第9話:俺氏、女子高生ギャルに勉強を教える

 桜凛櫻子の家庭教師をすることになった初日。

 俺に教えを乞うという立場上、櫻子自身が俺の家まで足を運ばせてくれた。というのも、自宅では家族に迷惑だとさ。

 自慢ではないが、俺は母親以外の女性をこのアパートに入れたことが一度もない。つまり、桜凛桜子が初めてである。

 大学生に入る当初は、ここから俺の人生は変わるんだ。

 ここに可愛い彼女を連れてくることもあるかもしれない。

 そう夢見たこともあったけど——現実は全く違う。


「山田さん〜。このお菓子、超美味です!!」


 小腹が空いたら食べようと思っていたお菓子を、俺の教え子はバリボリ音を立てながら食っているのだ。女子高生は食欲旺盛なのか、次から次へとお菓子の袋を開いている。


「お前人様の家で寛いでるんじゃねぇ〜よ!!」

「あ、おかまいなく。私は全然気にしないで」

「俺が気にするんだよ!! この馬鹿野郎ッ!!」

「神経質なんですね。カルシウム不足ですか? 先生♡」


 生意気な女子高生に煽られながらも、俺は言う。


「お前は本気で受かる気あるのか?」

「ありますよ、勿論。ほら、この通りです!!」

「お菓子食いながら言うセリフじゃねぇ〜からな!」

「誘惑が多いから悪いんです。この部屋には」

「お前が食うから悪いんだよ!! この野郎ッ!!」

「お菓子が言うんです。私に食べてって」

「だからって、人様のお菓子を食っていいとはならないぞ」


◇◆◇◆◇◆


「早速だが、お前の得意科目は何だ?」


 国立大学を受験する。それも難関と評判の帝国大学だ。

 残り僅かな期間内で結果を出すには戦略を練る必要がある。

 ふふっと、笑みを漏らしながら、桜凛櫻子はいう。


「全科目不得意です」

「自信満々に答えるなよ」

「全科目赤点です」

「大学に行く前に、留年の危機じゃねぇーかよ」

「高校生活が伸びると思ったら気楽ですね」

「気楽に考えたらダメだろ、テメェはよ」


 こんなダメな生徒を半年間で大学に入れるなんて。

 そんなの不可能に近いかもしれないが……。


「これでも毎日三時間は机の前に座ってますよ」

「ほう、意外と勉強やるじゃねぇーかよ」

「バイト疲れで、毎日寝てますけどね」

「少しでも感心した俺に謝れ!!」


 兎にも角にも、勉学にはモチベが重要だ。

 その為にも、この女が大学を目指す理由を聞かねば。


「大学に行って何をやりたいんだ?」

「私、社長になりたいんです!!」

「大きなことを言い出したな、突然」

「社長になって会社の金で豪遊したいんです!!」

「本性を表したな、今突然に」


 というのは冗談で、と呟いてから。


「自分の力でバーガー屋を開きたいんです!!」

「バーガー屋? つまり、ハンバーガーってこと?」


 櫻子はうんうんと大きく頷いている。

 それから、目をキラキラと輝かせながら。


「自分でも驚くほどに、ハンバーガーが大好物なんです!」

「バイト中にコソコソ食ってた言ってたからな」

「コソコソじゃありませんよ。ガッツリ食べてました」

「もっと悪いよ。もっと隠れて食べような」

「だから、私は大学に入って経営の勉強をしたいんです。並行でハンバーガーの研究もして、いつの日かお店を出します!!」


 お菓子をボリボリ食べている奴だが、今だけは一寸の狂いもないほどに真面目な瞳をしている。

 本気で自分の夢を叶えようとしているのだろう。

 周りが大学進学するから、俺も行こう。

 そんな甘い考えで進学した俺とは大違いだ。


「それにもうしっかりとした事業計画もあります!!」


 事業計画書を考えているだと……?

 櫻子って……意外とデキる奴なのか?


「大学在学中にバーガーワールドの極秘レシピを盗み出し、バーガーワールドよりも100円安い値段で売ってやろうとね」

「ただの犯罪じゃねぇーかよ」

「完全が抜けてますよ?」

「あのなぁ〜正攻法で戦え、正攻法で」

「これが正攻法です。一流からパクるのが第一歩です」


 成功者をパクるのが一番早い。

 櫻子の言う通りなので、俺は何も言い返せない。

 黙り込んだ俺を見て、櫻子はお菓子のカスが付いた指先をぺろっと舐める。それから、彼女は微笑みながら。


「というわけで、勉強を教えてください。先生♡」


 一度乗りかかった船である。無理だと諦めるのは簡単だ。

 だが、やるからには全力を尽くして志望校に入れてやろう。

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