第7話 男女8人、自己物語 前編

 会議室へ向かった俺達8人は、部屋に入るなり机を端にどかして、パイプ椅子だけを持って円形に並んで座った。


 意外だったのは崎山で、無言で3年女子2人の言われるがままに動いていた事だ。


 余程、高輪に言われた事がショックだったのか、それとも別の何かがあるのか……


 それはこれからの話し合いで明らかになるかもしれない。


 俺は会議室の出入り口に最も近い場所に座っており、俺から時計回りに野間、崎山、ミオナ先輩、ポニーテール先輩、高輪、下津井、ひまりの順で円を作っていた。


「――それじゃあ、まずワタシから自己紹介するわね」


 ミオナ先輩が椅子から立ち上がった。


「3年5組、三保みほミオナと言います」


 透き通るような、透明感のある声だった。


 人を安心させ、安らぎに導くような癒し系のボイス。


 耳元で囁かれたら、大抵の男は一撃で落ちてしまうだろう。


「今日は受験勉強をするため、図書室で奈月なつきちゃんと一緒にいたんだけれど――」


 言いながら、ミオナ先輩の左隣にいるポニーテール先輩を示した。


「――そろそろ暗くなってきたし帰ろうかなぁ、なんて話をしていたら、突然図書室の扉が開かれて、そちらの下津井君が現れたの」


 奈月先輩の隣にいる下津井が「ウス」と返事をしていた。


「事情は下津井君から聞いているけれど、ワタシと奈月ちゃんはまだ、その、見えない壁? には触れていないの」


 ミオナ先輩曰く、図書室から直接下駄箱に来て、そのまま下駄箱で待機していたらしい。


「ただ、人がいなくなっちゃった、というのは教室や職員室を見て来たから納得をせざるを得ない――って感じかな」


 困ったわ、なんて言いながら、ミオナ先輩は頬に手を当てていた。


「――次は、私だな」


 ミオナ先輩が座るのとほぼ同時に、奈月先輩が立ち上がった。


「3年1組、真鶴まなづる奈月だ。ミオナとは1、2年の頃は同じクラスだったから、今でもこうして一緒にいる事が多い」


 それを聞いたミオナ先輩は、ニッコリと笑顔を浮かべていた。


 2人は相当仲が良いらしいな。


「図書室の下り以降はミオナの言っていたとおりで、私から特に補足する事もない」


 奈月先輩がそう言って座ろうとしたその時、一瞬だけ俺と目が合った。


 ――ドクン。


「…………え? ――あ」


 俺は思わず、声を上げてしまっていた。


「……? なんだ、どうかしたのか?」


「……あ、いえ。何でも、ないです」


 奈月先輩は不審そうに首を傾げながら、席に座った。


 ――なるほどな、さっきの崎山の不審な挙動は、こういうワケだったのか。


 他のヤツにも試してみる価値はあるか……


「次は自分っスね」


 下津井が立ち上がり、自己紹介を始める。


 最初に見えない壁を見つけたのがヤツである事、それから俺達を見つけて正門と西門へ行った事を説明していた。


「志摩先輩達を別れた後は、自分と香南子で手分けして校舎をくまなく探したんスけど、見つかったのはこちらの美女お2人だけでした」


 美女、なんて言われて先輩方は満更でもない様子だったが、そんな事言ったら高輪がまたキレるんじゃ――


 ――しかし、俺の予想に反して高輪はさして興味なさそうにそっぽを向いていた。


 もしかしたら、こういうのは下津井の十八番であり、高輪もこれにやられたクチだったりして。


「――ほら、次は香南子の番だろ?」


 下津井は席に座りながら、高輪に自己紹介を促していた。


 彼女は渋々といった様相で席を立つと、ぶっきらぼうにこう言い放った。


「1年2組、高輪香南子。ここに至る経緯は保と同じよ。以上」


 そして、ギシィッ、と音を立てて乱暴にパイプ席に座り込むと、腕と足を組んでふんぞり返っていた。


 1番年下なのに、1番偉そうだな、おい。


「それじゃあ、次はわたしだね」


 ひまりはのんびりと立ち上がると、ペコリとお辞儀をした。


「2年3組、夏泊ひまりです。わたしとこっちの2人は教室で補習を受けてたんだけれど――」


 ひまりは言いながら、俺と野間を目で指した。


「――補習時間中に担任の先生がいなくなっちゃって、補習時間が終わっても帰って来ないからどうしたんだろうねえ、って3人で話してたの。そしたら、下津井君達がやって来て、後は聞いてのとおりだよ」


 そう言って、ひまりが席に座ろうとすると、奈月先輩が声をかけた。


「待て。下津井達と別れた後、お前達がどうしていたのかを聞いていないぞ」


「それはきっと、志摩君が説明してくれるよ♪」


 ちょ、丸投げかよ、ひまりさん……


 まあ、いいけど……


 ひまりと交代で、今度は俺が立ち上がった。


「2年3組、志摩朔真。下津井達と別れるまでの経緯はひまりの言ったとおりだ。その後、俺達は体育館とプール周辺で人探しをしていた」


 俺は1人1人の顔を見渡しながら説明する。


 ――ふむ、あの現象は奈月先輩とだけ起こるみたいだな。


 とすると、やっぱり――


「――で、体育館にある放送設備室で崎山パイセンを見つけて、下駄箱に合流したってわけだ。他に見つけた人はいない」


 俺は座りかけて、ある事を思い出した。


「――あ、そうだ。これは下津井達も知らないと思うから説明しておくが、俺達は今、痛みを感じない身体になっている」


「……はぇ?」


 下津井が間の抜けたようは声を上げた。


「ど、どういう事っスか、志摩先輩?」


「どうもこうも言ったとおりの意味だ。正門で、見えない壁に向かってこのアホが突っ込んでいっただろ?」


 俺は野間を指差した。


「あの時、コイツは苦しがっていたようだったが、実はそうじゃなかった。アレは痛みで悶絶していたのではなく、痛みがない事に驚いていたらしい」


「な、なんでそんな紛らわしい事を……」


 そんなの俺が知るか。


「とにかく、痛みを感じないのは俺も実証済みだ。そっちの崎山パイセンに腹を蹴られたが、何ともなかった」


 下津井と奈月、ミオナ両先輩がぎょっとした表情で俺と崎山を見比べていた。


「そ、それは本当なのか……?」


 奈月先輩が崎山に訊いていたが、ヤツは「あぁ……」とぶっきらぼうに答えただけだった。


「ただし」


 と俺は付け加えた。


「痛みは感じないが、殴られれば痣にもなるし、出血もする。そこの所は注意して欲しい」


 それだけ言うと、俺は席に着いた。


 次は野間の番だったが、なぜかこいつは立ち上がらずに座ったまま自己紹介を始めた。


「2年3組、野間隼斗である」


『…………』


「…………」


『………………?』


「………………以下略」


「他に言う事ねえのかよ!」


 俺は隣に座っている野間をどついた。


「フッ……我輩の説明は不要であろう。全てキミと夏泊君の言ったとおりなのである」


「お前な……」


「か、変わった子なのね……」


 それで納得しちゃえる辺り、ミオナ先輩は器のデカい人らしかった。


 ともあれ、これで残る自己紹介は、崎山1人となったわけだが――

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