第5話:俺氏、スマイルを注文する
自転車を漕ぎに漕いで、自宅近くの店舗に到着。
ワールドバーガーとデカデカとした看板がある。
「何かイライラしてくるな、アイツのこと思い出して」
駐輪場に自転車を停め、俺は店内に入った。
『ワンワンワン♪ ワールド〜♪ ワールドバーガー♪』
ワールドバーガー特有の陽気な音楽が流れていた。
『ワイルドでワンダーなナンバーワンのお店ぇ〜♪』
と言っても、ほぼほぼ「ドンドンドン」でお馴染みな地元のヤンキー御用たち——驚安の殿堂ショップの曲にしか聞こえないが。
店内は昼下がりを過ぎた頃。
多いとも少ないとも言えないぐらいの人気である。
俺は真っ先にレジカウンターへと向かった。
すると、赤茶色髪の女性が対応してきた。
「お客様、ご注文は何にしますか?」
「ご注文じゃねぇーよ。さっき電話掛けた者だよ、電話」
「なるほど。『進めカルガモ探検隊』ご一行様ですね」
「俺じゃねぇーよ。俺、一人。それは分かるだろ?」
「あぁ〜。なるほど、見るからにお太り様ですもんね〜」
「お太り様じゃなくて、お一人様ね、お一人様」
「何を言ってるんですか? そこに確かにもう一人——」
赤茶色髪の女性は目を真ん丸くさせる。
目をゴシゴシしてから、もう一度俺の後ろを見る。
数秒後、少し曖昧な笑みを浮かべながら。
「……あぁ〜お一人様だったんですかぁ〜」
「ねぇ? 怖いからやめてくれる……? その反応!!」
「安心してください、店長は悪い人じゃないんで」
「俺、まさかのまさかで店長に取り憑かれてるの!!」
「あ、もしかして……」
赤茶髪色の女性は両手で口元を押さえた。
もしかして、この女が——桜凛櫻子とでも言うのか?
「整理券の方はお持ちしたでしょうか?」
「持ってねぇーよ。こっちは大事な話があるんだよ、話が」
「ならば、一旦整理券を取って後ろの列に行ってもらうか、そのままあちらの自動扉へと向かい、そのままお家へGOしちゃってください」
「俺を帰らせる気満々かよ、こっちは客だぞ、客」
見た目だけは悪くない赤茶髪の可愛い女の子だが。
喋っていてストレスが溜まってくる。
この感じは……やっぱりあの女なのだろうか?
「名を名乗れ、名を」
「拙者は名乗るほどのものではござりませぬ」
「さっさと名乗れ。時代劇風の喋り方しなくていいから」
「この名札が見えないんですか〜?」
先生〜黒板の字が汚過ぎて全然読めません〜。
もう一度書き直してもらっていいですかぁ〜?
とか言い出すウザさMAXのギャルみたいな喋り方だな。
「見えねぇーつってんだろうが」
「お客様、もしかして近眼ですか? 眼科はあちらですよ」
「お前が元々名札を付けてねぇーんだよ!! この野郎が!」
あ、と言い、赤茶髪の女は「てへっ」と舌を出した。
アイドルがすれば、それは可愛いシーンなのかもしれない。
ただ、今見てる限りでは、殴りたくなるだけであった。
「あぁ〜すみません、うっかりしてました」
「だからさ、うっかりのレベルじゃねぇーって」
はぁ〜と、俺は溜め息を吐きながらも。
「で、お前の名前は?」
「知らないひとに名前を聞かれても黙ってろってお母さんが」
「あぁ〜もういいよ。桜凛櫻子を出せ。話はそれからだよ」
「えっ? 私のこと知ってるんですか? うれしいぃ〜」
「やっぱり、お前かよ。薄々気付いてたけどな」
もう一度詳しく説明しよう。
赤茶色の髪をポニーテールに束ねた若い女。
如何にも生意気なギャルっぽい。
それが——桜凛櫻子で間違いないようだ。
「あのぉ〜ところであなたは?」
「俺だよ、俺。さっきまでお前と喋っていた男だよ」
