31.夜を駆ける影

 あーだこーだ試行錯誤しながら数時間。

 初めと比べれば何となく気持ち減ったかなーってくらいに魔力を抑えるのができるようになった。

 前に練習した時は全く変わらなかったのに、今回はちょっと上達したのだ。


 これも魔力を吸収したのが関係してるのかな。

 お母さんが魔力の隠蔽ができて、私がお母さんの魔力を吸収したからその経験の一部が生きてるみたいな。

 お母さん、私を見守ってくれてるんだね……!


 冗談は置いといて、私はその線だと思ってる。

 言語能力みたいに丸々移ってこなかった理由は謎だけど、それは難易度とかが関係してるのかもしれない。

 複雑なほど伝達しづらいとかね。


 ま、多少変わったとはいえまだまだ誤差レベルだ。

 こんなんじゃ余裕で発見される。

 けど積み重ねは大事。

 少しでも減るならコツコツやってけばいつか完全に抑えられるでしょう。


 とは言っても、今日はもういいかな。

 暗くなってきたし、いい加減座りっぱなしで体中痛くなってきた。

 ぐぐーっと背伸びをしたら関節という関節がバキバキ鳴った。

 あーこのなんとも言えないスッキリ感。

 仕事したーって感じがする。

 まあベンチに座ってただけだけど!

 こういうのは気分よ気分。


 あっちこっち鳴らしながら町を見下ろしてみれば、煙突からはチラホラ白い煙が立ち上り始めていた。

 あーそろそろ夕飯時かー。

 お腹空いたし帰りますか。


 そういえば一人部屋だし、部屋でも怪しまれずに練習できるな。

 流石に魔法を使ったら私の魔力が濃くなるし、探知されて小言も言われるだろうけど、これは逆に抑えてるんだからなんの問題もないだろう。

 部屋で魔法が使えないってなると特にやる事も無いから丁度いいな。

 明日からは部屋に籠るか。

 そんでラウムが起きたって知らせを受けたら、途中でお見舞いを買って向かえばいい。




 ──────────────────




 たっだいまー、と同時にベッドダイブ。

 ふいー疲れたー。

 あ、建物に入ったらいい匂いがしてきたから、部屋に戻る前に先に夕飯を食べてきた。

 後はゴロゴロするだけー。


 なんか修学旅行思い出すなー。

 あの時もこんな感じで一人部屋でゴロゴロしてた気がする。

 そう、修学旅行中、私は一人だった。

 ホテルでも、自由行動中でも……あ、あれ?

 おかしいな、視界がぼやけてきたぞ?


 まあいいや。

 さて、それじゃ早速魔力を抑える練習を……しない!

 実は今日は他にやる事があるのだよ。


 窓から外を覗けば外はもうすっかり日も落ち、街灯なんて無い町中は辛うじて月の光が照らしているくらいだ。

 普通の人なら10メートルも離れれば薄ぼんやりとしか見えないだろう。


 けど、そのあたり人の姿とは言え龍である私ならしっかりと見える。

 流石に昼間のようにとはいかないけど、それでも多少不便を感じる程度。

 これくらいならどうってことないのだ。


 さて、そんなわけで蝋燭を吹き消して早めに寝たかのように演出する。

 まさか女一人の部屋に無断で立ち入る変態がいるとは思えないし、特に偽装工作をする必要はない。

 はずなんだけど、布団の中に枕か何かを入れたくなるのは何故でしょうね。

 不思議ですね。


 摩訶不思議な誘惑をなんとか断ち切り、窓を開けてぬるりと部屋を抜け出した。

 部屋は2階だけどそんなの関係ない。

 なるべく音を立てないように注意して着地する。


 こうしてみると夜と言っても完全に静まり返る訳ではないんだな。

 まだ日が落ちてそんなに経ってないせいか、遠くにがやがやとした喧騒が聞こえる。


 もし騎士の誰かが町に繰り出してたら面倒だな……なるべく魔力を感じないところを選ぼう。

 隠してるやつがいたら知らん。

 そん時はそん時だ。

 じゃ、行こう。

 昼間とは違う、夜特有の町の空気の中を歩き出す。


 わざわざ部屋を抜け出した目的はナタールの屋敷の偵察だ。

 どこに、どのくらい見張りがいるのか。

 真正面からぶつかっても余裕で勝てるだろうけど、私がやりたいのはそういう事じゃないし、少しでも成功の可能性を上げるためにやっといて損は無い。

 それに最悪魔力の隠蔽ができなかったとしても、どこかに見張りの綻びを見つけられたら魔法無しでも潜入出来るかもしれないし。


 まあそもそも隠蔽できなかったら私本体の魔力ダダ漏れなんですけどね!

