27.生きてるだけマシ

 そして医務室。

 私たちより先に運ばれていたラウムは既にベッドの上で眠っていた。

 あの動揺っぷりを見た後だと変な夢を見ないかと思ったけどそうでもないらしい。

 寝顔は穏やかだ。


「今は少しばかりの眠り薬で眠らせています。眠れば多少は安らぐでしょうから」


 とはここの男性医の弁。

 寝ると記憶が整理されるって言うしそれを狙っての事かな。

 ちなみに流石に血塗れはやばいらしく着替えさせられてるんだけど、ここ男しかいないんだよね。

 何がとは言わんけど少しラウムに同情。


「ラウム副隊長に何があったのですか? 外傷はないようでしたが」


 その質問にはナタールが答えるようだ。

 ま、全部知ってるし私が聞く必要はないな。

 それよりもラウムの方が気になる。


 ベッドの上で穏やかに寝息を立てているラウムの顔を覗く。

 回復魔法の効きは完璧。

 傷一つ残ってない。

 夢にうなされてるようでもないし、変な汗をかいてる訳でもない。

 至って普通に寝てる感じ。

 額に手を当ててみたけどこれも平熱だ。

 なんの知識もない私からすればただ寝てるのと同然。

 あ、でもラウムにしては寝相が良い。

 掛け布団蹴っ飛ばしてないし。

 気をつけの姿勢で寝てる。

 ま、異常無しならそれに越したことはないけどさー。


 ……一応回復魔法かけとくか。

 かっ、勘違いしないでよね!

 別にラウムが心配な訳じゃないんだから!

 私の魔法の直後だったからちょっと罪悪感があるだけなんだからね!


「グラムロックはここにいろ。一番付き合いが長いのがお前だ」

「わかってる」


 とかツンデレーションを発揮してるあいだに諸々の話し合いは終わったようだ。

 どうやらラウムが起きるの待ち、その間はグラムロックを残して私とナタールはひとまず解散ってことらしい。

 部屋を出るナタールの後に私も部屋を出る。


 大丈夫かなー。

 まあ大丈夫かー。

 あれは多分トラウマ的な何かだ。

 過去に奴隷がどうたらとか言ってたし、その時の記憶がフラッシュバックしたんだと思う。

 それなら死んだりはしないだろうし、突き詰めて最悪自殺しようとしても誰かが近くにいれば止められる。

 グラムロックがいるなら間違いないだろうし。


 にしても、トラウマか。

 当人はほとんど覚えてないとは言ってたけど、今回のショックで思い出したのかもしれない。

 前世の奴隷船とか窓も無い狭い場所にぎゅうぎゅう詰めにされてたらしいし、ラウムもそんな経験があったのかもね。

 そりゃあ狭くて光なんて欠片もない闇魔法に捕まったらそうなっても無理ないのかもなあ。

 てか誰だよそんな事したやつ。


 ……私です。

 どう見ても私です本当にありがとうございました。

 てか知らなかったとはいえトラウマ持ちのトラウマ刺激して勝負に勝つとか、私相当なゲスじゃん。

 復讐には堕ちても、外道には落ちない。

 それが私のポリシー。

 今考えたけど。

 ポリシー違反ですわ。

 起きたらなんか見舞いに持って行こう。

 何もしないんじゃ流石に気分が悪い。


「ラウムに何かしましたか?」


 と思ってたら急に振り返ったナタールに問われた。

 何かしたか、ね。

 したと言えばした。

 囲ったし。

 戦ってたし。

 だけど何かしたと言うよりかは事故に近い気がする。

 そう思ったけど、言うより先にナタールが続けた。


「彼女の心の傷を抉るような魔法は使いましたか? 恐怖を与える魔法を使いましたか?」


 そう聞くナタールの口調は私を責めるようだ。

 なに?

 私が意図的にやったって言いたいの?


「闇魔法は精神に働きかけます。あの状況なら恐怖心を煽る程度造作もないのでは?」


 へえ。

 私を疑うか。

 ちょっと頭に来るな、その言い方。


「やってない。やり方も知らない」


 目に怒りを込めて睨みつける。

 その視線を受けてナタールが少したじろいだ。


 やる訳ないだろうがそんなこと。

 私は基本的に目には目を、歯には歯をの精神でやっている。

 やられたならやり返すし、内容によっては何倍にもして返す。

 簡単に言えばお前もやったんだから文句ないよな?って事だ。

 復讐はそこに少しばかりの恨みを乗せる。

 それが私のやり方。

 だからこそ、好意には悪意で返さない。

 好意に悪意で返すのは外道だ。

 龍としての誇りも、知性ある生物としての矜恃も踏み躙る外道。

 それは私の望む所ではない。


 そしてラウムは私に悪意を向けなかった。

 記憶喪失という事にしてる私を気遣うような事ばかりだ。

 実際にはそれは見当違いなんだけど、それでも好意を向けていたのは確か。

 だとするなら私が悪意を向けて何かをすることは無い。


 だから、その疑いは非常に不愉快だ。

 ともすればこの場で八つ裂きにしてやりたい程には。


 私の怒りが伝わってナタールは冷や汗をダラダラと流している。

 よく倒れないな、こいつ。


「……失礼しました。私も動揺していたようです」


 ふん。

 謝るなら許してやる。

 声も強ばってるし。

 割と隠さずに怒り向けたからな。

 人間じゃそうなるでしょうよ。


「何分、彼女は過去が過去ですので知らず知らずの内に焦っていたようです。深くお詫び申し上げます」


 そこまで言うなら収めてやろう。

 こいつはこいつでラウムが心配なだけなんだろう。

 間接的とはいえ原因は私にあるんだから疑うのは仕方がないのかもしれない。

 それがちょっと早まってたってだけだね。


「ともあれ、彼女が起きるまで私達にできることはありません。今はグラムロックに任せましょう」


 せやな。

 私ら専門外やしな。

 うし、帰ろう。


「ラウムが目覚めたら貴女の部屋に知らせるよう手配しておきます。できれば部屋に留まっていていただけたら有難いのですが」

「保証はできない」


 見舞い買いに行ったりするし。

 って思ったけど、私金無いな?

 やべー。

 なんも思いつかねー。


「そうですか……それなら宿舎の誰かに伝えておきましょう。伝わり次第、なるべく早くここの医務室に来るようにしてください」


 了解の意味を込めて頷く。


「それでは」


 頭を下げてナタールが執務室の方へと戻っていった。

 さーて、私もなんか見舞い品考えないとなー。

 お花でも摘んでやろうか?

 ぶっちゃけ一文無しの私ができるお見舞いってそれしか無いように思う。

 それにしたってその辺に生えてるようなのしか摘めないんだし、どうしても貧相にならざるを得ない。

 さて、どうしよう。


 ん?

 結局なんの為に戦ったんだ?

 ラウムがあんな感じになってうやむやになったけど、私何の説明も受けてないな?

 あれ?

 おっかしいなー。

 このままだとただラウムがトラウマ抉られただけで終わるなー。


 んー。

 時間できたらナタールかグラムロックか知らんけどどっちかに聞いてみるか。

 できそうだったらラウムでもいいけど。

 むしろその方が聞きやすいけど。


 ま、それは一旦置いておこう。

 今は見舞い品を考えなければ。

 とりあえずまだ日も高いし、市場的な場所を探してみるか。

 いいのあればいいなー。

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