第8話:俺氏、女子高生ギャルに買収される

「お前、人様をバカにしてるけどな」


 俺はそう呟いてから。


「これでも帝国大学に通ってるからな、俺は」

「そ、そこ……私の志望大学です!」

「成績優秀者には奨学金出るし、海外留学も格安で行ける。その分、難易度は高いけど、まぁ〜頑張れよ」


 もうコイツとは喋りたくない。

 そう思い、俺が扉を閉めようとすると——。


「ちょっと待ってください。大切な話があります」


 こほんと咳払いして、桜凛櫻子は言う。


「私に勉強を教えてくれませんか?」

「断る。誰がお前に教えるかよ」

「分かりました。少しだけ身の上話をしましょう」


 別に聞きたい話ではない。

 だが、聞かないとこの場で叫ぶと言い出したのだ。


「私の家は貧乏で、大学に進学できるお金がありません」


 桜凛櫻子の家庭構成は、母親と三人姉妹なのだと。

 父親は他界。

 母親が一人でお金を稼ぎ、三人姉妹(櫻子は長女)を育ててくれているらしい。


「それでも大学に通いたいと思い、私はバイトを始めました。中学生の頃には新聞配達を、高校生からは様々な業種でバイトを行いました。それも全ては大学に通うためでした」


 そして、と呟きながら、桜凛櫻子は目を輝かせて。


「私はワールドバーガー奨学金制度に出会ったんです!!」


 彼女の話によれば、ワールドバーガー独自の学生支援奨学金制度らしい。様々な条件下で定められた期間内ワールドバーガーで働くと、援助を受け取ることができるというのだ。


「とりあえず、優秀な私は奨学金を受け取ることができます」

「バイトテロ起こして奨学金を受け取れるんだな」

「外資系の企業ですからね。ルールさえ守れば大丈夫です!」


 世界各国で大人気なワールドバーガー様である。

 本来ならば賠償金を払わなければならない状況だろう。

 それにも関わらず、逆に奨学金を贈ってくれるなんて。


「しかし、私は致命的なことに気付きました」

「致命的なこと?」

「はい。今までバイト漬けの日々で、知力が足りません」

「はぁ?」

「もう一度言います。私には圧倒的に知力が足りません」

「お前さ、受験生に一番必要なものが欠けてるじゃねぇーか」

「うっかりしてました」


 うっかりしてましたじゃねぇーよ。

 心の中でそう呟く俺に対して、桜凛櫻子は頭を下げて。


「お願いします。私に勉強を教えてください」

「嫌だ。塾か予備校に行け。俺に頼るなよ」

「残念ですが、私にはお金がありません」

「勉強は一人でもできるだろ?」

「バカな私がたった一人で難関大学に受かると思いますか?」

「自信満々で言うことじゃねぇ〜からな!」


 桜凛櫻子は奨学金の援助を受け取ることができる。

 だが、ワールドバーガー独自の奨学金で、彼女が受け取ることができたのは半額免除だったのだと。今まで働いてきたバイト代を足して、ギリギリ四年間払えるぐらいなのだとさ。


