第8話 男女8人、自己物語 後編
「3年4組、崎山大和。授業サボって体育館で寝てたら志摩に起こされた。んで、ここに来た」
崎山は座ったまま、ぶっきらぼうにそう言った。
おかしいな、俺と出会った時のカミソリのような鋭さは一体どこへ消えたのか?
本当に高輪に迫力負けしたのか?
「あの~、高輪さんとはどういうご関係なんですか?」
ひまりが挙手をして質問していた。
「バッ、ひまり?! お前、空気読めよ?!」
マイペースにも程がある!!
「ええ~? でも皆、知りたいでしょ?」
「そ、そりゃあまあ、気にならないといったら嘘になるけどさ……」
「ほらぁ。わたしもこのままじゃ夜しか眠れないよ」
「夜しか眠れないのは普通だ。お前、昼寝ばっかりしてるからだよ」
俺達が話していると、奈月先輩がコホンと咳ばらいをした。
「お前達の夫婦漫才はともかく――」
「夫婦じゃないっす!?」
全力で否定してみせたが、ひまりは我関せずといった態度だった。
それはそれで悲しいんだけどな。
「――ともかく、だ。こういう状況だし、皆を不安にさせるような事は出来得る限り避けたい。崎山、話してもらえないか?」
高輪に訊かないのは噛みつかれるのが分かり切っているからだろうな……
今の崎山だったら、大人しく話してくれそうだし。
「話して困る事は何もねえよ。元カノってだけだ」
『元カノ?!』
俺を含めた何人かが、驚きと好奇が入り混じった声を張り上げた。
そして、全員で高輪の方を向く。
彼女は大袈裟にため息を吐いて、こう言った。
「別に、昔の話だし」
「昔って……」
お前、年いくつだよ?
「1年以上も前の事よ。あたしもまだ中学生だったし、気の迷いというか、そんだけ」
「ほぇ~。それで、どっちから告白したの?」
ひまりぃ~?!
コイツ、本っ当に空気読めねーのな!!
「告白なんて無かったわ。ただ何となく一緒にいて、一方的にあたしがフラれたってだけ」
2人の関係性が全くわからん……
単なる彼氏彼女というより、行きずりの爛れたカップルだったとでも言うのか?
「もういいだろ」
崎山が言うが、しかしひまりは食い下がった。
「でも崎山先輩、下駄箱で香南子ちゃんの事、知らない様子だったような?」
それは俺も気になっていた。
「……かなり雰囲気が変わってたからな。付き合ってた頃は地味で、髪ももっと長くて黒かった」
「悪かったわね、地味で!! そういうアンタは随分とギラつくようになったじゃない!?」
また高輪のヒステリーが始まった。
ひまりが藪蛇するからだよ……
「はいはい、そこまで」
パンパン、と手を打ちながら、ミオナ先輩が言った。
「これで全員、自己紹介が終わったわね」
先輩は確認するように、俺達を見回した。
「そしたら、次は現状の確認をしましょう」
ミオナ先輩の提案に、一同頷いた。
「最初に確認しておきたいのは、ワタシ達は学校に閉じ込められた――って事なんだけれど、これは正門と西門を調べた限りにおいて、という理解でいいのかしら?」
先輩が訊くと、下津井が手を挙げた。
「そうっス。自分らが確認したのはその2箇所っス」
コイツ、彼女の元カレが目の前にいるってのに、まるで態度が変わらんのな……
そういう事は気にしない性質なのか、事前に高輪から元カレがいた事を知らされていたのか、あるいは――その両方か。
「否である」
俺の隣で、野間が声を上げた。
「どういう事だ?」
俺が尋ねると、野間が長々と喋り出す。
「我輩は先刻、体育館とプール周辺で人探しをしていたのであるが、そのついでに校内を囲っている塀をよじ登り、そこから脱出が出来ないかを確認したのである。しかし無駄であった。やはり壁に阻まれて、それ以上は先へ進めなかったのである」
「お前、んな事してたのかよ……」
だから合流が1番遅かったのか。
「校内の塀を全て試したわけではないゆえ、探せばどこかに抜け道はあるかもしれないのであるが……」
