34.青空魔法教室(教師は私)

 知らない天井だ……。

 いや、この装飾過多な天井はナタールの屋敷だな。

 どうやら医務室のベットに寝かされているらしい。

 まあ倒れたら普通はベットinさせられるわ。

 体を倒したまま顔を横に向けると、ラウムが椅子に座って眠っていた。


 椅子に座ってるって事は試みは成功。

 無事眠り姫は目覚めました、ってところだ。


 船を漕ぐラウムをぼーっと眺めてたら、そのラウムが目を覚ました。


「んーっ!」


 そのまま伸びをして目尻に浮いた涙を拭った。

 その目と視線が合う。


「あ、起きた」


 はい起きた。

 え、なにパチクリしてんの?


「起きたー!」


 飛びかかるなー!

 一拍置いてラウムが飛びついてきた。

 重い重いてかお前気安く触れてくれるな!

 ボディタッチの習慣はないんだよ!


「ほんと、私みたいになるかと思ったんだよ!」


 私にくっついてたラウムが私の肩を掴んで顔を合わせる。

 心配そうな顔だ。

 別にそんな顔する事もなかろうに。

 てか揺らすな揺らすな。


「事情聞いたら私は半月も寝てたみたいだし、君は私を治したら倒れたらしいし、もしかして移ったのかもって思ったよ!」


 いや移るって…風邪みたいに言われましても……。

 あれは移るとかそういうのじゃないでしょう。

 わかりやすく言うなら呪いの類いだと思うんだよね。


 あ、それで思い出した。

 ちょっと準備しなきゃいけないかもしれない。


「何日寝てた?」

「2日」

「変わった事は?」

「変わった……君が寝てたくらい」


 2日か……。

 相手方が何が目的で、どう出るかわからないからなんとも言えないけど、その間何も無かったって事はまだ手を出す時では無かったということ?


 だとしても、少し対策しておないとまずいかもしれない。

 わざわざあんな事をできるやつが、なんの意味もなくやることでは無いと思うし。


「おーい? どうしたの? まだ眠い?」


 てかラウムさん邪魔。

 今はちょっと考え事させてくれ。


 と思ってラウムの方を向いたら、ラウムの後ろにあった医務室の扉が開いた。

 入ってきたのはナタールとグラムロックだった。


「医務官から目覚めたとの報告を受けたのでやってきたのですが、思いの外元気そうですね。ラウムのようにならなくて幸いでした」


 いつも通り人当たりが良さそうで胡散臭い笑顔だ。

 邪魔者が増えた。

 別にいる分にはいいんだけど、あんま構わないでほしい。


 ナタールとグラムロックが私が寝てるベット脇まで来た。


「いくつか聞きたい事があるのですが、よろしいですか?」


 一応は伺いの言葉。

 けど拒否は許さない。

 こいつ、丁寧に見せかけて人を操るの好きそう。

 拒否しても帰らなそうなので頷く。


「ありがとうございます。それでは早速。まず初めですが、ラウムには何があったのですか? 貴女が治したように見えましたが」


 まあそれ聞かれるわなあ。

 むしろ聞かなかったら頭疑うレベル。

 さて、まあ教える分には構わないか。

 もし私が目当てだったら勝手にやるし、ナタール達が目当てだったら自衛くらいしてくれないと困る。

 助ける?

 そんなものは無い。


「ラウムの深い所に違う魔力が刺さってた。それが原因」


 私がなんかやった後に目覚めたのならそれしか考えられない。

 抜いてすぐに意識飛んだせいで何もわからなかったけど、多分そういう系の魔法だったんだろう。

 さっき呪いみたいって言ったのはそういう事だ。


「誰のものか分かりますか?」


 首を振る。

 分からん。

 少なくとも私が感じた事のない魔力だった。

 私は何度かこの町全域まで探知を拡げた事がある。

 それでも分からないんだから、恐らく相手は魔力を隠すという事ができるはずだ。

 そもそも、模擬戦の途中で仕込んだとするなら、その時点で私の探知に引っかからない事自体がおかしい。


 何があるにしても、七面倒臭い事になりそうだ。


「正体不明の何者かの仕業であると?」


 頷く。

 まあ、何が目的かわからん以上、そいつに悪意があるのかどうかは分からん。

 もしかしたらおめー働きすぎだから寝ろみたいな優しさかもしれんし。

 だけど、警戒して損は無い。

 そのあたり、ナタールなら上手くやるだろう。

 油断も隙もないのがこの男だ。


「誰がやったんでしょうね?」

「ラウム。それはこの場で議論すべきことでは無い。私の部屋まで戻るぞ」

「はーい」

「グラムロック、お前もだ」

「わかってる」


 どうやらお偉いさん方が集まって会議をする様だ。

 ま、頑張ってくれい。

 私は私で対策練っとくから。


「あ、それと」


 部屋から出ようとドアノブに手をかけたナタールが振り返って言った。


 あの、何?

 なんかすごく嫌な予感しかしないんだけど?


「どこからが貴女の事が漏れたみたいです。私の他にも、貴方を質問攻めにしたい者たちがいるようですよ」


 なん……だと?


 身構える間もなく、ナタールが扉を開け出ていった。

 それに続いてグラムロックが出て、最後にラウムが同情するような目で私を見てから出る。


 え?

 何その目?

 すごく怖い。

 私何されちゃうの?