 そこはもう信じるしかない。

 頼む!

 常時魔力警戒とかトチ狂ったことしないでくれ……!

 うん。

 最後の最後に運任せな所が最高に私らしいな。


 さて、そんなこんなで繁華街が近づいてきた訳ですが。

 なんかがやがやしてるなーと思ったら、終日営業っぽい酒場が開いてた。

 あー、そういう事かー。

 そりゃあ一日の終わりだもんなー。

 飲みたくもなるんだろうなー。

 私未成年だったから飲んだことないけど。

 ストップ未成年飲酒。


 そろそろ裏路地に曲がろうか。

 割と暗いけど、見えない程じゃない。

 けど念の為大通りから1本の所を歩いた方が良さそう。

 昼間歩いた感じ結構複雑だったし、迷わないとも限らないしね。


 魔力探知も道を探ったりはできないからなー。

 人のいる場所はわかるけど、行き止まりとかまで表示されるような便利機能は付いていないのだ。

 てか普通に考えて壁が魔力発してる訳じゃないし無理だな。

 逆に壁が魔力発してるとかなら分かりそうけど。


 そういえば、最近は大体いつもラウムが近くにいるなりして魔法の練習できてなかったな。

 情報を集めるのもいいけど、魔法の練習もサボるわけにはいかない。

 早速空間魔法であっちこっち指定する。

 完全に不審人物だけど、見られなければ問題ない。

 バレなきゃ犯罪じゃねーんですよ!


 このなー。

 陣に魔力流すのはできるんだけどなー。

 陣無しで魔力に干渉しようとするとどうにも上手くいかないんだよなー。


 陣にもなんか意味があるのかな?

 いや魔法ごとに違うんだから意味はあるんだろうけどさ。

 理解してるとは言い難い。

 なんというか、それぞれ魔法を発動させる時に必要な陣がぱっと頭に浮かぶ感じ。

 空間魔法は私が直接見て真似したやつだけど、これも説明とかされないで見よう見まねで形再現しただけだしな。

 それで発動しちゃうってどうなのよ。


 ……ん?

 誰?


 視線を感じてバッと振り返った。

 誰も見えない。

 けど曲がり角はある。

 角まで走って戻ってその先を確認する。

 一本道だ。

 私が振り返ってから今までの時間で走り抜けられる距離ではない。

 いや、わからん。

 ラウム並のトップスピードがあればできそうではある。

 けど探知にはそんな速度で動くのは引っかからないし、見えない所で止まったにしろ近くに不審な魔力源はない。


 気の所為……かな?

 確かに見られてる気がしたんだけどなー。

 謎男か?

 や、あいつならわざわざ隠れる必要無いな。

 多分普通に顔出すと思う。


 んー、まあ誰もいないし、気の所為か。

 そっかー。

 勘違いかー。

 ちょっとショック。

 しばらく人間でいたせいか野生の勘が鈍ってるのかも。

 仕方ないことではあるんだけど、ショックな事に変わりはない。

 早めに龍に戻らないと、戻った時に苦労しそうだな。


 まあいい。

 今は観察が優先だ。

 また元々の道を歩く。


 そういえば空間魔法って謎男が教えてくれたんだよね。

 今の今まで空間指定みたいななにかしてないんだけど、これほんとに転移とかできるようになるのか?

 その気配が全くないんだが?


 精度とか速さとかは最初よりも良くなったとは思うけど、だからといってねえ。

 発展させる方法も分からんしなあ。


 む、次の十字路にいくつか魔力反応。

 さっきのやつか?

