33.シャレにならないフュージョン

 ラウムが倒れてから半月くらい経った。


 その間も私は休まず毎日できる限りの練習をしていた。

 魔力を抑えたり、探知できる距離を伸ばそうとしたり、魔法の構築速度を上げたり。

 まあ劇的に変わった訳では無いけど、多少は実感できるレベルまでは伸びた。


 その中でも、構築速度はなかなかだと思う。

 ノータイムとは言えないけどそれなりに早くなった。


 あとまあ、魔力放出も一割弱は抑えられるようにはなったんじゃなかろうか。

 そっちはどうにも壁に当たったみたいで、ここ数日の伸びは悪い。

 その辺は鋭意練習中である。

 なんかこう、コツを掴めば一気に伸びそうなんだけど……難しいわ。


 一番悪いのは探知。

 や、別に精度が下がったとかって訳じゃないのよ。

 むしろ初めの伸びは一番良かった。

 距離も伸びたし、よりはっきり感じられるようになった。


 ただね、初めは良かったから、それで調子乗って範囲広げ過ぎたら頭痛で死にそうになった。

 あの頭痛はやばい。

 リオと盆踊りが同時にサンバしてた。

 何言ってんだ私。


 まあとにかく本気でやばかった。

 死を覚悟するレベル。

 そんな訳で全力探知は封印。

 程々の所で性能を切ることになった。

 早々に壁が見えたから残念な結果なのである。



 で、それに加え並行して屋敷の監視も行っていた。

 その甲斐もあって人員のやる気とか時間帯とか、それらを踏まえた上で比較的見張りが薄くなる時間を見つけることが出来た。

 もちろん間違いなくその時に薄くなるとは限らないだろうけど、ある程度の目安にはなる。

 決行はその時を中心に場合を見て、だな。


 あ、あとなんか2日目にナタールが「人攫いが路地裏で伸びている所を確保したのですが、心当たりはありませんか?」って聞いてきた。


 おう。

 あの目は完全に分かった上で面白がって言ってた。

 なんとかシラ切り通したけどさー。

 絶対バレてるわ。

 無理。

 怖い。

 冷や汗だらっだらだったわ。


 ついでに最近裏路地を歩いててもゴロツキを見ることが無くなった。

 なんでじゃろ?

 昼間だろうがポップした初日の根性はどこいったんだ?

 イベント進行でポップテーブル変わったんか?


 まあ私の近況はそんな感じ。

 簡単に纏めるなら、色々あったけど元気にやっています、だ。


 んで、問題はこいつよ。

 ラウムが未だ眠りこけてる。

 2日目3日目辺りまではみんな不思議には思っててもそこまで気にしてなかったんだけど、10日辺りで医療関係者が慌ただしくなり始め、それでそろそろやばくね?異常じゃね?みたいな雰囲気になり、今日になって招集がかかったって訳だ。


 私がこうしてつらつら考え事してる間もナタールとグラムロックに、更に初日の回復魔法を使えるやつと医者を加えた四者が激論を交わしてる。


 ま、例によって私は蚊帳の外ですよ。

 酷い!混ぜろ!ブーブー!

 ってブーイングしてやろうかと思ったけど、そもそもこいつらが何言ってんのか分からない。

 医学も魔法の詳しい所も私には理解不能だ。

 ついでに言えば口に出すのも不可能。

 それで暇な私はラウムを観察中って訳だ。


 ふむ。

 血色は悪くないな。

 なのにすこしやつれてるってのがまた不気味なんだけど。

 なんでやつれてるのかと言えば、起きないしこの世界に点滴なんてない訳で全く食事していないからである。

 けど、私は思うのですよ。


 半月も飲まず食わずでこれって異常じゃね?

 流石に元気過ぎね?って。

 実際ナタール達もそこを言い合ってる。

 医学的に有り得ないだとか、もしや魔法かとか。

 魔法の話が出たあたりでちょっとナタールの視線が鬱陶しかったけど、軽く視線を送ったら慌てて議論に戻った。

 そうそう。

 私は何もしてないしそれでいいのだよ。


 話が逸れた。

 私も実際魔法的な何かなんじゃないかなーって思ってる。

 じゃなきゃ説明出来ない。

 で、こうも思った。

 魔法なら魔力探知できるよな?

 と。


 頑張って聞いてみたところ、あの魔法が使えるやつも探知はしてみたらしい。

 けど何も見つからなかったとか。

 だからあんな風になってるんだけど、まあ知らん。


 で、それらを踏まえて今のラウムの現状を整理しよう。


 ラウムは半月の間何も口にしていないにも関わらず、そこまで影響があるようには見えない。

 そんな事は医学的には有り得ず、魔法でもなければ説明はできないが魔法の反応はない。

 それでみんなして困ってる。


 ふむ。

 魔力を隠すヒントがあるな?


