16.ぎゃあ人間だー!……あれ?

 ……知らない天井だ。

 いや、そもそもこの世界じゃ知ってる天井はイケおじの所しか無いや。


 ……待って。

 天井があるって、ここどこ?

 私なんでここにいるんだっけ?

 意識が朦朧とする。

 こりゃ低血圧ですかな、ははっ。


 えーと?

 追いかけられて、囮を出して、そんで…ああ幻肢痛だ。

 いやまさか人間になってるとあそこまで痛いとは思わなかった。

 龍の時だと体が大きい分なんというか、痛みの許容量も多いのかな?

 ともかく集中できなくて、なんかやばい…そうやばかった。

 何がだっけ?


「起きて……る? のかな、これ?」


 誰かの声が聞こえる。

 はーい起きてまーす。

 いや待て待て待て。

 人の声?

 最後に見えたのは、担ぎ上げられて、視界には原色のペンキをぶちまけたような赤と、人懐っこそうな顔……。


「───っ!?」

「あ、起きた。おっはよー」


 人間!

 人!

 女!

 いや私も元人間で女だけど今は違う!

 殺される!


「いっ!?」

「え、ちょっとなに、どうしたの?」


 思わず飛び退いてしまい、ベッドから落ちて思いっきり後頭部を打った。

 だがそんな事構ってる暇はない!

 バレる前に殺さなくては!

 息も荒く闇魔法を構築し、あとは発射するだけという段階まで作り上げる。


「わわわ待って待って! 私達は保護しただけだから! 魔法はしまって!!」


 信用できるか!

 このあとエリアなんとかに連れていかれて解剖されるんでしょ!

 エ〇同人みたいに!

 エ〇同人みたいに!

 いやそれは違うか。


「うるせえな、なんの騒ぎだ」


 口も悪くテントの入り口から男が入ってきた。

 テント?

 そう、私が今いるのはテントだ。

 と言ってもキャンプで使うような小さいのではなく、運動会で使うようなやつをもう少し大きくして床と壁を付けたようなやつだ。

 天幕ってやつが一番それっぽいかもしれない。


「闇魔法…?」


 げ、こいつ見覚えあると思ったら私を担いでたやつだ。

 私が浮かせてる闇魔法の槍を見て眉をひそめてる。

 そういえば囮に使ったのも闇魔法だなーはっはっは。

 ……すぐ消した。


 とにかく今はバレないようにするのが最優先。龍になれば蹴散らせるけど、一瞬の隙を疲れて斬りかかられたらこの体じゃ対応しきれない。

 この大男、幅広で肉厚な剣を下げてるし1発で首がおさらばしそうだ。


「お前、まさか黒龍が化けたとか言わねえだろうな?」


 ギクギクギク!

 そ、そんな事ないですよー?

 闇魔法使うやつなんてそこら辺にいくらでもいるって。

 私はただの通りすがりの魔法使いです。


 そう言えたらどんなにいい事やら。

 コミュ障スキルのレベルが限界突破してる私はただだらだらと冷や汗を流すしかできない。

 てかコミュ障じゃなくてもこのおっかない顔に凄まれたら何も言えなくなると思う。

 あ、どうでもいいけど私マッパだ。


「ちょーっとごめんねー。 グラムこっち。とりあえず君は毛布被っといて」


 真っ赤な髪の女の方が男の腕を引いてわたしから距離を取った。

 んで、私は毛布被れとねー。

 まあ男の目がある以上普通はそうなんだろう。

 私気にしませんが。

 そんなもん野生で生活してたら大体忘れるわ。


 ていうかあっちは内緒話のつもりでこそこそ喋ってるけど、私耳いいから丸聞こえなんだよねー。


「脅かさないの! 怖がってるでしょ!」

「怖がる? 萎縮するならその方がやりやすい」

「言っとくけど、尋問とかするつもりなら私が許さないからね」

「闇魔法を使う黒龍がいる森で少女が保護されて、その上闇魔法を使う? 怪しいにも程がある」

「そういう偶然もあるかもでしょ! いいから黙ってて!」


 ……尋問?

 なにそれこっわ。

 やっぱ今のうちに殺すか?

