第6話 合流、そして……

 崎山と共に体育館を出た俺は、正面口でひまりと遭遇した。


「ひまりか。そっちは空振りだったのか?」


「うん。更衣室にもシャワー室にもいなかったよ。プールの中も覗いてみたけど、誰も沈んでなかったね~」


「沈んでたら、色女意味で怖いだろ……」


「志摩君は成果があったみたいだね?」


 ひまりは崎山を見てそう言った。


「ああ。3年の崎山先輩だ。放送設備室で居眠りこいてた」


「おい、余計な事言ってんじゃねーぞ」


「へ、へい、すいやせん……」


 ああ、しまった!


 うっかりひまりの前で卑屈になってしまった。


 しかし、当のひまりは全く気にする様子もなく、崎山に自己紹介をしていた。


 このマイペースさが羨ましくもあり、時に疎ましくもある。


 そうこうしている内に、野間も合流する。


 ヤツも空振りに終わったようで、1人で戻って来た。


「体育館とプール周辺には誰もいなかったのである」


「そうか。じゃあ、あとは1年と合流して――」


「おい」


 崎山はドスの効いた声で俺の言葉を遮った。


「へ、へい? 何でしょう?」


「先に見えない壁とかってのを確認させろ」


「へ? あ、いや――」


 俺はスマホで時刻を確認すると、ちょうど18時20分だった。


 ……まだ、ギリギリ間に合うか?


「――わかりやした。では、正門に寄ってから待ち合わせ場所の下駄箱へ向かいやしょう」


 崎山は満足そうに頷くと、俺は正門まで先導して歩き出す。


 ふと、野間が俺の隣にやって来て、こう言った。


「キミ、どうしてそんなに妙な口調をしているのであるか?」


「お前にだけは言われたくねえ」


 ひまりも俺の隣にやって来て、こう呟いた。


「でも志摩君、似合ってるよ?」


 全然嬉しくない……


「おい、さっきから何をコソコソやってやがる」


 背後から崎山の声が突き刺さる。


「い、いえいえ、何でもございやせん。どうぞ、お気になさらず……」


「まるで時代劇に出て来る冴えない商人のようであるな」


「うるせえよ!」


 そんなバカなやり取りをしながら、俺達は再び正門へやって来た。


 崎山は無言で門に向かって歩いていく。


 そして見えない壁にぶつかり、門の前で立ち止まった。


 ……あれ?


 俺はふと、違和感を覚えた。


 その違和感の正体は何かはわからなかったが、崎山が壁にぶつかり、イラつきながらガンガンと叩いている様子が面白かったので、その違和感の事も次第にどうでもよくなっていった。


「ね、言ったとおりでやんしょ?」


「……まあな」


 崎山は珍しく殊勝な態度を見せた。


 自分の目で見たモノしか信じない、というのは本当のようだ。


「西門にも同じように壁がありやすが、確認しやすか?」


「……いや、いい。そっちは後だ。残りの1年に会わせろ」


「へい、ただいま」


 俺はヘイコラしながら、校舎の下駄箱へ向かって歩き出した。


「本当に誰もいねーんだな……」


 俺の背後で崎山が呟いていた。


 これで俺に対する信頼度は爆上がりだろう。


 けど、こんな舎弟みたいなポジションは、チャラ男の下津井にさっさと譲りたいもんだな。


 絶対、アイツの方が適任だ。


 下駄箱へ着くと、そこには下津井・高輪コンビの他に、2人の女子学生がいた。


 上履きの色から、女子学生達はどちらも3年生だとわかる。


「よう、お前ら。無事に確保したようだな?」


 俺が軽く手を挙げると、下津井が応えた。


「あ、志摩先輩、お疲れっス。そっちも見つけたみたい……ス、ね……」


 崎山の顔を見るなり、急にトーンの沈む下津井。


 うむ、その気持ちとてもよくわかるぞ。


「――ちょっと! 何でアンタがここにいるのよ?!」


 俺と下津井がおセンチなメンタルになる一方で、高輪がいきなりヒステリックに叫び出した。


 最初は俺に向かって言っているのかと思ったが、すぐに背後の崎山に向けられたものだと理解する。


「あぁ? 誰だ、オメー?」


 当の崎山は、高輪の事を知らない様子だった。


「はぁ?! あたしの顔を忘れたの?! 信っじられない!! マジありえないんですけど!!!」


「……え……あ?」


 ふと、崎山が妙な声を上げて、ほんの少しだけ後ずさった。


 おいおい、あの悪名高い崎山サマが高輪如きヒステリー女に遅れを取ったとでも?


 そんな事になってしまったら、俺は高輪にも舎弟風に接しないといけなくなるじゃないか。


「――そうか、お前もこっちに来ていたのか……」


 突然、崎山が意味不明な事を言い出した。


 展開が急過ぎて、俺以外の5人もポカンとして2人の様子を伺っていた。


「ホント最悪!! こんな所に来てまでアンタと会うなんて!!」


 高輪はいきりながら下駄箱を握りこぶしでガンッと叩いていた。


 いくら痛みがないからといっても、痣は出来ちゃうんだけどな……


「……あの、事情はよくわからないんだけれど、一先ず会議室にでも移動しない?」


 そう言って勇気ある1歩を踏み出したのは、下津井達が見つけた3年女子だった。


 制服の上からでもわかるふくよかな身体つき。


 アッシュベージュのゆるふわパーマに、やや垂れ目気味の目尻をしているせいか、全体的におっとりした印象の美人である。


 こんな姉がいたら、きっと俺は甘やかされて育っちゃうんだろうなぁ――なんてくだらない妄想をしてしまうくらいには、場を和やかにしてくれる女子だった。


「――そうだな。ミオナの言うとおり、まずはお互いの自己紹介や状況確認を済ませたい」


 続いて出て来たのは、おっとり美人とは対照的に凛とした背筋、キリっとした表情で、剣道でもやっていそうな佇まいに思わず見る者を圧倒させるようなカリスマ性を携えていた。


 その中でも特に目を惹くのは、腰まである長い黒髪ポニーテールだろう。


「じ、自分は賛成っス。香南子も、な? ここは穏便に――」


「……フンッ」


 その『フンッ』は賛成なのか反対なのか、どっちなんだよ。


「会議室へは、どう行けばいいのであるか?」


 野間がわいて出た。


「こっちよ、職員室の隣にあるの」


 ミオナと呼ばれた先輩は先導して下駄箱から西側方面へ歩いて行った。


 その動きにつられて、俺達7人もぞろぞろを後を追う。


 ――それにしても野間のヤツ、会議室へ行く前提で話を進め、全員の背中を押しやがるとはな。


 侮れん男だ……

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