 なんか足音が聞こえてきた。

 1人2人じゃないな?

 なんかこう、集団だな?

 しかもかなり荒っぽいな?


 それが部屋の前まで差し掛かった途端、扉が跳ねるように開いた。

 その向こうには、鎧を着けた騎士と言うより学者と呼ぶべきに見える人だかり。

 もしかして魔法使いか?


 あ、なんかわかったぞ。

 よし、逃げたい!


「あれはどうやったのですか!?」


 ギャー!




 ─────────────────────





 酷い目にあった……。

 精も根も尽き果てたって感じ。


 そもそもだよ!

 私大人数が嫌いなの!

 4人くらいでキャパオーバーなの!

 なんだあの人数!

 一教室分くらいあったわ!

 ふざけんな!


 さっき来た連中、あれやっぱり全員魔法を使える奴らだった。

 多分あの場にいた回復魔法を使えたってやつから漏れたんでしょう。

 あいつ……顔は覚えたからな……ちゃっかりお前も来やがって……。


 まあそれは置いといてだ。

 私がラウムの魔力に潜り込んだのが大層衝撃だったらしい。

 やり方だとか注意点だとか質問攻めにされた。

 あいつらこっちの都合とかまったく考えてない。

 だって全員が同時に違うこと聞くんだもん。

 舐めとんのか?


 ピーチクパーチクやかましいったらありゃしない。

 めんどくさいから全部勘って答えて追い返した。

 すごい落胆してたけど、知ったこっちゃない。

 けけけ。


 大体、なんで意識飛んだのかもわかってないんだよ。

 や、予想はつくよ?

 あの奥深くまで入った時の感覚。

 ほとんどラウムに取り込まれると言ってもよかった。

 そのことから察するに、恐らく人の魔力の源泉というのはその人の存在を左右するものなんだと思う。

 謎男の言うことを信じるなら、魔力にはその人の経験や考えが溶け込むらしいし、そうなったらそこがその人の本体と言っても過言ではない。

 そりゃあ、人の根幹に潜入したんだから意識も飛ぶわ。

 意識が飛んだのはそれが原因。


 で、原因の一つ究明はこれくらいにして今後の事を決めよう。


 まず魔力隠蔽のコツが掴めたのかだけ答えておこうか。

 結論から言うと無理だった。

 今回探知できなかったのは、単純にあの魔力自体が小さかったのと、ラウムの魔力の奥深くにあるせいで紛れてしまった結果だった。

 もしそうじゃなくて本気で隠されてたら見つけられなかったかも。


 うーん、見当違いかー。

 やった意味ないなー。

 や、ないことも無いか。

 気づけたし。

 全く心の準備が出来てないより準備できる時間ができたのはありがたいな。

 あ、ラウムのお見舞い買ってない。

 まあそれはいいや。


 で、今回の騒動の原因。

 さっきも言ったけど、ラウムの魔力の本流に全くの別の誰かの魔力が刺さってたという事だ。

 どのタイミングで仕掛けられたのか分からないけど、わざわざあんな奥深くに仕込んだということは計画性はあったはず。

 少なくとも行き当たりばったりではない。

 それに加え、誰にも気付かれずにあそこまで潜り込んだのなら賞賛に値する。

 私じゃできないし、相当な手練と見た方がいい。


 ……帰っていいですか?

 そんなの相手したくないよー。

 やだなー。

 怖いなー。

 あ、そうだ。

 そいつになんの目的があるのか知らんけど、ラウムにやったのは明らかに敵対行為だ。

 なら、ナタール殺して貰えばいいんじゃ?

 そうすりゃ屋敷は慌ただしくなるだろうし、そうなればもちろん見張りの人員も普段とは違う動きをせざるを得ない。

 普段していない事をしようとすればそこには隙が生まれる。

 そうすれば楽じゃね?


 なんてね。

 ナタールには多少なりとも世話になったんだし、わざわざ助ける気は無いけど殺しやすいように場を整えてやる気もない。

 自衛できないのは知らん。

 諦めろ。


 うーん、てか犯人は誰かなー。

 怪しさで言ったら医務官が怪しさ満点だけど、わたしが入った時には変な魔力は感じなかった。

 それにこの屋敷に魔力を隠蔽してる奴はいない。

 全員と照合してみても、あの魔力と一致する奴はいなかった。

 この時点で屋敷の奴らは除外。

 加えて、私は何度か町全体まで探知を拡げた事もある。

 その中にも見覚えがない。


 正直言って八方塞がりだ。

 唯一の手掛かりといえば刺さってた魔力くらいだけど、それも今となっては分解されて消えている。

 そういえば前世でつららを使って人を殺した後、そのつららを溶かして証拠隠滅みたいな小説を読んだ事があったっけ。

 証拠が残らないとかこわーって思ったけど、それがこの世界だと割と簡単にできちゃうんだな。


 そうなると、途端に私ができることは少なくなる。

 そもそも私ができることと言えば人並みの事と、魔力に関連する事くらいだ。

 その魔力が潰された時点で私ができることなんかその辺の一般人と変わらない。

 むしろ知り合いがいない分少ない可能性すらある。


 これは私が下手に手を出すよりナタール達に任せた方がいいか。

 けど、私だってのほほんとする訳にもいかない。

 やれる事は限られてるけど、ない訳では無い。

 もしもの時、自衛できるくらいには備えておこう。

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