26.正しい魔法の使い方

 そんな訳でやってまいりました、訓練場。

 別に観覧席があるとか言うのではなく、普通の運動場みたいな雰囲気だ。

 丁度いい距離の所にグラムロックとナタールが椅子を置いて座ってる。


 どうしてこうなった。

 いや、私も了承したのだ。

 文句は言うまい。

 人間の体での戦い方を学べると考えればいい。

 しかも相手は人間の中でもそれなりに強い部類であろうラウム。


 で、そのラウムさんですが…やーけにやる気満々なんだよなー。

 目ギラついてるもんなー。

 怖いなー。

 見たところ武器は短剣?

 細くて短めの、取り扱い易そうなサイズだ。

 それを右手に逆手持ちで持ってる。

 後ろの腰にももう一本差してるし、二刀流にも警戒した方がいいかな。

 今は構えもせずぶら下げてるだけだけど、鈍く光を反射している。


 ん?

 木剣?

 そんなもんなかった。

 私も最初はそう思ってたんだけどさー。

 なんか回復魔法使えるやつ呼ぶから大丈夫だよね!みたいなノリで真剣使うことになった。

 いいのか?

 流石に首とか切られたら無事に済む自信ないが?


「では、そろそろいいですかな?」


 椅子から立ち上がったナタールが声をかける。


「おっけー」


 軽いラウムが返答し、それに私も頷く。


「始め」


 戦闘の開始とは思えない穏やかな声掛けで模擬戦が始まった。

 ラウムの様子から突っ込んでくるのかと思い魔法を用意したが、その様子はない。

 あれ?


「先手どーぞ。一応私も騎士だからねー。それくらいの配慮はするよ」


 との事。

 ほう。

 そうかい。

 この後気持ちよくお茶菓子を食べる為にも割と思いっきり行くが、構わんね?

 と思ったけど、それやるとラウム串刺しになりそうだから止めた。

 じゃ、まず小手調べにかるーく風魔法でも撃つか。

 なんか前にチンピラ風龍を食べた時に使えるようになってたらしい奴だ。


 構築、発射。

 軽目に撃った風の刃がラウムに迫るが、それをラウムが軽く回避してみせた。

 まあ、あの程度じゃなー。


「じゃ、次はこっちの番」


 よし、さあ来い!

 と身構えた次の瞬間、ほぼノーモーションでラウムが投げた短剣が襲いかかってくる。

 見切った!

 見えてるなら問題ない!

 首を傾けて回避!

 問題は容赦なく顔狙ってきた事だな!

 ラウム怖い!


 と一瞬取られた気をラウムに向け直すと、そこにはなんか笑い方が怖いラウムの顔が!


 やば!

 ちょ、危ねぇ!

 ギリギリの所で回避するも、頬を薄く切られる。

 ひぇぇ人間の皮膚脆いよう。

 龍だったら鱗で弾けてたよう。

 避けられた勢いのままラウムは私の後ろへと流れ、投擲した短剣を拾う。


「ありゃ、顔傷つけちゃったか。ごめんね?」


 私もうお嫁に行けない……しくしく。


「じゃ、次行くよー」


 内心ふざけてたらどこから取り出したのかラウムが流れるようにナイフを何本も投げてくる。

 ちょ、避けるのはできるけど、如何せん鬱陶しい。

 大きく体勢が崩れそうなのは闇魔法で防ぎ、他は最小限の動きで避ける。


 ま、人の姿とはいえ感覚器官は龍の時とそんなに変わらんからね。

 目も耳も鼻もいい。

 当然、ナイフも見えてる。

 見えてるなら避けるくらい造作もない。


 そして、ナイフの雨が止んだ。

 それと同時にラウムが急激に踏み込んできた。

 てか速いな!

 それ人間の出せるスピードじゃないぞ!

 だけど距離があった分少しくらいは対応できる。

 真っ直ぐ突っ込んで、間合いに入ると振り下ろされた手首に手を当てて逸らす。

 本気で集中すれば今の私でもこれくらいはできるんだぜ!


 実際、いつか戦うイケおじ戦で近距離のやり合いで着いていけないと話にならない。

 今のうちに練習しておいた方がいいのだ。

 で、なんかラウムさんニッ、って感じで笑うんですが。

 逸らされた勢いを殺さず、左手で腰から抜いた短剣が下から迫る。


 私片腕ないんでパス!

 そこに合わせるように風魔法を構築、爆発。

 それに吹っ飛ばされたラウムが地面でバウンドしながら跳び起きる。

 いてて……爆発だけあって私にもそれなりに被害はある。

 だけどその方向はある程度絞れるのだ。

 ラウムの方が被害がデカい。


 さ、今度は私のターンだ。

 火魔法は燃えるから使えない。

 黒魔法も普通に貫通するからダメ。

 やっぱり風魔法がいいか。


 そう判断して連続で風魔法を構築。

 溢れ出した魔力が風となって私の髪をはためかせる。

 どうでもいいけど、戦うとき髪邪魔だな。

 今度から纏めよう。


 構え直したラウムに一発目の風魔法を発射。

 ラウムが危なげなく避けるが、それで終わりじゃない。

 暴風のマシンガンだ。

 避ければその先へ、さらにその先へ。

 一つ一つ確実に退路を潰すように魔法を発射する。

 竜巻とか作れれば便利そうなんだけどな。

 ま、今はある物でやろう。

 さて、段々ラウムも余裕が無くなってきたようだ。

 初めは避けていた風が少しづつ皮膚を撫で切り始める。

 さあさあこれは私の勝ちかな?