「もう最終手段は、裏口入学しかありませんね」

「正攻法で戦えよ!! 周りの受験生と同様に」

「人生は配られたカードで戦うしかないんですよ」


 つまり、この桜凛櫻子は塾にも予備校にも通えないのだ。

 かと言って、一人で勉学に励むのは無理だと分かっている。

 だからこそ、この帝国大学現役生で、家庭教師経験もある俺に助けを求めているというわけだ。


「いいですか、山田さん」


 桜凛櫻子は真面目な顔でいう。


「今、ここで見捨てたら、歳若い女の子が臓器を売るしかないんですよ。大学進学するために。可哀想だと思いませんか?」

「……臓器を売るのはやめとけ。早死にするぞ、マジで」

「なら、女子高生バイトが見たワールドバーガーの闇という暴露本でも出すしかありませんね」

「恩を仇で返す真似はするな!! 奨学金貰うんだろうが!」


 桜凛櫻子は律儀な人間らしい。

 う〜んと首を傾げながら、彼女はいう。


「そうですか……もうアレを売るしかないんですかね〜」

「何を売る気だ。悪いことだけはやめとけよ」

「いや、もう決めました。自分を売ることにします」

「お、お前な……自暴自棄にもほどがあるだろうが!!」

「はい。私は多くの方々にもてあそばれることでしょう」


 大学進学するために、自分を売ろうとするなんて。

 そんなの俺は見ていられない。

 大学の女友達にも、カラダを売ってお金を稼ぐ子もいるし。


「自分のカラダを売る真似はやめとけ。虚しいだけだぞ」

「でも私が売れるものは、もうこれしかないと思うんです」

「だ、だからってな……お、お前にはまだ未来があるだろ!」

「今だけなんです。女子高生という肩書きがある今しか」


 女子高生。

 その言葉が付くだけで、値打ちは簡単に跳ね上がる。

 実際に女子高生起業家が居たものの、彼女が歳を重ねてしまえば、それはただの起業家になってしまうのだ。悲しいね。


「専門業者に売れば、高いはずです。私という存在は」

「……お、お前……そんな……」

「それでももう私は決めたんです!!」


 関わった機会は、今日と前回で二回しかない。

 それでも歳若い女の子が危険なことをしようとしている。

 それを見逃せるほど、俺は社会に溶け込める自信はない。


「桜凛櫻子という存在をフリー素材として売ろうって」

「ふぇ?」

「今の私の写真を業者に売れば、フリーのJK素材として今後一生ネット上として残ります。デジタルタトゥーとして」

「うん。もう勝手にしろよ」


 心配して損したわ。でも、良かった。


◇◆◇◆◇◆


「生憎だが、俺は忙しいんだ。お前以外にも生徒が居てだな」

「私との関係は遊びだったってことですね」

「気色悪いことを言うんじゃねぇ〜よ」

「もしも私を見捨てたら、一生ネットで誹謗中傷します」

「次会うときは、法廷だな」

「今のは嘘です。格安で家庭教師になってくれませんか?」

「こっちはボランティアでやってないんだよ」


 ふふふ、と笑いながら、桜凛櫻子は何かを取り出した。

 出てきたものを見て、思わず俺は声を失ってしまう。

 得意気な表情を浮かべて、彼女は見せびらかしてきた。


「これ欲しくありませんか?」

「うう。そ、それは……」

「山田さんが欲しがってたおもちゃですよ」


 ワールドバーガー特製のおもちゃ。

 再販されることはない貴重な品だ。

 期間限定商品なので一度見逃したら終わりである。


「つまり?」

「これが欲しければ、勉強を見ろです」

「嫌だよ。お前バカだろ?」


 ワールドバーガーのおもちゃ好きである。

 それは決して間違いではない。

 それでも、これだけは言うことができる。


「釣り合ってねぇーだろ、価値がよ」

「そう言うだろうと思ってました」


 だからね、と呟いてから。

 桜凛櫻子は新たな品を取り出した。

 金色の刺繍が入った黒色の袋であった。

 俺はそれを見た瞬間に、もしやと思ってしまう。


「お、お前……そ、それは?」

「分かるんですね、これが」

「し、シークレットトイなのか……?」


 ワールドバーガーのハッピーセットには、シークレットトイが存在する。そんな噂話を何度か聞いたことがあった。

 でも、今までに何百回もハッピーバーガーを注文してきた俺だとしても、その商品を手に入れることはできなかった。

 ネットでも、都市伝説として語り継がれる程度で、実際に手に入れたという話は……五年に一回あるかないかだったのに。


「そうです。これは欲しいでしょ?」


 桜凛櫻子はシークレットトイを持っていたのだ。

 これは欲しい。欲しすぎる。絶対に欲しい。

 マニアの中でも、誰も持っていない伝説のおもちゃ。


「……やるよ、お前に勉強を教えればいいんだろ?」

「はい。ありがとうございます!!」


 欲しいものには、どこまでも貪欲なのだ。

 それがマニアなのだから。

 欲しいものは必ず手に入れてやるのである。


「だが、こちらから条件がある」


 でも、そう易々と仕事を引き受ける俺でもない。


「何ですか?」

「報酬は先払いにしてもらおうか。逃げられたら困るからな」


 俺の提案に乗ってくれたのか、桜凛櫻子は頷いてから。


「それでは契約書こちらに名前を書いてください」

「こんなものでも用意されているとはな」

「私、しっかりしてるので」

「お前の場合は、ちゃっかりだわ」


◇◆◇◆◇◆


「これで契約完了です」


 桜凛櫻子は契約書を確認して微笑んでいる。

 まるで、婚姻届に捺印した婚期を逃した女性のように。


「んじゃあ、例のブツを渡してもらおうか?」


 シークレットトイを受け取る代わりに。

 俺は桜凛櫻子の勉強を見てあげることにした。

 と言っても、週に二、三回見てあげるだけなのだが。

 それも、今年の受験までなので、残り半年ぐらいだが。


「こちらをどうぞ」


 シークレットトイを受け取る。

 中身は軽そうである。

 ただ、手にとって分かるが、豪華な包装である。

 このまま飾っておくのもいいかもしれない。

 だが、中身が気になる俺は包装を開いてみた。

 そして——シークレットトイが何かを知るのであった。


「おしゃぶりかよっ!!」


 俺は思わず叫ばずにはいられなかった。

 豪華な包装紙から出てきたのは、百円ショップにでも売られていそうなおしゃぶり。と言っても、ゴージャス感を出すために、所々に金色の刺繍が入っているのだが。


「よかったですね。夜泣きせずに済んで」

「逆に泣くわ。これで俺の半年が丸潰れなんてな!!」


 桜凛櫻子の勉強を教える。

 そのために、自分の貴重な時間が削られる。

 そう思うと、気が滅入り、俺は肩を落としてしまう。


「今日からよろしくお願いしますね、山田先生♡」

「いやだぁぁぁぁぁ〜〜〜〜」

「それでは、一緒に頑張りましょうね。おしゃぶり先生」

「誰がおしゃぶりだ!! やっぱりお前に教えたくねぇーわ」


 本音を漏らすと、桜凛櫻子は俺の肩を掴んできた。

 握力が余程強いらしく、ガッシリと握ってくるのだ。

 俺に逃げられたら、人生が狂う。

 そう自分でも理解しているらしい。


「絶対に逃がしませんからね。大学に受かるまでは」

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