22.やっぱりこわい

「はーいここ、新品の服を売ってる割には値段も手頃な服飾店」


 ほぼ拉致られるような形で連れてこられたのは、表に編み棒と毛糸玉が描かれた看板を下げた店。

 なるほど、たしかに服を売ってるんだってわかりやすい看板だ。

 ただね、ちょっとこれはどうなのって思わないでもない。

 調和の取れてなさって点で言えばさっきの屋敷も相当な物だったけど、それもこの店と比べたら流石に見劣りする。


 何故かと言えばこの服屋、パステルカラーである。

 もう一度言う。

 ピンクと水色のパステルカラーである。

 ちなみに周りの店は揃いも揃って武骨な灰色一色である。

 つまり、灰色だけという色が少ない通りに、突然ギラギラしたどぎつい面構えの店が建っている。


 その衝撃たるやガリ食べてたら中に紅しょうがが混ざっていたようなものである。

 いやわからんなそれ。

 どういう状況よ、紅しょうがinガリ。

 例えるにしてももっとなんかあると思う。

 ともかくサッパリしてて整合性の取れている中に突然意味のわからん形容しがたいなにかが混ざっているのである。

 道行く人は慣れたものか大してリアクションは見せていないけど、心無しか店から距離を取って歩いているように見える。

 見えるじゃないな。

 確実に距離取ってるわ。


「あー外観と中はこんな感じだけど、服はちゃんとしたのあるから!」


 してるのか?

 信じていいのか?

 てか中もこんな感じなのか?


「あと主人が変な人」


 余計な情報が足されたな?


「帰る」

「だー! 待って待って! 大丈夫大丈夫! 腕とセンスは確かだから!」


 腕云々はまだ分からないけど、少なくともセンスは壊滅的だと思うんだけど?

 どうやったらこんな悪い意味で目立つような外観にするの?

 ワンポイントってレベルじゃないぞ。


「まあまあ。ほら、その服もここで買ったやつだからさ。仕事はちゃんとしてるんだよ? 趣味があれなだけで」


 この服ー?

 まあ確かに変な色ではないし縫製とかもしっかりしてるけどさー。

 うーん。

 まあ仕方ない。

 この服を信じてみよう。


 私が観念したのが伝わったのか、ラウムがほっとした顔をしてから見せの扉を押した。

 私も続いて入ってみれば、なんということでしょう。

 壁という壁が黄色だのピンクだの水色だのパステルカラーパステルカラーパステルカラー!

 目がチカチカしてきた……。


「ゴードンさん久しぶりー。調子どう?」

「あらぁラウムちゃんじゃないの! そうねえ、お店に来てくれる人は相変わらず少ないわねー。行商人さんとかに売るといい出来だって言ってくれるんだけど、なんでかしらねえ」


 ……うん?

 今のは店主……だよね?

 いや、うーん?

 んー、おっかしいなー。

 男の声に聞こえたんだよなー。

 重低音ボイスで結構ないい声に聞こえたんだけどなー。

 あれー?


「それでさ、今日はあの子の服を見繕ってもらいたいんだけど、お願いできる?」


 カウンターまで進んでいたラウムが入り口で固まっている私を指差してお願いする。

 こらっ、人を指差しちゃいけません!

 いや、そういうこと言ってる訳じゃないな。

 なんだろう、身の危険を感じる。


「あっちの野暮ったいローブの子?そうねえ。あたしが直接見るのはビビっと来る子じゃないとしないのよ? その点ラウムは完璧だけどね?」

「や、ほんと助かってます。でもこの子も凄いから。絶対ゴードンさんの趣味に似合うから」


 その言い方、なんか着せ替え人形みたいじゃない?

 私、弄ばれちゃうの?

 フードを目深に被ってあえて見ないようにしてるけど、恐らくカウンターとスイングを上げたであろう木の軋む音が聞こえた。

 そしてこっちに近づいてくる重そうな足音。

 恐怖の足音が聞こえる。


「じゃ、ちょーっと失礼するわね」


 一応の断りの後に目深に被っていたフードが捲られる。

 うん。

 この瞬間の私の内心たるや筆舌し難い。

 ともかく絶叫しなかった私の精神力を褒めてもらいたい所だ。

 視覚情報だけ伝えようか?

 そこには店の外観にも劣らないけばけばしいパステルカラーの化粧をした、ごつい男の顔があった。

 ははっ、これはゴードンの名に恥じないわ。

 ちなみにケツアゴ。


「あらぁ! なーにこのシミひとつない白い肌! まつ毛も長いしお肌もプルプルじゃない!」


 はあ、それはどうも。

 お褒めに預かり光栄です。

 ところで帰っていいですか?


「気に入ったわ! 私が最っ高に可愛い服をチョイスしてあげる!」


 死刑宣告でしょうか?

 や、ほんとそういうのいいんで。

 間に合ってるんで。

 入る店間違いました。


「ね? 凄いでしょ?」


 カウンターから何故か誇らしげな顔をしたラウムが歩いてきて、店主にしたり顔で話しかける。

 待て、なんでラウムが得意気なんだ?

 なんかしたっけ?


「本当にねぇ。髪も夜空みたいで吸い込まれそうな綺麗な黒髪ね。いっそお人形って言ってもらった方が信じられるわ」


 いや、あの、褒めてもらうのもいい加減くすぐったくなってきたんだけど、それ以上にゴードンとか言うこの店主の目が怖い。

 ギラギラしてる。

 一応性別上は男のはずなんだけど、可愛い子を見つけた嫌らしい目ではなくなんかやりがいを感じている職人みたいな目になってる。


 そういった意味ではまだマシなんだけど……。

 うん、十分怖いな?


