第2話 俺達の非日常

「………………はぁ?」


 突然現れた1年生の、突然伝えられた言葉に、思わず俺はそう返していた。


「いや、だから! 学校から出られないんスよ!」


「同じ事を繰り返し言われてもな……何これ、ドッキリか何か?」


「違うわよ! ホントにホントなの!! あたし達、学校から出られなくなっちゃったのよ!!」


 ヒステリックに叫び出す茶髪女子。


 ちっとも要領を得ない。


「出られなくなったって、玄関口に鍵がかけられてるって事?」


 ひまりは顎に人差し指を当て、小首を傾げながら訊いていた。


「い、いや、校舎からは出られるんスけど、正門から出られないんス……」


 全然わからん……


「さっきからお前らの言ってる事は理解不能だ。話は聞いてやるから、最初から順番に説明しろ」


「う、ウッス」


 チャラ男はペコっと頭を下げると、話し始めた。


「自分は1年2組の下津井しもついたもつって言うっス。こっちは同じクラスの高輪たかなわ香南子かなこ


 茶髪女子はフンッと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


 高輪はどうにも気難しい性格のようだ。


「オレ達は付き合ってて、さっきまで教室で駄弁ってたんスけど、そろそろ帰ろうかって話をしてたんス」


 こいつらは補習組じゃなかったのか。


 パッと見は偏差値低そうなのに、外見で人を判断してはいけないという事だな。


「それで教室を出て、正門まで歩いて行ったんスけど、どういうわけか正門から出られないんスよ」


「どういうわけかって……どういうわけなんだ?」


「そんなの、こっちが知りたいわよ!」


 俺が訊くと、高輪がキレた。


「か、香南子……! いや、それがよくわかんないスけど、こう……見えない壁みたいなのに阻まれて、学校の敷地から出られないんス」


『見えない壁?』


 俺達は声を揃えて、お互いの顔を見合わせた。


「見えない壁って、ガラスか何かなのか?」


「いえ、そういうんじゃないっス。叩いたり石を投げたりしたんスけど、ビクともしなくて……」


 俺が訊くと、下津井はそう言った。


「フッ……その話、先生には伝えたのであるか?」


 野間が腕組みしながら尋ねる。


「そ、それが……」


 下津井はバツが悪そうに高輪を見ていた。


「あたし達も誰かに伝えようとしたのよ。でも、気が付いたら学校には誰もいなくなってて……」


『誰もいない?』


 再び、俺達は顔を見合わせた。


「そうなんス……校庭はもちろん、校舎の1階――下駄箱とか職員室にもいないっスし、自分達1年の教室にも人っ子1人いなくなってて……」


「それで慌てて2年の教室まで探しに来たら、先輩達を見つけたの」


「――で、今に至る、と?」


 俺が訊くと、2人は頷いた。


「……どう思う?」


 野間とひまりに訊いてみる。


「どうって言われても、ねえ?」


 ひまりは俺の問いをそのまま野間にスルーパスした。


「フッ……簡単である。どのみち我輩達も学校から帰る所であったのだ。であれば、これから5人でその見えない壁とやらを確かめにいけばいいだけなのである」


 野間にしては至極真っ当な意見に聞こえた。


 仮にこの1年生達が何かしらの意図でウソをついているのだとしても、いずれ俺達も学校からは出る事になるのだ。


 なら、下津井達を伴って学校から出られるかどうかを確認するのが1番効率がいいだろう。


「そうだな……ついでに人がいるかどうかも見回りながら、って事で。お前らも、それでいいか?」


 下津井と高輪は揃って頷いた。


 俺達2年組は帰り支度を終えると、下津井らと連れ立って教室を出る。


 廊下や他の2年生のクラスには、彼らの言うとおり誰もいなかった。


 補習で居残りしていたとはいえ、2年全員がいなくなる時間には、まだ早い様に思う。


 廊下を歩きながら俺達は1年生に自己紹介を済ませておく。


 果たして職員室へも訪れてみたが、下津井達の言ったとおり、本当に誰もいなかった。


「おいおい、マジかよ……」


 思わず、俺は声を漏らしていた。


「あらら~、本当に、誰もいなくなっちゃったみたいだねぇ」


 こんな時でもひまりはマイペースだ。


 もう少し怯えたり怖がったりした方が可愛げがあるのだが……


 ま、変にパニックになったり、高輪のようにヒステリックになられても困るか。


「血沸き肉躍るような展開であるな」


 野間がわいて出た。


「どこがだよ」


「フッ……」


「だから、その笑い方やめろっつの」


「ふはははははは!!」


「それもいいって!!」


「……先輩達って、ちょっと変わってるっスね」


 1年生達は人が消えた事態に陥った所為でパニックになりかけていたのだろう、俺達のやり取りを見て呆れながらも、どこかほっとした様子だった。


「待て待て。変わってるのはこいつらであって、俺は至って常識人だぞ?」


「ええ~? 志摩君だけずるいよ。わたしも常識人の仲間に入れてよ」


「我輩も縄文人の仲間になりたいのである」


「……お前ら、そういう言動が『変わってる』って言われる原因なんだからな? つか、縄文人なんて一言も言ってねえ」


「……はは、何だか楽しそうな先輩達で良かったっス」


「バカなだけなんじゃないの? 補習も受けてたみたいだし」


 下津井に比べて高輪の態度は厳しいものだった。


「あ、そだ。補習で思い出したけど、プリントを先生のデスクに置いて来なきゃ」


 どこまでもひまりはマイペースだった。


 彼女は俺達3人分のプリントをまとめて、担任教師のデスクに置いて戻って来る。


 こんな状況で、この行為にどれだけの意味があるんだろうな。


「――よし、それじゃあ見えない壁とやらを拝みに行くとしますか」

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