19.奴、襲来

 早朝から散歩してグラムロックと話した日の昼、私はガタゴト荷馬車に揺られていた。

 気分はドナドナである。

 これからたくさんの人に囲まれるという魔境に行くのだから間違っちゃいない。

 精肉されないだけマシだと思うけど。


 ていうかそろそろ尻が痛い。

 主に天幕が積み込まれている荷馬車に乗っている訳だが、御者台ならいざ知らず私がいるのは荷台だから衝撃がダイレクトに来る。

 そろそろ寝転がっていい?

 ダメ?

 ダメと言ってもするがな。

 いい加減尻痛も我慢できなくなってきたので、天幕を布団代わりに寝転がる。

 まあちょっと埃臭いけど大分マシになった。


「大丈夫?」


 馬に跨って並走するラウムに手をヒラヒラさせて返し、天幕に沈む。


「町までは3日くらいかかると思うから、もう少し頑張ってね」


 3日ってそれ少しじゃないのでは。

 異世界人とは認識が違うのか?

 私が車で3日って言われたらかなり遠いイメージがあるんだけど。

 まあ速さが違うし、そういうもんなのかもしれない。


 ま、何にせよグダグダ文句言うほど子供じゃないしね。

 この世界で生まれてからまだ3年ちょいとは言え中身は高校生だ。

 合わせて二十歳程度。

 十分大人だ。


 あれ?

 これ、私やばくない?

 実年齢3歳見た目年齢16歳中身年齢20歳?

 ズレにズレまくってるな。


 ん?

 ガバッと体を起こして辺りを見渡す。


「どったの?」


 ラウムに聞かれるが、ひとまず無視して確認する。

 ふむ…とりあえず見えないな。

 気のせいって訳ではなさそう。

 首を振ってラウムに何も無いと伝えてからまた体を倒す。


 なんか視線を感じた。

 違うな、野生の勘ってやつかも。

 どっちにせよ、龍になってからはその手の感覚が敏感になった。

 野生で生きてるんだから当然だね。

 それによると何者かが私たちに意識を向けている。

 いや、この感じだと集団って言うより私個人か?

 流石にそこまでは確信を持てないな。

 敵意は今のところ無さそうだけど……一応用心しておこう。


 ラウム達を守るため?

 まさか。

 私の安全の為だ。

 何かあったらラウム達を肉壁にして私は逃げる。

 数日一緒に過ごしたところで彼女たちは人間だ。

 私の仲間じゃない。

 守る義務も無いしね。


 まあ今のところは平気そうだし大丈夫でしょう。

 ダメだったら何とか逃げればいいだけだ。




 ─────────────────────




 夜になった。

 今回はただの野宿なので天幕は設置せず、大まかに男女で分かれての雑魚寝となった。

 私は荷馬車で寝ていいとの事だったが、彼らは固い地面に毛布を敷いて寝るらしい。

 保護対象特権すげー。

 小隊長たるグラムロックすら変わらず雑魚寝だ。

 女性なだけあってラウムもある程度は優遇されているようだが、それも大差ない。

 私はまだ寝ないけどな。


 見張り以外の連中が寝るのを待ってから、私はそっと荷馬車から降りた。

 もちろん視線の主を確認するためだ。

 昼間感じた視線は今日一日私に張り付いていた。

 こうなると相手の目標は私だ。


 今も野宿している場所から少し離れたところに気配を感じる。

 うん、あれだ。

 どう考えても誘われている。

 だってそこにいるって気配ビンビンだもん。

 魔力探知には引っかからないよう放出抑えてるのに気配は隠さないってそういう事でしょ。


 ていうか、嫌な予感するなあ。

 私に用があって、結構難しい魔力を隠すという事をやってのける力量。

 まさかねー。

 奴じゃないよねー。


「やあ」


 見張りに見つからないように抜け出した私を待っていたのは奴だった。

 誰かって?

 奴だよ、奴。

 謎男。


 前と変わらず暗闇に溶け込みそうな黒い服を着て、新しいイタズラを思いついた子供みたいな顔で立っている。


「まさか人間と一緒にいるとは思わなかったよ。君、人間に付くの?」


 はい?

 それ人違いでは?

 私はただの人ですよー。


「はい逃げない。君が人化してるところは見てるんだから間違うはずないでしょ」


 チッ、覚えてやがったか。


「なにか用?」

「んー?いやー前はあんまり話せなかったからねー。ここいらで親睦を深めようかなーと」


 え、嫌ですけど。

 お前初対面の時なんて言ったか覚えてる?

 道化師って言ったんだよ?

 それ絶対ろくな奴じゃないでしょ。

 そんな奴と仲良くなっていい事ある?


「わー嫌そう。折角お土産持ってきたんだけどなー」


 ん?

 ほう?

 お土産?


「……君、露骨だね?」


 食える物だろうな?

 私は今甘い物に飢えているぞ。

 もし甘い物だったら話を聞いてやらんでもない。


「まあようやく聞いてくれそうだし良いんだけどさ。ほら、リンゴ」


 リンゴ!

 リンゴと来ましたか!

 よし寄越せ!

 今すぐ寄越せ!


「寄越せ」

「ハイハイ。ほら」


 空間魔法で空間に空いた穴に手を突っ込み、謎男がリンゴを取り出して放り投げた。

 すかさずそれを掴み、食べようとして止まる。


 毒とかないよな?