 幸い今なら距離あるし問題なく殺れそうだけど。


「ごめんねーこれ頭硬くて」


 とか考えてる間に意見が纏まったらしく女が話しかけてきた。

 チッ、遅かったか。


 私の胸中の舌打ちをよそに、女の方が胸に手を当てて自己紹介を始めた。


「私はラウム。ローレンツ親龍王国騎士団第0小隊副隊長ラウム・ニーズベルグ。こっちは小隊長のグラムロック・ニーズベルグ」


 騎士?

 やっぱりいるんだ、騎士。

 てか冒険者じゃないのな。

 すっかり冒険者が来たのかなーとか思ってたんだけど。


 ん?

 待て待て。

 同じ姓ってことはこの2人夫婦?

 の割には男の方は30後半くらいで、女の方は…よく分からんな。

 10後半から20前半くらいに見えるけど。

 結構な年の差婚では?


「おい。いつから俺の家の人間になった? てめえに、家名は、ねえ」

「いいじゃんちっちゃい時から一緒にいるんだし」


 ほーん?

 そういう事ね?

 女の方の悪ふざけですた。


「家名無し?」


 まあ、この世界が中世ヨーロッパ風なら有り得なくはない…のかな?

 その辺詳しくないから分からないけど。

 ラノベとかならたまにそういうのあるよね。


「ああ、私ホントにちっちゃい頃、君よりちっちゃい頃かなー。奴隷商人に捕まっててね。ほとんど覚えてないのが幸いと言えば幸いなんだけど、一緒に家の事も忘れちゃった」


 おーう。

 めっちゃヘビーな話が来た。

 しかし奴隷商人か。

 この世界いるんだな、奴隷。

 まあ私には関係ないか。


「で、売られる前にちっちゃい傭兵団をやってたこいつに助けられたって訳。それ以来の腐れ縁だよねー」

「腐れ落ちちまえばせいせいするのにな」

「すぐそういうこと言うー」


 なるほど腐れ縁ねー。

 まあそれは分かったんだけどさ。

 それよりも目の前でイチャイチャするのやめてもらえないかな。

 なんかこう、私の中の黒い部分がリア充爆発慈悲はなしって叫んでるんだけど。


「まあ私達の話はいいでしょ。それより君の名前は?どこから来たの?」


 はい絶対聞かれると思ったー。

 ラウムと名乗った方がそう言った途端、心無しかグラムロックと紹介された方の視線が厳しくなった気がする。

 あとラウムの方も好奇心に装った目の中に、僅かな隙も見逃さないみたいな色が見える。

 これ実質尋問では?

 コミュ障には辛いって……話さなきゃダメ?

 はあ。

 よし、覚悟は決めたぞ。


「名前はない。来たのも西の方から」


 よーし、嘘は言ってない。

 名前はもともと無いし、西の森から来たのは間違いない。

 聞かれたことにも答えてる。

 どんな嘘発見器にも引っかかるまいて。

 もういいかな?


「どんな町にいたのかとか覚えてない?」

「覚えてない」


 町じゃないしー。

 森から来ましたー。

 見たこともないものは覚えてませんー。

 よし、これでパーフェクトなはず。


「西かー。うーん、ここより西に町か村なんか無いし……帝国かな。わかった。ありがとね。私達は外にいるから何かあったら呼んでねー。じゃ」


 そう言って手を振り、ラウムがグラムロックの腕を引っ張って外に出ていった。

 最後までグラムロックがやけに私を睨んでたのが怖かったです。


「どう思う? 私は嘘はついてないように見えたけど」


 外に出るなり押し殺したラウムの声が聞こえてきた。

 ほらー!

 やっぱり尋問じゃん!

 てかこの世界の住人なんなの?

 見ただけで嘘ついてるかわかるの?

 なんかイケおじの所も意味ありげな視線交わしてたけどさー。

 そういう特殊スキルやめてよねー。

 こちとら対人スキル未所持なんだから。


「嘘はついてないように見えるけどな、だがそれを信じるかは話が別だろうが」

「私は信じる。 信じてもらえなかったらあの子が可哀想」


 可哀想らしいです、私。

 あれ?

 何故だろう、なんか心が痛くなってきたぞ……。

 これが良心ってやつかな?


「自分と重ねてんだろ」

「悪い?」

「お前の悪い癖だ」

「騎士として、私は助けたい。あんたは?」

「……好きにしろ」

「やたっ。ありがとね」


 どうやら私の処遇が決定したようです。

 可決、保護の方向性。



 ええ……。

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