第5話 校内一の問題児

 まさか、こんな所に人がいるとは思わなかった。


 放送設備室の椅子を並べて、そこで居眠りしている生徒がいたのだ。


 椅子の背もたれに隠れてはっきりとした姿は分からないが、服装から男子学生だという事はわかる。


 俺は照明のスイッチを探すべく、入って来た扉付近を手探りで辿ってみる。


 ――あった。


 室内に照明が付き、明るくなる。


「……ん?」


 椅子で寝ていた生徒が、明かりの眩しさに起こされたのだろう、椅子からムクリと起き上がった。


「……げ」


 起き上がったその生徒を見て、俺は思わずそう漏らしていた。


「……なんだ、テメーは?」


 ソイツは俺をギロリと睨み付けながら、そう言った。


 ウルフカットの金髪にピアス、蛇のような鋭い眼光にYシャツではなくTシャツを羽織っている。


 3年の崎山さきやま大和やまと――


 俺でなくとも知っている、校内では超が付くほどの有名人だ。


 もちろん悪い意味で、だが。


「あー、いや~、俺は2年の志摩っつーんですけど」


「志摩ぁ? ……テメーがオレ様の眠りを妨げたってのか?」


 ほとんどチンピラかヤンキーのような出で立ちの崎山は、それまで自分が寝ていた椅子をガンッと蹴飛ばしてから、ゆっくりと立ち上がる。


 崎山は背が高く、俺よりも拳2つ分は上だろうか。


 身長差がある分、どうしても俺は見下された形になる。


「えーと、その、眠りを妨げちゃったのは謝ります。すんません」


 俺は素直に頭を下げた。


「……チッ」


 崎山は面白くなさそうに舌打ちしていた。


「……お前、こんな時間にここで何をしようとしてたんだ?」


 崎山が頭を垂れている俺に向かって詰問してくる。


 俺は頭を上げてから、弁明を始めた。


「それが緊急事態なんですよ。俺達、学校から出られなくなっちゃって」


「…………はぁ?」


 崎山は人を小バカにしたような表情をしていた。


 きっと、俺も下津井達に対してこんな態度だったんだと思うと、少し前の自分を責めたくなって来る。


「本当なんです。正門の前に見えない壁のようなもんがあって、それに阻まれて先に進めないんですよ。しかも、先生を含めた学校中の人間が消えちまったんです」


「……お前、オレが誰だかわかってて、んな冗談言ってんのか?」


 そりゃもう、存じておりますとも。


 喫煙が見つかって停学になる事2回。


 禁止されているバイク通学がバレて校長の訓告を受ける事3回。


 他校の生徒と殴り合いのケンカをして退学の1歩手前等々、校内でもダントツの歩く校則違反を知らないはずがありませんぜ、旦那?


「崎山先輩相手にこんな冗談言う程、俺は命知らずじゃねーですよ。学校から出ようとしてみればわかりますって」


「……ウソだったら病院送りじゃ済まねーぞ、おまえ?」


 何を食べたら、こんな風に人をゴミクズのように見下せるガンが飛ばせるのでせうか……


「なんなら、今殴ってみます? 学校から出られないだけじゃなく、痛みも感じない身体になっちゃってるんで、俺ら」


「へっ、面白ぇ!」


 言うなり、崎山は俺の鳩尾に向かって蹴りを繰り出して来た。


 顔面に来るかと思いきや、不意を突かれた俺だったが――


 ――ドンッ、と腹に鋭い衝撃が走るも、それだけだ。


 痛みは全く感じない。


 俺は平然とその場に立ってみせる。


「――ね、平気でしょ?」


「………………」


 崎山は信じられないモノを見た――といった風に目を見開いていた。


 しかし、いくら痛みは感じないとは言っても、俺の内臓はダメージを受けているはずだ。


 こんな蹴りを何度も食らっていたら、身体が先にダウンしてしまい兼ねない。


 俺は早々にこの男をここから連れ出す事にした。


「俺達、学校に取り残されている人を探してるんですよ。今の所、俺と先輩を含めて6人いる事がわかってます」


「……それで?」


 崎山は面白くなさそうに言った。


「ここから先はまだノープランですけど、皆で知恵を絞れば学校から出られるんじゃないかと個人的には期待しててですね――あ、ちなみにネットや電話も繋がりませんよ?」


 スマホを取り出そうとした崎山を制したが、ヤツは俺の言葉を無視して、スマホを操作し出す。


「――オレは自分の目で見たものしか信じねえ」


 外界との連絡手段がない事を確認したのだろう、つまらなそうに吐いていた。


「えぇ、えぇ、そうでしょうとも。けれど、とりあえずは残ってる生徒と合流しません? 先輩も情報は欲しいでしょ?」


 ぶっちゃけこれ以上、俺が提供出来る情報は何もないのだが、早い所この男と2人きりという状況を打破したかった。


 だって恐いんだもん、この人……


 痛みを感じない――という非常識な状況でもなければ、裸足で逃げ出すレベル。


「……いいだろう。だが、オレは誰ともツルむ気はねえからな」


「ようござんしょ。それでも俺らは情報共有は致しますんで」


 あくまで卑屈な態度を崩さない俺。


「ささ、こちらへどうぞ。仲間の元へ案内しやす」


 俺は崎山を先導して体育館を出る事にした。


 くそぅ、こんな姿をひまりに見られたら軽く死ねるぞ、俺は……

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