35.なん……だと?
さて、と言ってもどうするかな。
何しろ相手の情報が少なすぎる。
あなたは明日何らかの手段で死にます、って言われたとしよう。
それは交通事故かもしれないし、家にミサイルが落ちてくる事かもしれないし、なんなら飼い猫に噛まれて死ぬ事かもしれない。
何が何だか分からないのに対策なんて立てられるわけがないのだ。
かと言って、何もせず甘んじて受け入れるのは性にあわない。
復讐も果たせず無関係な所で死ぬ気はサラサラないんだし。
それならどうするか?
答え、原因を探しましょう。
原因が分かればいくらでも対応のしようがある。
交通事故なら家から出なければいいし、ミサイルが飛んでくるなら地下鉄の駅にでも逃げ込めばいいし、飼い猫に噛まれるならチャ○チュールで餌付けすればいい。
さて、そうと決まればベットでダラダラしてる場合じゃない。
いつの間にか着替えさせられてた服をいつもの服に着替え、部屋を出る。
屋敷内の主要人物は大体1箇所に集まってるみたい。
なんだかんだ今までは事態の原因みたいな位置にいたから何かある度呼び出されてたけど、私ってば本当は部外者だしね。
あそこに突撃する気はない。
屋敷の玄関から堂々と外に出る。
てか何も考えずに出てきたけど、どうしよう。
見つけると言っても魔力がわからないんじゃ私一般人レベルなんだけど?
ソナーマダー?
残念ながら私の左手は義手じゃないんだ。
右手はないけど。
あー、でもあれか。
ラウムが狙われたって事は相手側の目的はこの屋敷って事になるか。
それに眠らせる目的の魔法を私が無効化したって事で相手側の目論見を一つ破った訳だし、何かしらアクションがあるはず。
それならこの屋敷を見張る方向性で行くか。
よし、合法的に昼間から監視する言い訳ができたぞ。
いや違う!
見張りだから!
安全確保の為だから!
私の!
まあそれは置いといてだ。
今回は相手の魔力がわからないから目で見える位置がいいかな。
となると、屋敷の人にバレててもいいしそこまで離れる必要はないね。
どこかいい場所あったかなー。
堂々と見張るとかしなかったから、どこがいいかわからないんだよね。
こう、隠れながらできる場所なら何ヶ所か見繕っておいたんだけど。
何があるか分からないしそういう点はしっかり対策は取っておいた。
けど、それ以外だと分からんなー。
うむむ。
悩みながら歩き回って、裏路地に続くT字路に差し掛かった時だった。
常に発動させている魔力探知に突然現れた魔力が引っかかった。
む?
なんだこれ。
なんというか、今にも消えそうだ。
弱い。
とても弱い。
けど、消えない。
そんな魔力を裏路地の方から感じる。
あれ?
なんかこの魔力覚えがあるぞ。
つい最近感じた……あー!
思い出した!
ラウムに刺さってたやつだ!
ってことはこいつが原因か!
待てこら!
と追いかけようと思ったけど、これどう考えても危ない香りしかしないんだよな。
なんでわざわざ魔力を垂れ流しにしてるんだって思うし、そもそもこの死にかけみたいな反応はなんだ。
慎重に行こう。
逃げる雰囲気は無いし、最悪龍に戻ってでも相手してやる。
裏路地は狭いけど、できないことは無い。
よし。
ゆっくりと何が起きても対応できるように警戒しながら歩く。
ここ何日も主に裏路地ばっかり歩いていたから大体は把握してある。
この位置だと、相手は袋小路のはずだ。
相手が飛んだりしない限り逃がさない。
むしろ飛んでも撃ち落としてやる。
ジリジリと徐々に距離を詰める。
かなり警戒しながら進んでいたんだけど、気が抜ける程なんの妨害もなく近くまで来れた。
あれ?
