第10話 食糧事情
奈月先輩が腕を組んで、鋭い眼光を高輪に飛ばしていた。
見た目どおり、負けず嫌いのようだ。
「――ね、その前に」
ミオナ先輩は胸の前で手を合わせて、にこやかに言った。
「皆でご飯にしない?」
「こんな時に何を言ってるんだ、ミオナは……」
「だって、本来なら夕ご飯の時間だって言ったのは奈月ちゃんじゃない。それに、いくらお腹が空かないとは言っても、食べなきゃ死んじゃうかもしれないでしょ?」
「それは、そうだが……」
これが明晰夢なら食べなくても死にそうにはないが、もしそうでなかったら命の危険に関わるのは間違いない。
……いや、痛みは感じなくても出血はするんだ、きっと食べなかったら肉体は活動を停止してしまうだろう。
尤も、この状況下で『死』が何を意味するのか、それはわからないが――
「しかし、食べるとは言ってもどうするんだ? お弁当はもうないぞ」
「食堂があるじゃない。調理は出来なくても、売店に行けば保存食くらいはあると思うの」
「――と、ミオナは言っているが、皆はどうだ?」
奈月先輩が俺達に振ってきた。
「俺は賛成です。この時間に食堂に行けば、俺達以外の誰かが同じように集まってるかもしれないし」
先輩達が仕切ってくれるおかげで、俺の出番はめっきり減っていた。
楽が出来て大変有難い。
「うん、わたしも賛成。ご飯を食べれば気分も良くなると思うの」
ひまりが続く。
「フッ……我輩も賛同してやるのである」
何で偉そうなんだよ。
「自分らも賛成っス。な、香南子?」
「……まあ、食欲はないですけど、少しくらいなら」
お前はツンデレか。
いや、ヒステリーだからヒスデレか?
どっちにしても面倒臭いヤツだ。
高輪もよくコイツと付き合う気になったな。
「決まりね。奈月ちゃんもいいかしら?」
「……相変わらず、強引というか周りを固めるのが上手いというか――ああ、私も賛成だ」
こうして俺達は会議室を出て、食堂へ向かう事となった。
食堂は学校の北西側にある3階建ての建物で、校舎とは渡り廊下で繋がっている。
1階は食事スペースと売店、2階は技能系、3階は文化系の各教室が設えてある。
他にも資料室や部室なんかがあり、色んな用途の部屋が雑多に集められていた。
俺と下津井達はまだここを探索していなかったが、俺達が食堂に着くと1階に照明が付いていた事から、もしやと思ったが……
「――って、崎山パイセンじゃありやせんか」
俺達が食堂に足を踏み入れると、崎山が食堂の一角でカップ麺をずるずると頬張っていた。
「――お前らか」
崎山は目だけを俺達に向けると、カップ麺の汁を飲み干していた。
「崎山君、ワタシ達の他に誰か見かけたかしら?」
ミオナ先輩が訊いていた。
「いや。ついでに言うと、ここの2階と3階も見て回ったが、誰もいなかった」
「そう……」
ミオナ先輩は残念そうに呟いていたが、これ以上、人数が増える事は喜ばしい事なのか、そうでないのかは、俺には判断がつかなかった。
食料事情もあるし、人が増えればその分、厄介毎が増える。
その反面、出来る事やアイデアも増えるのでどっちが良いか悪いかなんて議論はきっと不毛なんだろう。
「じゃあな、俺はもう行く。志摩、忘れんなよ」
「へい、承知之介でござんす……」
くそぅ、体育館へ来いというあの命令はまだ生きているのか……
崎山がいなくなると、俺達は手分けして食料の確認を行う事になった。
食堂は西側が校舎と繋がる出入口になっており、中央が食事スペース、北側が調理場となっている。
調理場の巨大な冷蔵庫には野菜や果物、冷凍庫には肉類や麺類が保存されていた。
砂糖や塩、醤油といった調味料類も潤沢にある。
普段、数百人という学生の胃袋を満たす為の施設だ、調理さえ出来れば俺達8人の胃袋くらいなら1週間は余裕で持ちこたえられそうだ。
売店の方は菓子パンやカップ面、飲料水やお菓子等、こちらも品ぞろえ豊富に取り揃えられており、籠城するには十分だろう。
「ガスや電気、水道も通っているみたいだし、食事は当分困らなそうね」
ミオナ先輩が言った。
そういや、ガスや電気は通ってるのに、なんでネットだけ繋がらないんだろうな。
「しかし、生モノは優先的に処分しないとな。いくら何でも塵芥車は巡回して来ないだろうから」
奈月先輩は現実的なのか夢想家なのか、よくわからんな……
「あら、いざとなったら校庭でキャンプファイヤーでもやって、燃やしちゃえばいいじゃない?」
「バカを言うな。火事になったらどうする? それに生ゴミ臭いキャンプファイヤーなんて、私はご免だぞ」
「もう、冗談に決まってるじゃない。ただ、学校に焼却炉は無いから、ゴミの処分は考えなきゃいけないわね……」
「ちょっと待ってください。先輩達はずっとこの学校にいるつもりなんですか? ゴミの心配よりもここから出る事を考えるのが先でしょう?!」
ミオナ先輩が嘆息していると、高輪が再びヒステリーを起こした。
「まあまあ、香南子。きっと、空腹を感じてないだけで、身体はお腹が空いてるんだよ。ほら、このチョコレート食べてみろ、美味いぞ?」
下津井は強引に高輪の口に菓子を突っ込んでいた。
「あのね、あたしは真剣に――んぐんぐ……ま、まあ、少しはイケるじゃない?」
このヒスデレめ。
こんな所で、カップル同士イチャついてんじゃねえぞ。
うらやましいなぁ、ちくしょうめえぇ!
「フッ……うらやましいのであるな?」
野間がどこからか、わいて出た。
「うるさい。お前は黙ってタップダンスでもやってろ」
俺が言うと、野間は本当にタップダンスを始めたので、もう始末に負えない。
無視だ、無視。
「それより、食事にしようぜ? 今日は調理する時間も無いし、カップ麺とかでいいよな」
「ふむ、そうだな」
俺が提案すると、奈月先輩は電気ポットでお湯を沸かし始めた。
お湯が沸くのを待っている間、銘々好きなカップ麺を選んで、テーブルで待つ事にする。
俺は醤油味、ひまりはシーフード、野間はカップ焼きそばをチョイスしていた。
1年生組はトイレに行くと言って席を外し、3年生コンビは電気ポットの前で何やら話し込んでいる。
必然的に、テーブルには2年の俺達3人が残された。
「カップ焼きそばなんてあったのか」
「フッ……1番身体に悪そうなものをチョイスしたのである」
「何でだよ」
「普段、口にしないのであるから、貴重な機会なのである」
そういえばコイツ、こう見えて結構な金持ちなんだよな。
イケメンで金持ち、これで中身さえ整えってれば完璧だったのに、そうは問屋が卸さないってか。
「そんな事言って、ここから出られなかったら一生カップ焼きそば地獄だぞ?」
「心配には及ばないのである」
「それが最後の1個だったのか?」
「我輩が、何としてでもキミ達をこの場から救い出すのである」
「……何、急に恰好良い事言ってんだよ」
「うんうん、今のはグッと来ちゃったねぇ」
ひまりが1人で盛り上がっていると、トイレから戻って来たらしい下津井がお湯が沸いたと知らせに来た。
野間とひまりは揃って席を立ったが、俺はしばらく動けなかった。
野間隼斗、か。
アイツ、一体何者なんだ……?
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