 いや、殺すならそんなことされなくてもこいつには敵う気がしないんだから真正面から殺せばいい。

 私が危惧してるのはそういう毒じゃなくて、意識を奪う系の毒だ。


 まさかわざわざ会いに来るのに親睦を深めるのが目的だと思う程私は馬鹿じゃない。

 前回色々説明したり魔法まで教えて仲良くなりたいとか、どんだけ友達作り必死なんだって話だ。

 てことは、私に何かしてもらいたいことがあるって事。

 意識を奪って拉致とか本当にシャレにならない。


「そんなに警戒しなくても。採ってすぐ空間を分けたから、それもぎたてみたいなものだよ?」


 本当か?

 信じていいのか?


「何もしてないって」


 ふむ…まあそこまで言うならリンゴに免じて信じてやろう。

 じゃあいっただっきまーす。


 シャクリ。

 ああ…甘い。

 森で採った木の実とは比較にならない、食べる為に育てられた食べ物の味がする。

 記憶の中にあるリンゴよりも美味いように感じるが、それはきっと間違いではない。


 やっぱり甘い物っていいなあ。

 クリームとか砂糖みたいなのも好きだけど、私は梨とかリンゴみたいな果物本来の甘みの方が好き。


「無表情が崩れた……だと?」


 謎男がなんか言ってるけど気にしなーい。

 私は今最高にハッピーだ。

 最高にハイッてやつだ。


 シャクシャク食べ続けてあっという間に芯だけを残して食べ切った。

 ふぅ……美味かった……。

 魔法でもかかってんじゃないのってくらい美味しかった。


「いや、うん、喜んでもらえたようで何よりだよ」


 とても美味しかったです。

 感謝してやろう。


「ああそれと、空間魔法はどれくらい使えるようになった?」


 うん?

 ざっとこのくらい。

 指定範囲を一番小さくすると、大体5センチ四方の立方体、大きくすると人ひとり分くらいにはなるかな。


 それを見せてやったら謎男が顎に手を当ててブツブツ考え始めた。

 どうでもいいけどこいつ独り言多いな。

 友達いないのかしら。

 私?

 私は友達ができないんじゃなくて作らないだけだから。

 ちなみにこいつとは死んでも友達にはなりたくない。


「うーん、構築は早いけど精度がまだかな。もう少し頑張って」


 おん?

 何指図してくれちゃってんの?

 大人しく聞くと思うか?


「頃合見てまたリンゴ持ってくるから、その時ついでにね」


 わーい練習しまーす。

 なんなら今くれてもいいよー。


「じゃ、そういう事で」


 待てコラ。

 謎男が挙げた手を掴んで捕まえる。


「どうしたの? ウチ来る?」


 行かんけど。

 合コンで女引っ掛けたみたいに言うなや。


 そんなあっさり帰ろうとする方が不思議だわ。

 なんの説明もなく勝手に納得してはいさよならなんて行くと思ってるのかこいつは。


「理由。目的」

「手助け。仲良し」


 だーかーらー。

 それで納得する訳ないって言ってるでしょー!


 あれ?

 言ってないな?

 うん、まあそれは置いといてどうもこいつ胡散臭い。

 絶対変なこと企んできてる。

 そういう匂いがする。

 白状させとかないとスッキリしない。


「上手くいったら次はさっきのリンゴをパイにして持ってきてあげよう」


 え?

 マジ?


「じゃ、そういう事で」


 あ!?

 お前腕掴んでても関係なく転移できるのな!?

 お約束は守れよ!


 くっそー逃がした。

 なんで私マス〇ーボール持ってないん?

 あいつ幻のポ〇モンかよ。

 ボコして瀕死にしたら捕まえらんないかな。

 まあやろうとしたらやる前にボコられそうだけど。

 それよかキャプチャーする方がラクそう。


 少し待ってみたけど、聞こえるのは虫の鳴き声と風に揺れる木の音、それと遠くで聞こえる焚き火が爆ぜる音だけ。

 魔力感知にも変なのは掛からない。

 これマジで逃げやがったな?


 ……戻るか。

 待ってても仕方ないしね。

 にしても、はー疲れた。

 あれの相手するとめちゃくちゃに疲れる。

 絶対に敵わない相手が裏がある感じで接してくるから、無駄に頭使って警戒する必要があるんだよ、あいつの相手する時。


 それが疲れるんだよなあ。

 ラウムとかなら真正面からやり合えば負ける要素ないだろうしバレないようにするだけでいいから割とラクなんだけど。

 まあそれでさえ70疲れるか100疲れるかみたいな話なんだけどさ。


 そんな事をつらつら考えながら、また見張りに見つからないようにスニーキングして寝床に戻る。

 そしたら私が寝るはずの荷台でラウムが寝てた。


 え、何コレ怖い。

 ラウムの無意識の行動で保護対象特権の寝床が奪われた。

 は?

 そんなの気にするな?

 私コミュ障ですがなにか?


 てか冷静に考えて会って数日の人と同じ布団で寝るとか私じゃなくても無理でしょ。

 それに加えて私は寝て起きるとたまに部分的に人化が解けることもあるんだから尚更無理。


 はあ、さようならそれなりに柔らかい天幕の布団。

 こんにちはゴツゴツして固い地面。

 私はあなたと寝るのはこれで最後にしたいです。

 不幸中の幸いと言えば巻き付けてたから毛布はある事くらいか。


 にしても龍の時は平気だったのか人間の体になると一気に辛くなるのか。

 こうして考えると人間の体柔らかすぎ。

 鱗生やせ鱗。

 まあ鱗生えてる人間とか控えめに見てもリザードマンとかそういう亜人系になるけどな。


 はあ…寝るか。

 人の姿で旅をした初日だけどどっと疲れた。

 それが旅の疲れじゃないというのがまたなんとも言えないんだよなあ。

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