 そのままだと誰か知らんけど判定してるだろう誰かが止めるまで終わらんよー。


 あぶっ!?

 とか余裕ぶっこいてたら、目の前を短剣が通り過ぎていった。

 あ、魔法途切れた。


「そう簡単に終わらないって」


 と思った瞬間、すぐ近くでラウムの声。

 や、ば、い!

 闇魔法で防壁展開!

 これが私のA.〇.フィールドじゃ!

 私の心の壁舐めんな!

 心の壁に弾かれた短剣がガキィンと硬質な音を響かせる。


「ありゃりゃ。惜っしい〜」


 惜しいってなんですかねえ!

 あんた殺りにきてるでしょ!

 壁が消えるとその向こうには見えてる肌中から血を流しているラウムがいた。

 けどそこまで深くなさそうだね。

 血もそれ程でもない。


 けど、今ので一つ閃いちゃったなー。

 ラウムの短剣じゃ私の闇魔法は破れない。

 殺すのかダメなら、要は反撃できなくすればいい。

 ボコボコにするのもいいけど、それはそれで流石に気が引ける。

 ならどうするか?

 答えは出た。


 さっき投げたからラウムの短剣は一本。

 ナイフは何本あるかわからない。

 サイズ的に私の魔法を弾くのはナイフじゃ無理でしょ。

 となれば使えるのは短剣一本だけだ。

 それを上回る処理スピードで魔法を発射する。


「じゃ、再開ね」


 そう言って加速しようとするラウムに少し強めに闇魔法を撃つ。

 それをラウムは横に跳んで避ける。

 そりゃそうだ。

 これは避けるしかない。

 風魔法のように肌を切られる程度じゃ済まないんだから。

 だけど、そうなればあとは私のパターンまで持ってける。

 ラウムには避けるか弾くしか残されていないのだ。

 さっき風魔法を破った肉を切らせてみたいな事はできない。

 避けながら距離を詰めようとするけど、そこには間髪入れず闇魔法が飛んでくる


 狙ってやってる?

 まさか。

 そんなことできるわけねぇです。

 避けるのが難しい程の魔法の弾幕を張っているだけ。

 ゴリ押せばそれくらいならできる。

 そして、そうなればラウムは防戦一方。

 余程の事が無ければ私の負けはない。


 実際ラウムはやりづらそうだ。

 そしてその中にわざと逃げ道を作ってやれば?

 追い込まれるだけの弾幕の中に薄い場所があればそこに避ける。

 理性的な判断ではなく、直感で。

 スポーツ選手とかもそうだろうけど、極めた人程直感はよりよい道を選ぶんだと思う。

 直感ならある程度読める。

 それなら、そこに罠を張っておけばいい。


 この場合の罠とは、文字通りの罠。

 予め空間魔法で範囲を指定しておく。

 こうすればそこを起点として弾幕を組み立てられる。

 つまり空間魔法は目印だ。

 そしてそこにラウムが足を踏み入れた瞬間、闇魔法を変化。

 ラウムの足元から、空間魔法で指定された立方体を沿うように闇が湧き上がる。

 これで完成。

 闇魔法の箱だ。

 もちろん闇魔法なので触れれば傷つく。

 地面はそのままにしてあるから大丈夫だけどね。

 ラウムじゃ闇魔法は破れないみたいだし、これで終わりかな。


「そこまで」


 その結果を受けて、ナタールが模擬戦の終わりを告げた。

 ふいー、疲れたー。

 かつてないほど頭使ったわ。

 ゴリ押しtheゴリ押しだったけど、勝ったもんは勝った。

 文句は言わせん。

 いや頭使うゴリ押しってなんだよって話だけど。


 しかし、あれだな。

 ラウムとイケおじじゃ明らかにイケおじのほうが強いけど、人間の姿でもラウムに勝てるんだな。

 龍玉食べたおかげかなー。

 成長はしてるみたいだ。


「お疲れ様でした。常軌を逸した魔法の構築速度、同時構築数。お見事の一言に尽きます」


 あ、そういえば割と本気でやっちゃった。

 あー!?

 これやばいんじゃない!?

 怪しまれたら一発アウトなんだが!?


「そろそろラウムを出してやってはくれませんか? 闇魔法で囲われては中は真っ暗でしょうから」


 ガッデム!

 とかはあとでにしよう。

 ナタールが言う通りそろそろラウムが可哀想だし。

 闇魔法を解除。

 今度は上から地面に溶けるように闇が消える。

 で、中のラウムだけど……あれ。


「ラウム?」


 地面に倒れ込み、まるで自分を守るように小さく丸まっている。

 これは…震えてる?


「いや…ダメ……痛いのはやだ……」

「グレース! 医務室に運べ!」


 グレースと呼ばれた回復魔法担当がラウムを担ぐ。

 え?

 なに、え?

 とにかく、今のラウムを担いでいるのは本来なら回復魔法をかけるはずの男。

 しかし今はそんな余裕は無さそうだ。


「待って!」


 慌てて走り出そうとするのを止め、回復魔法をかける。

 表面の傷はすぐ治る。

 けど、これはちょっとそういうのじゃなさそう。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 何に謝っているのか、啜り泣く様な声だ。


「助かる」


 そう言い残して男はラウムを担いで走っていった。

 あとに残されたのは、呆然とする私、グラムロック、ナタールの3人。


「ひとまず、私達も行きましょう」


 ナタールの声がけに無言で頷く。

 これはお茶菓子だのなんだのとは言っていられなくなったな。

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