「あぁ〜あのハッピーセットを購入したけど、おもちゃが入ってなくてわざわざ電話を掛けた挙句、こちらまで足を運ぶと意気込んでいた、あのお客様ですねぇ〜。ご存知ですぅ〜!!」
おいおい、お前のせいで店内の空気が二度ほど下がったぞ。
特に俺に対する哀れみの瞳でな。
お客様の前で何を言ってるんだよ、コイツは。事実だけど。
「そこまで説明しなくていいよ、恥ずかしいから」
「恥ずかしくはありませんよ」
桜凛櫻子は両腕でガッツポーズを作って。
「ハッピーセットを購入したら、おもちゃをもらう権利は誰にでもありますからねぇ〜」
クッソ、マジで恥ずかしい。
何だよ、この恥辱プレイは。
「でもよかったですね。今日は夜泣きせずに済んで」
「だから、俺は赤ちゃんかよ!!」
頭を抱えたくなる気持ちを抑えながらも、俺は訊ねる。
「それでおもちゃは?」
「少々お待ちください」
桜凛櫻子は厨房へと入っていく。
そこでごにょごにょと揉める声が聞こえてきた。
その後、彼女は慌てて戻ってきて。
「おもちゃは組み立てるのにお時間が掛かるそうです」
「バーガーと一緒におもちゃも作ってるのかよ。斬新すぎるだろ。どんな厨房か余計気になってきたわ。どうなってんだ」
「お肉のことだけは……お肉のことだけはご勘弁を」
どんな肉が入っているのか、マジで気になってくる。
でも、厨房に入るのはマナー違反だ。絶対に不可能である。
「あ、そうだ。ご注文はどうですか?」
「ご注文? 食いたくねぇーよ。ここのバーガーなんて」
「ここだけの話ですけど、美味しい店ちょ……お肉が入ったんですよ。国産肉100%使用でとっても美味しいですから」
「今、絶対店長って言ったよね? 店長って!!」
国産肉100%は間違いないかもしれない。
でもさ、表記詐欺にもほどがあるだろ、実は人肉なんて。
「ではご注文のほうを繰り返させていただきます」
「おい、待て。俺は注文した記憶がねぇーぞ」
「期間限定商品の店長バーガーセットがお一つですね」
「もう隠す気ゼロじゃん。店長絶対ミンチにされてんじゃん」
「付け合わせに店長のポテトもありますけどどうしますか?」
「店長のポテトって何だよ。気になるけど、要らねぇーよ」
何だよ、コイツ。
勝手に注文した体にしてくるし。
訴えられても知らねぇーぞ、マジで。
「お目が高いですねぇ〜。狙いは新作商品ですね!!」
「頼む気ゼロだが、新作って何だよ」
ワールドバーガーの新作商品は気になるな。
おもちゃを集めるのが趣味だけどさ。
だけど、それも美味しいバーガーも大好きだし。
「鮮度抜群のカルガモバーガーですよ! 本日発売の!」
「……
「カルガモの解体ショーもあるんで、楽しんでくださいね」
「マグロかよ!!」
「ベッドの上では……そうかもしれません」
「お前じゃねぇーよ!!」
カルガモ探検隊。
俺は知らなかったぜ。
お前たちが在庫名だったとはな。
「他にご注文は要らないんですか?」
「他にじゃなくて、俺は何も頼んでねぇーよ」
「営業妨害ですか?」
「違うよ、正当な理由があってここまで来たんだよ!」
メニュー表が目に入った。
その中に面白い表記があるではないか。
——スマイル0円——
「んあぁ〜なら一つだけ注文しようかなぁ〜?」
悪徳貴族のような口調でそう呟いた。
我ながら気持ち悪い喋り方だなと思う。
「何ですか? 急にバブバブボイスで」
実際に桜凛櫻子は卑劣な瞳をこちらに向けてきた。
お客様じゃなければ、こんな人とは絶対に喋らない。
そんな意思が茶色の瞳からヒシヒシと感じられる。
「一生分のスマイルをよろしくお願いしまぁ〜す」
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