第4話 深まる謎

 1年生チームと別れた俺達2年の3人は、体育館に向かっていた。


 体育館は西門とは正反対側にあり、校舎から見れば東側に位置している。


「なあ……この状況、どう思う?」


 俺は隣を歩く野間に訊いてみる。


 ハッキリ言って、常識では考えられない状況だった。


 学校から人がいなくなって、しかも見えない壁によって学校から出られなくなり、更に外界とも連絡が取れない。


 漫画やドラマならともかく、現実にこんな事があり得るのだろうか――


 そういう諸々の思いを込めての問いだった。


「我輩にも分からないのである」


 野間はすげなくそう言った。


「だよなぁ……」


「ただ――」


 続けて、野間はこう言った。


「――我輩の指を見るのである」


「指?」


 野間は突き出して来た指を見ると、両手の人差し指から薬指にかけて、爪の辺りが内出血を起こしていた。


「そりゃお前、ウォールクラッシャーとか言ってバカな事してるからだよ」


「妙なのである」


「何が?」


「痛みが、全くないのである」


「………………はぁ?」


 ――あぁ、そうか。


 事ここに至って、ついに野間も頭に来てしまったようだ。


 前からアホだアホだと思ってはいたが、こうした異常な状況に後押しされた形で、痛みを感じられなくなる程に脳がやられてしまったに違いない。


「そうか……うん、お前はもういいぞ。保健室で休んでてくれ、な?」


 俺は菩薩の如き笑みを浮かべて、野間の肩をポンポンと叩いた。


「我輩の言っている事は本当なのである。疑うのであれば、我輩の顔を思いっきり殴ってみればよかろう」


「よっしゃ、任せろ!」


 俺は躊躇なく野間の顔をぶん殴る。


 野間は殴られた勢いそのままに、地面へと倒れ込んだ。


「ちょ、ちょっとちょっと、いきなりどうしちゃったの2人共?」


 俺達の後ろにいたひまりが驚きの声を上げていた。


「いや、野間が殴ってくれって言うから」


「えぇ~? それにしたって加減っていうものを――野間君、だいじょぶ?」


 ひまりは野間が身体を起こすのを手伝っていた。


「フッ……何ともないのである」


 野間は唇の端から少し血を流していたが、平然と立ち上がっていた。


「お前、本当に何ともないのか?」


「だから、そう言ったのである。キミの拳も痛みはないのではないか?」


 言われてみれば確かに……


 あれだけの勢いで殴ったのだ、拳に多少なりとも痛みや痺れがあっても良さそうなものだが、何ともない。


「い、いや待てよ? お前、ウォールクラッシャーに失敗した時、『ぐおお!』とか言って、芋虫みたいにのたうち回ってたじゃないか」


「アレは痛みがない事に驚いていたのである」


「紛らわしいヤツだな!」


 しかし、そうなるとまたまた妙だ。


 身体から血は出るのに、痛覚が遮断されている事になる。


 これじゃあ、まるで無痛症のようじゃないか。


 更なる謎を抱えたまま、俺達は体育館の正面口に辿り着いた。


「ひまりはプール方面の探索を頼んでいいか? 俺は体育館の中を探して来るから」


「わかったよ~」


 プールには女子更衣室があるから、万が一にでも人がいたりしたら、俺は覗きの罪により人生が詰みになる。


 この状況で、将来の心配をするのも我ながら滑稽ではあるのだが。


「では、我輩は体育館とプールの外周を見て回るのである」


 野間の言葉に、俺は首肯する。


「探し終わったら、またここに戻って来る事にしよう。18時20分になったら途中でも戻って来いよ? 1年坊を待たせちまうからな」


 野間とひまりは頷くと、それぞれの探索場所へと散って行った。


 俺も体育館の中へと入って行く。


 本来ならここの下駄箱で体育館履きに履き替えるのだが、こんな状況では咎める人間もいないだろう。


 俺は外履きのまま、館内へ歩を進める。


 もしや――とも思ったが、体育館の中には誰もいなかった。


 この時間であればまだ部活をしている連中がいるはずだったが、この異常な状況下で平常運転を期待する方がおかしいか。


 しかし、誰もいないのに照明は付いているんだな……


 俺は体育館の天井を仰ぎ見ながら、そう思った。


 それから体育倉庫、トイレ、舞台袖、舞台下の用具入れなどを探索するも、人はおろかネズミ1匹見つけられなかった。


 一応、女子トイレもこっそり様子を伺ってみたが、個室の扉は全て開け放たれていたし、声をかけたが返事がなかったので、恐らく誰もいないのだろう。


 他に人がいそうな所は――


 俺は体育館の中心に立ってぐるりと周囲を見回してみると、1箇所だけあった。


 舞台の上にある放送設備室だ。


 足を踏み入れた事はないが、あそこなら人が入る余地はあるだろう。


 念のため、俺はもう一度舞台袖に行き、そこから狭い階段を上って放送設備室へ向かう。


 階段を上り切った先には、『放送設備室』と書かれた扉が待ち受けていた。


 ノックをするべきか――?


 一瞬、そんな考えもよぎったが、被りを振ってそのまま扉を開ける事にした。


 キィ……と金属が軋む音と共に、扉が開かれる。


 刹那、埃っぽい臭いが鼻をつく。


 なぜか、この部屋の証明は消えていた。


 俺は目を凝らして放送室内を確認してみる。


 とても狭い小部屋で、俺の正面には機材が所狭しと並べられており、機材前には椅子が3つ並べられていた。


 暗がりの中、俺はその椅子に近づいてみると、思わずギョっとした。

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