第3話 見えない壁

 下津井達に先導されて、俺達は正門前までやって来た。


 途中、下駄箱や校庭を通って来たのだが、やはり俺ら以外の人間と遭遇する事はなかった。


「いいっスか? 見てて下さいっスね?」


 下津井は正門に向かって歩き出す。


 ヤツが門を通り、道路へと足を踏み出そうとした途端――


 何かに阻まれたように前進が止まり、その場で足踏みを始めた。


「――というわけなんス」


 にわかには信じられなかった。


 下津井が何かのトリックをつかって俺達を騙している――と言われた方がまだ納得が出来る。


「フッ……我輩に任せるがよい」


 俺の隣に立っていた野間が前へ出た。


「一応聞いてやるが、何をするつもりだ?」


「フッ……素人はそこで黙ってみていればいいのである」


「何の素人だよ……」


 俺のツッコミも虚しく、野間はカバンを地面に置くと、屈伸運動を始めた。


 そして。


「ウォールクラッシャぁあああああ!!!」


 屈伸を終えた野間は奇声を発すると同時に、両腕を突き出しながら正門に向かってダイブして行った。


 しかし。


「ぐおおおおおおっっっ?!!!!」


 見えない壁に阻まれて突き指をしたかと思ったら、そのまま悶絶して芋虫のように転がり出した。


「……バカね」


 高輪の放った無慈悲な一言は、しかし俺の感想と完全に一致していた。


「もう、野間君……だいじょぶ?」


 ひまりは野間に駆け寄ると、ふーふーと息を吐きながらヤツの指を冷やしていた。


 うらやまし――いや、そんな事より。


 俺も正門に向かって手を伸ばすが、確かに見えない壁のようなものに阻まれて、その先へ進む事が出来なかった。


 壁をノックして叩いてみると、コンコンと音が返って来る。


 軽く蹴飛ばしてみても、同様に鈍い音と衝撃が跳ね返って来るだけだ。


 ふむ……


 俺は少し考えてから、門の開いている所ではなく、門そのものをよじ登り、上からの脱出を試みる。


 ――が、やはり壁に阻まれて前に進めない。


「おーい?」


 今度はドンドンと叩きながら、正門の向こうに見える道路に向かって叫んでみるも、反応はない。


 普段なら、学校前の道路は車の往来が激しい通りなのだが、車はおろか人や動物と呼べるものは何も存在していなかった。


「だから、言ったでしょ?」


 振り向くと、高輪が腰に手を当てながら、ドヤ顔をしていた。


 この状況で何を威張る事があるのやら……


 俺は門から降りて1年生に向き合った。


「お前らの言っていた事が本当なのはわかった。だったら――」


 俺はカバンからスマホを取り出して、外界との接触を試みる。


「――え?」


 スマホの電波は圏外表示となっていた。


 それだけではない、GPSも作動していないのだ。


「それ、自分らも試したっスけど、ダメでした」


 下津井が言った。


「ネットはもちろん、電話も無駄よ」


 またしても高輪はドヤ顔をする。


 メモ帖や電卓、カメラといったネットを介さないアプリは使えたが、外界との接触は無理のようだ。


 これじゃあまるで、この学校に俺達5人だけが閉じ込められたみたいじゃないか……


「絶望するのはまだ早いのである」


 いつの間にか復活したらしい野間が、指をさすりながら立ち上がっていた。


「どういう事だよ?」


「正門がダメでも西門があるのである」


『あ――』


 野間以外の全員が声をあげた。


「お前ら、西門は行ってみたのか?」


「い、いや、まだっス……」


「よし、んじゃ早速確かめてみよう」


 俺達は頷き合うと、西門まで走り出していた。


 正門は学校の南側に位置しており、西門までは歩いて5~6分の距離がある。


 走ればすぐに着く距離だったが、どこかで焦りを感じていたらしい俺達は、西門に着く頃には肩で息が上がっていた。


「はぁ、はぁ……よし、それじゃ行くぞ?」


 俺は全員に確認を取ると、門から前へ歩み出す。


 そして……


 ゴチン。


 顔面をぶつけた。


「……西門もダメ――みたいっスね」


「そんな……それじゃあ一体、どうしろってのよ?!」


 高輪がヒステリックに喚き散らす。


「地面を掘って下から――というのは、やっぱ無理だよな?」


 俺の提案に野間は首を振った。


「可能性はないでもないのであるが、何日かかるか分からないのである。それに、素人が下手に穴を掘ろうものなら、崩落や地盤沈下に繋がり兼ねないのである」


 ま、分かっちゃいたけど、一応な。


「ねえねえ」


 いつの間にか、ひまりが俺の隣に立っていた。


「どうした?」


「学校に残ってるのって、私達5人だけなのかな?」


「? どういう事だ?」


「だって、下津井君達って2年生の教室までしか探していないんでしょ?」


 ひまりが下津井達を見ると、頷いていた。


「だったら、校舎の4階にある3年生の教室とか、体育館とか、まだどこかに人が残っているんじゃないなぁ、って」


「……言われてみれば、まあ」


 仮に俺達以外の誰かがいた所で、この絶望的な状況が解決に向かうとも思えなかった。


 ただ、それでもここにいて手をこまねているよりかは、何かをしていた方が気がまぎれると思ったのだろう、下津井も高輪も人探しには肯定的な反応を示していた。


「……そうだな。そしたら、手分けして他に人がいないか探してみるか」


「フッ……賛成止む無しである」


 野間はやれやれといったポーズを取りながら呟いていた。


「イヤならお前はここで留守番していてもいいんだぞ?」


「そうすれば夏泊君と2人きりになれるから、であるな?」


「バッ、違ぇよ!」


 思わず野間に掴みかかりそうなったが、寸での所で押しとどまった。


「不気味な見えない壁、学校に閉じ込められた2人、イヤでも高まる緊張感、やがて交わる2人の熱き眼差し――ろろろ、ロマンティィィィッッックゥ!!!」


「アホか!!」


「志摩君、わたしと2人きりはイヤなの?」


 俺の前にいたひまりが振り返って、きょとんとした表情で尋ねてくる。


「バッ、違ぇよ!」


「ろろろ、ロマンティィィィッッックゥ!!!」


「うるせえぇぇぇぇぇぇ!!!」


「……あのさぁ、行くなら早くしてくれない? もうそろそろ、陽が暮れちゃうんですけど?」


 ヒステリックな高輪に冷静な指摘をされて我に返った俺は、人探しのチーム分けを提案した。


「んじゃ、1年チームは3年の教室他、校舎内のまだ探していない部屋を見て来てくれ。俺達2年は体育館やプール方面を当たってみる。今が17時半前だから……そうだな、18時半に校舎の下駄箱に集合しよう」


「了解っス」


 俺達は頷き合うと、各々の探索場所へ向かって散って行った。


 果てさて、俺達以外に学校に取り残された哀れな子羊はいるのだろうか……

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