 と思ったら、なんかたむろしてるゴロツキっぽい奴らだった。

 仲間内で談笑していたのが、私を見るなり顔を見合わせてニヤァって感じで笑う。


 あー、はいはい。

 そういうのいいんで。

 昼間と同じように闇魔法で全員気絶。

 財布は、まあこいつらは何もしてないし放置でいいや。


 しっかしこのエンカウント率なんなんだろうな。

 や、私がそういう場所歩いてるのもあるんだろうけどさ。

 騎士の支部ががあるのにまあゴロゴロといるもんだ。


 まあ、あれも傭兵ってやつなんでしょう。

 イメージだけど、ああいう社会のはみ出し者がなれるのは傭兵くらいしかないんだと思う。

 危険と言えば危険だけど、腕さえ立つんなら仕事は山ほどあるだろうし。


 っと、そろそろか。

 あんまり屋敷には近づき過ぎない。

 私の魔力が探知されて問い詰められようものなら面倒だ。

 だから逆に私が探知できるギリギリの所で待機するってわけ。


 ま、当然と言えば当然だけど、私も範囲ギリギリだとかなーり精度が落ちる。

 けどついでにそれも練習してしまえばいい。

 その手の技術は積極的に伸ばすべきだと思う。


 とはいえそれで偵察が碌に出来ないようだったら意味無いし、そこは上手く調整するけどね。

 何となく場所と数は分かるけど、集中しないといけないような距離。

 もう少し近くかな。


 うん、この辺りだ。

 さて、どんな様子かなー。


 ふんふん。

 なるほどね。

 ……舐めてたかもしれない。

 まあいるわいるわ人間の魔力が沢山あった。

 一人いれば百人いると思えレベルでいる。


 人がいっぱい集まってるのは屋敷の中かな。

 そこから少し離れてまばらなのが見張りか。

 こっちが本命だな。


 てかなんでそんな常時警戒してるのよー。

 被害妄想ですか?

 夜通し警備がされてるとなると、やっぱりここには何かしらの守るべきものがあるってことか。

 それが龍の居場所かはわからんけど、見つければ取引の材料にはなる。


 引き続き観察続行。

 並行して練習できそうなものはついでに練習しておこうかな。




 ──────────────────




 空を見上げると、東の空がほんのり白んできた気がする。

 そろそろ戻らんとまずいな。


 そう判断して偵察を切り上げて踵を返す。

 いっそげ、いっそげ。

 明るくなる前に部屋に戻っておかないと、起きてきた騎士に見つかる可能性がある。

 わざわざバレないように部屋を抜け出したんだし、あとやってる事がやってる事だし説明のしようがないのだ。


 行きは歩いた道を走って帰る。

 行きは良い良い帰りは怖いってか。

 むしろ行きの方がゴロツキに絡まれたんですがそれは。


 ふあ〜ねむ。

 宿舎の窓の外に来た時には太陽が半分くらい見え始めてる時だった。

 ふむ。

 私の部屋って2階だな。

 そこに窓から戻らなければならない。

 当然だけど都合よくハシゴだのなんだの転がってる訳もなし。

 なるほどなるほど。

 まああれだな、飛べば余裕だな。

 飛べば。


 飛べるか!

 今の私は人間だ!

 人間に翼なんかねーよ!

 そりゃ部分的には生やせるけど、誰かに見られでもしたら一発でバレるわ!


 っべー。

 何も考えてなかった。

 魔法でどうにかしようにもどうにもならんしなー。


 詰んだ。

 やっぱり飛ぶしかないか?

 見られたら一発アウトだけど、逆に言えば見られなければいい。

 騎士達はまだ起きてないみたいだし、辺りにも起きてる反応は無い。


 はあ。

 やるしかないな。

 っと、その前に服は脱ごう。

 背中の所に穴が空いたら流石に言い訳できない。


 手早く服とローブを脱いで右の脇に挟み、翼を生やす。

 初めてやるけど、多分飛べる。

 滞空する必要もなければ何十メートルも高い所を飛ぶ訳じゃない。

 たかだか3、4メートル、ジャンプを補助するだけだし十分だ。


 膝を曲げ、勢いを付けて地面を蹴る。

 1、2回羽ばたくだけで窓枠に手が届いた。

 流石に左手だけだとちょっとキツいから、翼腕も使って窓から滑り込む。

 着地してすぐ外を確認。


 誰もいない……よね?

 誰もいなさそうだ。

 よしよし、バレなきゃいいいんだバレなきゃ。


 はーねむ。

 徹夜なんかイケおじの町を襲撃した時以来だわ。

 前世じゃ翌日が休みなら徹ゲーがデフォだったけど、今世はそんなにしてないんだよね。

 徹夜してまでやる事がないってのもあるし、あと凄い眠くなる。


 そんなのを押して徹夜した訳だから、そりゃもう今は眠気がMAXよ。

 よし、寝る。

 晩飯までは起こさないでくれ。


 そんじゃおやすみ〜。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る