あとはこの角を曲がるだけだ。
姿は見せないで様子を伺おうかと思ったけど、そんな事してももうとっくに魔力で探知されてるよね。
普通に角を曲がる。
そこにいたのは紳士的な服を着て、腰に剣を差している男だった。
けど、真っ先に視界に入ったのはそれではなかった。
その男には角と翼があった。
もう一度言う。
角と翼を生やしていた。
それに加えて見える肌には所々黒い鱗が生えている。
流石にひと目で分かる。
こいつ人じゃない。
特徴的には多分龍が一番近いと思う。
けど、どうも龍って感じはしないんだよなー。
ただの人間よりかは龍に近いんだろうけど、かと言ってこいつを龍と呼ぶのは癪に障る。
そんな感じ。
その男が動いたと思ったら、帽子を手に持ちながら頭を下げた。
「お初にお目にかかります、黒龍様」
……は?
なに?
私こんなの知らないけど?
いやお初にって言ってるけど。
だとしても存じ上げない。
なんだこいつ。
てかなんで私が龍だとバレてる?
いつ?
私がこの町に来てから一部分でも龍に変えたのは、初めて部屋を抜け出した時だけだ。
それ以降はキチンと対策を取っておいた。
バレるとしたらその一番最初の時だけど、確かに誰もいないのは確認したはず。
もしかして確認不足か?
「私めは黒龍クロヒメを母に持つ龍人、ケクロプスという者です。此度は貴方様への挨拶に参りました」
龍人。
龍人ね。
なるほど。
違和感の原因はそれだ。
こいつが混じりものだからだ。
だから龍の私は拒否感を覚えた。
例えるなら人間が人面犬とかを不気味に思う感覚に近いと思う。
いきなり都市伝説扱いして悪いけど、本当にそんな感じなんだから仕方ない。
ケクロプスと名乗った龍人は帽子を胸の前で押さえながら話を続ける。
「初めて貴方様を裏路地でお見かけした時に我が母と同じ匂いを感じ、もしやと思ったのです」
なんというか、紳士的な顔で怖いこと言われた。
匂いってなんだ匂いって。
もしかしてあの時の視線の主ってこいつだったのかも。
誰かに見られてる気はしてたんだ。
まさかのストーカー案件か?
「その後しばらく様子を伺ってみたらビンゴでした。翼を広げた時にその吸い込まれるような漆黒の鱗を目にして確信したのです」
ストーカー案件でした。
指鳴らすのウザイからやめろ。
とはいえ、やってる事はストーカーだけど私に悟られることなく追跡してきたのに変わりはないんだよね。
魔力探知と野生的な気配察知ができる私に、だ。
それだけで相当に実力があるのが分かる。
多分一対一だとこの町の人間は誰もかなわない。
龍が混ざってるだけはあるな。
「それに当たり、まずは謝罪を。貴方様を試すような真似をしたことを深くお詫び致します」
頭を深々と下げるケクロプス。
試す?
ラウムの件か?
こいつが関わった事なんてそれくらいしか知らないんだけど。
「人の魔力の奥深くに潜るのは、おいそれとできることではありません。感服致しました。やはり貴方様は強大な力を持つ黒龍で間違いなかったようです」
とか言いつつ、こいつは誰にも気付かれずにそれやったんだけどな。
暗に馬鹿にされてない?
喧嘩売ってんのか?
「そこで、提案です。我々と組みませんか?」
そう言ってケクロプスが手を差し出す。
ほう?
組む?
我々って?
「私が力を貸している魔族は、現帝国皇帝の要請により帝国と親龍王国の戦争において帝国と同盟を結ぶことに同意しました。そこに貴方様にも加わっていただきたいのです」
魔族だの魔王だのがなんだか知らないけど、私に帝国側で参戦しろってことか。
なるほどな。
親龍王国と帝国の戦争で、魔族って奴らの戦力がどれほどの物か知らないけど二つの勢力が手を組んだのだ。
まあ普通に考えて帝国側が勝つだろうね。
「私がこの町にいるのも、親龍王国の防衛ラインの一つであるこの町の戦力を弱体化させる為なのです」
戦力的に有利であろう帝国が、更に先手を打ってきたと。
ラウムの一件はそれを兼ねてるのか。
戦争においては、殺すよりも行動不能にする方が結果的に戦線を離れる兵士の数は多いって聞いた事がある。
今回もラウムを長期的に眠らせる事によって、小隊の副隊長という戦力を削りつつ、それを世話する必要のある人員を割かせて弱体化させるのが目的ってこと。
わお。
王国側だいぶ不利じゃない?