 それが私の結論。

 魔法じゃなければ有り得ないのに、魔法的反応はない。

 つまり魔力の隠蔽だ。

 それなら、上手いこと解明できればどうにか活かせるんじゃないかと思ったのだ。

 それに、解明できればラウムは起きて万々歳。

 私はコツが掴めて万々歳。

 win-winってやつだ。

 やらない理由はあるまい。


 ラウムの額に手を置き、目をつぶって集中する。


「何をする気ですか?」


 気づいたナタールが声をかけてきた。

 うるさい。

 集中させろ。

 手はラウムに当てて使えないのでシーと息を吐いて黙らせる。


 既に探知をして調べたにも関わらずラウムが眠りこけてる。

 この魔法使いがどこまでやったかは知らんけど、考えられるとしたら恐らくラウムの中に何かあるということ。

 私は直接それを探る。

 ここ数日欠かさず体の中にある魔力を探ってきたのだ。

 できない道理がない。


 探知、開始。

 その瞬間、凄まじい抵抗があった。


 うおっ!?

 これが心の壁ってやつか!

 自分に対して探知した時とは違い、ラウムの魔力は必死に壁を作って私という異物を閉め出そうととしている。


 その抵抗は強力だ。

 強力だが、結局はその壁も魔力である事に変わりはない。

 それなら私に分がある。

 ここ半月毎日のように魔力を弄り続けた私を舐めるなよ!


 少しづつ壁を切り崩し、あっちがダメならこっちを削るみたいに壁にアタックし続ける。

 壁の抵抗が弱くなった。

 行ける。

 細く、細く、だが鋭く。

 先っぽだけ!先っぽだけだから!

 壁の特に脆くなった所を一突き!


 私の魔力の先端が遂にラウムの壁を突き崩し、その内側に潜入した。

 よーし、一段落。

 既に大分疲れた。

 だけど破って終わりじゃない。

 その先を調べないと意味が無い。


 さ、やりますかー。

 ラウムの魔力の中を、傷つけないように少しづつ探っていく。

 うえ、酔いそう。

 けど適当にはできない。

 正直、今だって勘でやってるようなものなんだけど。

 ただ、魔力ってのはよく分からんものだ。

 魔法なんてものを使うのに必要なんだから、多分エネルギー的な何かだと思うんだけど、だとしたら私はこれだけのエネルギーの海を泳いでる事になる。

 適当になんかやってられるかって話。


 慎重にラウムの魔力の中に他と違う場所がないか探していく。

 何も無い。

 ラウムの魔力しかない。

 だけどまだ先がある。

 より深くへと探知を進める。


 ん?

 なんだこれ?

 それがある所を境に感覚が変わった。

 言うなれば、プールで泳いでたら急に冷たい所に入り込んでしまった感覚。


 あ、これやばい。

 なんだか知らんけど入っちゃいけない所まで踏み込んだ気がする。

 え、ちょ、やばいやばいやばいなんか引っ張りこまれてる!


 まずい、本気でまずい。

 引きずり込まれたらどうなる?

 同化?

 潰される?

 それとも潰し返す?


 何もわからない。

 なにせ人の魔力にダイブとか初の経験だ。

 ただ、一番奥まで行ったら引き返せないという事だけは何となくわかった。


 どんな事になったのかも分からなくなってきた。

 どこを見ても感じてもラウムしかない。

 いるんじゃない。

 そこにラウムという存在が

 右も!

 左も!

 上も!

 下も!


 引きずり込む速度は段々と上がっているようだった。

 遂に五感すらラウムで埋め尽くされ始めた。

 ラウムが見える。

 ラウムが聞こえる

 ラウムの匂いがする。

 ラウムの味がする。

 ラウムの感触がする。

 全てがラウムであり、私であり、その中で段々と私が塗り潰されていく。



 まずまずまず!?

 ちょ、逃げないとまずい!


 そうは思うけど、まだ原因を見つけてないという意識がほんの一瞬だけ撤退を鈍らせた。


 結果、その一瞬が幸いした。

 ラウムの中に違う何かが見えたのだ。

 あれだ!

 明らかに異常!


 急いでその何かを引っ掴み、全力で退避。

 浅いところに浮かぶにつれ段々と私の私としての感覚が戻り、意識と体の境目がはっきりとしていく。


 あと少し。

 初めとは打って変わり、足を掴んで引きずり込もうとするラウムの魔力を蹴って浮かび上がる。

 やめろこの!

 受け入れたら離さないってお前はヤンデレか!

 もっとツンケンしとけよ!


 文句を言いながら全力で表面を目指していたら、ついにラウムの意識を抜けた。

 ラウムの中の感覚から急に体の感覚が戻り、反動で足の力が抜ける。


「大丈夫ですか!?」


 ナタールの声が聞こえた。

 それとは別に、無駄にガタイのいい誰かに受け止められる。

 けど、それを押し退けるだけの力が入らない。

 あ、なんか意識が遠のいてく。


「……二度とやらない」


 そして視界が暗転した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る