だって何も具体案を提示してないじゃないですか」


「それは詭弁だ、論点をズラすな。いいから具体案の1つも出してみろよ」


「……っ」


 高輪はあわや椅子から立ち上がろうとするも、下津井が手でそれを制した。


「まあまあ、ここは穏便に。自分らがイガみあっても誰も得しないでしょ? 香南子も、な?」


「……フンッ」


 高輪は乱暴に席に座り直した。


 この狂犬を躾けているあたり、チャラ男は見た目以上にデキるヤツなのかもしれん。


「我輩に1つ、提案がある」


 野間が切り込んだ。


「何かしら?」


 ミオナ先輩が問う。


「全員でタップダンスを――」


「却下だ」


 俺は即答した。


「まだ最後まで言ってないのである」


「お前、この状況でよくそんなふざけてられるな」


「我輩は至って真面目なのであるが」


「尚悪いわ!」


 俺達がいつものやり取りを繰り広げていると、ひまりが挙手をした。


「このまま救助を待つ、というのはどーでしょう?」


 それには奈月先輩が答えた。


「救助とは言っても、どうやって待つんだ? 外部とは連絡が取れないんだぞ?」


「んーと、わたし達が家に帰って来ないのを知ったら、お母さん達が心配して探しに来てくれると思うんです」


『…………』


 その場にいた全員が固まってしまった。


 そ、そうか、言われてみればそうだな……


「……い、いや待て。それならすでに動きがあってもおかしくはないだろう? もう夜8時を過ぎている。私達が気付かないはずが――」


 珍しく奈月先輩は狼狽しているようだ。


「それは見えない壁に阻まれて、向こうからもこっちへ来られないから――じゃないでしょうか? それにこっちから連絡が取れないという事は、向こうからもこっちへ連絡出来ないって事だと思うんです」


『…………』


 ひ、ひまりさん……?


 ポヤポヤしてるだけの天然系かと思いきや、鋭い意見を繰り出していた。


「――だ、だとしたらこんな所でのんきに話している場合ではないぞ。一刻も早く見えない壁とやらに行って救助が来ているかどうかを確認せねば!」


 奈月先輩がガタッと席を立った。


「無駄なのである」


 はやる奈月先輩に、野間が水を差した。


「無駄、とはどういう事だ?」


「おそらく、救助は来ないのである」


「なぜそう言い切れる?」


 すると、野間は俺の方を見た。


 やれやれ、仕方ない……


「会議室では伝え忘れちゃったんですけど、見えない壁の向こうも人がいなくなってるんですよ」


「な、何……?」


「俺達が正門で見えない壁を調べていた時、道路の向こう側も確認したんです。そしたら車の往来はおろか、通行人も含め人は誰もいなくなっていました」


「そんな……」


 ミオナ先輩が諦観の声を漏らしていた。


 奈月先輩は無言で席に座る。


「まだ確定したわけじゃないですよ? たまたまその時、人や車が通らなかった可能性もゼロじゃないですから。でも、この時間の外を見れば気付くでしょ? 学校以外の場所はどこも照明が付いていないことに」


 図書室や会議室にこもっていた先輩達は外を見る機会も無かったかもしれないが、外を歩き回っていた俺達には自明の事だった。


「そ、それでも、この学校の周囲だけがおかしくなっているだけで、もっと遠くには人がいるかもしれないじゃないかっ」


 奈月先輩はすがるように叫んでいた。


「もっと遠くに人がいたとして、どうやってこの学校に取り残されている俺達に気付くんです?」


「それは……そ、そうだ! ここだけ照明が付いていれば、人がいるとわかるじゃないか!」


「とすると、救助が来る可能性があるのは夜だけ――って事になりますね」


「む……昼間も気付いてもらえるような工夫が必要になる、という事か」


 奈月先輩は顎に手を当てて、何事かを考える素振りを見せた。


「てかさ、さっきから聞いていれば、やっぱり志摩先輩だって人の意見に文句ばかりで、何1つ具体案を提示してないじゃないですか」


 高輪が割り込んで来た。


 フフン、バカめ。


 まんまと罠にはまりおったわ……


「俺はお前と違って提示出来ないんじゃない。提示していないだけだ」


「はぁ? どうせ強がり――」


「――じゃないんだな、これが」


 俺は肩をすくめて見せる。


「だったら、早くそれを示して見せなさいよ!」


 高輪はバンッと食堂のテーブルを叩き出した。


 おお、こわ。


 こういうのが快感になったら、俺の人間的な器も一回り大きくなれるんだろうか。


 ……ただのマゾか、それは。


「ふん、まあ良いだろう。耳の穴かっぽじってよく聞けよ」


 俺の謎に自信溢れる態度に、一同は固唾を飲んで見守っているようだった。


「いいか、この状況を打破する具体策、それは――」


 ごくり、と誰かの喉が鳴っていた。


「――眠ることだ」

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