「ほら、見た目はちょっと怖いけど、職人気質でいい人なんだよ?」


 うーん……。

 スー、ハー。

 よし、そうだ。

 見た目なんて関係ない。

 大事なのはハート。

 胸の内側に何を抱えているか。

 それを見てみようじゃないか。


 少なくとも嫌な感じはしない。

 それどころか真面目な感じがする。

 見た目こそごつくてケバい、いわゆるオカマだけど、中身は悪い人ではなさそうだ。

 なら信じてみようじゃないか。

 まあぶっちゃけて言えば命の危険は感じないからこそ、ってのもある。

 なんかあったらラウムに助けを求めればいいし、それでもどうにもならなそうだったら殺して逃げる。

 よし、そうしよう。


「じゃあ早速選んじゃわないとね! そこに椅子があるから座っててちょうだい。とびっきり可愛いのを選んであげるわ」


 いや、可愛いのじゃなくていいんだけど。

 普通の服でお願いしたい。


「あ、この子あんまり派手なのは嫌いらしいよ。着やすくて動きやすいのだって」


 とか思ってたら一足先にラウムが伝えてくれた。

 今着てる服を選んだ時に伝えた事だけど、それを丸々伝えてくれた。

 いや実際助かる。

 あんまり目立ちたくないし、それなら派手じゃない人目を引かない服の方がいい。



「えーそうなのぉ? せっかく可愛いんだからオシャレすればいいのに」

「私もそう思うんだけどねー」


 ジト目で見てくるラウムは知らん顔して流す。

 どうせ龍に戻ったら関係ないんだしあんまり意義を感じないです。


「ま、注文の多い客こそあたしの腕が光るのよ。見てなさい。あたしの本気、見せてあげるわ!」


 なんか本人を置いてけぼりにして勝手に盛り上がってる。

 さっきのさえ守ってくれれば割とどんなのでも文句ないんで、手短にお願いしまーす。




 ─────────────────────




 数十分後、敏腕女(?)服飾店店主により驚愕ビフォーアフターされた私の姿があった。

 服?

 ぶっちゃけ分からん。

 私の知識なんてほぼ無いに等しいんだから。

 ただラウムから借りてた服を見てちゃんとショートパンツっぽいのにしてくれたのと胸元のツタを伸ばした花をあしらった銀色のワンポイントはいいと思う。

 色も黒を基調にしててそこまで派手って訳でもないし。

 それに合わせて元の物より質の良さそうなローブまで付いてきた。

 それに何がいいって動きを全く邪魔しないし、着るのも全く手間じゃない。


「髪はどうしようかしら? せっかく綺麗な長髪なんだしそのままにしておく?」


 首を振る。

 面倒だしそのままで。

 あと単純に髪を触られるの苦手だしやだ。


 それにしてもこの服、めちゃくちゃいい服なのでは?

 この世界の技術レベルがどんなのか知らないけど、前世の服と大して変わらんぞ?


「驚いたでしょ。ゴードンさんの店って知る人ぞ知る名店なんだよ。お店に直接足を運ぶ人は少ないけど、お得意様と言えば遠い国の貴族の娘さんとか騎士の家とかで結構いい素材使ってるんだから」


 マジ?

 てか、そんな店に何食わぬ顔で出入りするあんた何もんよ?

 あ、騎士でしたね。

 しかも副隊長。

 そりゃ大丈夫か。

 前世通りなら中世の騎士って貴族みたいなものらしいし。


「じゃ、ゴードンさんこれお金。また入り用になったら来るからね」


 サラッとラウムがお金を払った。

 なんだこれイケメンか?

 しかもなんか金色に輝く重厚感溢れる硬貨。

 これはあらゆる異世界において最上の価値を持つ金貨ってやつでは?

 なんか3枚出てきたけど?


「はーいまいどー。じゃ、これお釣りね。貴女とあたしの付き合いだもの。サービスしちゃうっ」

「うわっ、こんなに? ありがとね! じゃあねー」

「ばいばーい」


 なんかおまけしてもらえたらしい。

 貨幣価値なんてわからんしそれがどのくらいなのかは知らんけど。

 颯爽と退店するラウムの後ろに着てきた服を片手に着いていこうとしたら、後ろからいい声で呼び止められた。


「そう言えば貴女はなんて名前なの?」


 ん?

 あ、そう言えば名乗ってなかった。

 まあ名乗る名前が無いってだけなんだけど。

 名乗るほどのもんじゃあないもんでじゃなくてホントに名前が無い。


「名前無し」


 もはやお決まりになりそうな事を言ってさっさと店を出る

 突っ込まれても面倒だしね。


 店を出たらラウムがニマニマして待っていた。

 え、なに気持ち悪っ。


「ね? いい人だったでしょ?」


 あー、まあ悪い人ではなかったんじゃない?

 いい人かどうかは置いといて。

 目ギラギラしてて怖かったし。


 そうは思ったものの無反応な私を見て、何を感じたのか更に笑みを深めるラウム。

 だから気持ち悪いって。


「じゃ、ご飯食べに行こっか。折角の新しい服なんだから汚さないようにね」


 私がそんな間抜けするわけないんだよなー。

 で、ご飯ってなんですかね?

 私そろそろ肉が食べたいんですが?

 肉ですか?


「この町だと……やっぱりお肉かな」


 肉だー!

 わーい!

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