灰色の孤島の上で#3

Y

第3話

あの日から数日経ち…。

僕は不思議な恍惚感の中にふと憑き物の落ちたような、心地良い脱力感を感じていた。

彼女の情報は全然持ち合わせてはいないし、知らない事ばかりだが、何となく彼女を自分だけが知っている様な、不思議な感覚になっていた。

 何故だろう?

考えても到底分からなそうだから、考えるのを早々にやめ、僕はひとまず休日をベッドの上以外で過ごす事にした。

こんなにすんなりと外の世界と関わろうと感じたのはいつぶりだろうか?

とりあえず寝汗を流す為にシャワーを浴びる事にしたが、ふと思った。

『外と言っても、一体、どこへ行こう?』

ここ数年というもの、以前からの無気力気味の性格に加え、何処か精神の迷子感に苛まれていたのだが、その名残は一時の恍惚感にも搔き消せなかったらしい。

 僕はどこで、何をして、何が欲しくて、どうしたいのか?

何もかもが、考えても分からないのだ。

 ただひたすら、三大欲求をたった一人で満たしながら生を消費してゆくだけの人生だったから、全くそれ以外の欲について疎いのだ。

 僕は何が欲しいのか?

考えて、考えて。

分からなくて、分からなくて。

その脳裏に一瞬だけ、彼女の姿が浮かんだが、意識してか無意識か、すぐに頭から消して、僕は深々と帽子をかぶり、着の身着のまま、とりあえず外へ出た。

本当は、少し罪悪感を感じたからだった。

彼女に対する、憧れと違う他の感情、いや、欲望を感じた事に。

罪悪感と、恥じらいと、それから色々が入り混じった感情をひとまずどうにかしたくて、何構わず外へ飛び出したのだった。

 しょぼくれたアパートの1階、そこに居ては増大しそうな新たな感情に恐怖を感じ、逃げに外へ出たのだった。

だが、ゆく当ても無く、彷徨いながら思わず足を止めた所は、繁華街の一角にあるホテル街だった。

 そこには様々な男女が行き来していて、訳ありな雰囲気を感じる事もあった。

そして、僕はその光景から目をそらす様に帽子を深くかぶり直し、足早にここを立ち去ろうとした。

 と、そこに見覚えのある顔が有り、僕は目が釘付けになった。

―――彼女だった。―――

今までに見た事の無い破廉恥な格好をして、まるで思い切り汚して欲しいと言わんばかりの雰囲気に、僕は驚愕と同時に体の芯から湧き上がる熱に思わず圧倒されていた。

 ドクン、ドクン、ドクン…。

どれくらい経ったか、いや、恐らく一瞬だったかもしれない。

気付いた時には彼女は僕の目の前に居て、そっと、呟いた。

「抱いて」

 僕は何を聞くでも無く、お互い無言のまま、密室へと入って行った。

その日、初めて。

僕は「彼女を知った」のだった。

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