これ帝国容赦する気ないよ。
本気で戦争おっぱじめる気だよ。
てか、それを私に教えていいわけ?
今のところ帝国じゃなくて王国寄りな動きしてる自覚あるよ?
私がナタールにチクったらどうするのさ。
「もしこの事を王国の騎士に伝えるのであればそれでも構いません。私はそれよりも貴方様を引き入れられる可能性の方が価値が高いと考えております」
それ絶対お前個人の意見でしょ。
いいんですか帝国ー!
あなたの所のスパイが大事なことペラペラ喋りましたよー!
私何もしてませんからねー!
こいつが勝手に喋ったんですよー!
さて。
こいつはこう言ってるけど、私は別にどうする気もない。
人間同士の争いとか知らんし。
勝手にやっとけって話。
そりゃあイケおじが参加するなら私もその敵として参加するかもしれないけど、そうじゃないなら別に関係ないしね。
うん。
平和平和。
平和っていいよねー。
だかイケおじてめーは殺す。
そんな訳なので、私は不参加。
「帝国にも王国にも興味ない」
こう言っておけば私が何もしないってことは伝わるでしょ。
私の不参加宣言を受けてケクロプスが難しい顔をしていた。
私が協力するとでも思ってたのかな。
こいつが何考えて誘ったのか知らないけど、私の目的は復讐だ。
そもそも人間の事情に興味がない。
私からすれば、なんで半分とはいえ龍の血を引いてるこいつが人間に積極的に関わるのかがわからん。
ま、お互い立場が違うってことで。
「……そうですか。それならば仕方ありません。貴方様が我々の前に立ち塞がらないのが分かっただけで良しとします」
お、思ったより物分りがいいな。
ゴネられるかと思ったけど。
けど、私ちょっと気になった事があるんだよね。
まあなんというか、ちょっとした興味本位。
「では、私はこれで。貴方様のような龍と言葉を交わせた事、誇りに思います」
私が物騒なことを考えてるなんて微塵も知らないケクロプスが踵を返して私に背を向ける。
無防備だ。
いくら相手の実力が未知数とはいえ、この距離で無警戒なら外すはずがない。
流れるように陣を構築。
そこに魔力を通し、発射。
が、それはケクロプスを貫くことはなかった。
魔法が私の手元で爆発したのだ。
ポン、なんて可愛らしい爆発ではなく、確かな熱と風圧を持った爆発。
咄嗟に体を捻り、体の左側で爆風を受けた。
焼け付くような痛みと鋭い痛みが左半身を襲う。
は!?
なに!?
失敗!?
なんで!?
背を向けていたケクロプスが混乱する私に振り返る。
あまりに白々しい顔。
私が魔法を失敗して傷を負ったのなんて気付いてないみたいな顔だ。
「ああ言い忘れておりました。私の近くで魔法が使えるとは思わないでください」
ケクロプスがそう言ってのける。
こいつが何かをしたのは確定した。
けど、それが分からない。
分からなければ、また私が傷を負う危険がある以上魔法は使えない。
そして、魔法が使えない私はかなり弱い。
今攻撃されたら勝てない。
左半身の傷が警鐘を発するように痛む。
まずい。
どうする?
私の右手は無く、左手は傷だらけで動かない。
骨が折れてるかも。
ともかく治さないことには使えそうにない。
それには回復魔法を使うしかないが、魔法を使えばどうなるか分からない。
「まあ、今はいいです。それではまた近いうちに。失望させないでくださいよ。貴方は私が憧れる純粋な龍なのですから」
私のそんな様子を見て、ケクロプスが半笑いで言った。
腹立つ顔だ。
けど何も出来ない。
身構える私の前で、ケクロプスがペンダントを引っ張った。
それに反応してまばゆい光が裏路地を塗り潰す。
あまりの眩しさに目を閉じる。
再び目を開いた時、ケクロプスは初めからいなかったかのように消えていた。
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