野間にしては珍しく、その先を言いよどんでいる様子だった。
「――おそらく、無駄だろうな」
奈月先輩が言った。
「見えない壁とやら以外にも、人が消えるという異常事態なんだ。都合よく抜け道なんてものが用意されているとは考えづらい」
わかっちゃいるんだが、こういう風に言葉にされると絶望感が増してくるから困る。
「それじゃ、次は構内に残された人について確認ね」
ミオナ先輩がさっきより2割増しくらいの柔らかな声色で言った。
この人なりの配慮なんだろうか。
「皆が探してくれたのはこの校舎と校庭、それから体育館とプールという事でいいのね?」
俺達2年組と1年組が首肯する。
「とすると、探していない所は――」
「まずは食堂だろうな。それから食堂の上にある音楽室や美術室なんかもまだだろう」
奈月先輩が答えていた。
「すんませんっス。時間的にそこまでの余裕がなくて……」
下津井が後頭部を搔きながら弁明していた。
「いや、責めているわけではない。まだ人が残っている余地を確認しているだけだ」
「であれば立ち入り禁止区域も、であるな」
またもや野間がしゃしゃり出てきた。
「電気設備室や受水槽エリア、屋上、下水管の中などである」
「……さすがに、そんな所に人はいないと思うが……」
奈月先輩も少々困惑している様子だった。
「残っている可能性という意味では、俺達が探索している間に移動していたとしたら、まだ捕捉し切れていない可能性もあるぞ」
俺が言うと、ミオナ先輩が頷いた。
「そうね……そういう人達がいたら、どこかで遭遇するかもしれないわ」
つまり、学校に残された人は俺達8人以外にもまだ存在する可能性があるって事だ。
「そんな事より、さっさとここから出る方法を考えた方がいいんじゃない?」
うんざりした様子で高輪が言った。
「もちろんそのつもりよ。だからこそ、現状を確認した上で、きちんとした対策を打ちたいの。それには皆でしっかりと情報共有してから、知恵を絞るべきだとワタシは思うわ」
「……フンッ」
おお、あの高輪を一発で黙らせたぞ。
高輪は案外、理路整然と話せば落とせるのかもな。
「皆はどう思う? もし、各々が自由に脱出方法を探したい、というのならワタシには止める権利はないのだけれど」
ミオナ先輩の言葉を受けて、崎山が席を立った。
「俺は1人で勝手にやらせてもらう。大体の情報は手に入れたからな」
「そう……残念だけれど、仕方がないわね。他の皆は?」
「――では、我輩も」
言って、野間が立ち上がった。
「お、おい、野間? まさかお前まで――」
「我輩も、1人で踊らせてもらうのである」
「――は?」
何を考えているのか、野間はその場でタップダンスを始めた。
しかも、結構上手い。
上履きだから音はしょぼいが、アマチュアとしては結構なレベルだ。
そして、短時間のタップダンスを終えた野間は、一仕事終えた――という様子で、額の汗を拭いながら席に戻った。
「フッ……」
「だから何がしてーんだよ、お前は!!」
俺は全力で野間を張り倒した。
野間は椅子から転げ落ちて、床に顔面をぶつけていたが、どうせ痛みは感じないんだ、これくらいは許されるだろう。
思ったとおり、平然と立ち上がり、何事も無かったかのように席に戻る。
「……じゃあな、俺はもう行く」
崎山は俺達の漫才(?)に呆れ顔をしながら、会議室を出て行った――
「志摩」
――と思ったら、会議室の出口で俺の名前を呼んでいた。
「へ、へい? 何でしょう?」
「後で体育館に来い。話がある」
「ひぇ?! あ、いえ、わかりやした……」
それだけ言うと、崎山は会議室から出て行った。
「何々? ひょっとして愛の告白かな?」
横でひまりが楽しそうに話を振って来る。
そんなの、冗談でも言うのはやめてくれ……
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