山賊紛いの事をしようとしたら、逆にされたらしい

 おはようございます。

 この森に来て今日で8日目。

 誰も来ませんでした。


 なんでや。

 全然来ないじゃん。

 イメージだよ?

 イメージなんだけどさ、冒険者って年がら年中依頼やるんじゃないの?

 違うの?

 もしかして有事の時だけ冒険者で、普段は農民なの?

 何それ畑からいくらでも取れそう。


 まあそれは昨日までの話。

 今日の朝、起きた時に探知に引っかかりました。

 人です。

 この8日間で感じたことがないタイプの魔力だ。

 なんとなく統率が取れてるような動きをしてるし、確定でしょ。

 さて、どう料理しようか。

 ひとまずもっと森の奥まで入るのを待たないとね。

 浅い所で襲撃したら、ワンチャン逃げられてしまう。

 そう易々とは逃がす気は無いけど、私はこの世界の魔法ってやつには疎い。

 しかもテレポートまであるらしいからね。

 あー、テレポート対策か。

 魔法使いそうなやつを優先して狙えばいいか。


 よし、じゃあ森の奥まで誘い込もう。

 何目当てで来たのか知らんけど、最悪追い込み漁の要領で追い立ててもいいしね。

 さあ忙しくなるぞー。




 ─────────────────────



 俺に追従する部下にハンドサインを出し、静かに遠視を発動させるよう指示する。

 それを見た部下の1人が最小限の声で詠唱し、少し遅れて頷いた。

 遠視発動。

 他の分隊も遠視は発動させただろう。

 横に向かって手で確認する。


「小隊長、全隊準備完了したようです」


 これまた他の分隊が出したハンドサインを遠視で確認し、部下が合図を出した。

 連絡を取る手段は簡単だ。

 俺が指示を出し、それを他の分隊の遠視担当が確認して隊に通達。

 さらにそれを隣の隊に伝えればいい。

 それだけだと不測の事態に対応できないこともあるだろう。

 その場合、しこたま魔法で音を鳴らして警告を発する。

 その音にもまた意味があるのだが、まあそれは省いてもいいだろう。


 とにかく、準備が整った事を確認して全分隊に前身を指示する。

 俺がいるのが第1分隊。

 ラウムは第2分隊に配備してある。

 あんなでも小隊内じゃ俺に次ぐ実力者だ。

 問題はないだろう。



 全隊はゆっくり進んでいく。

 声を出さず、下草に隠れた木の枝にまで気を張って歩く。

 黒龍の耳がどれほどいいかわからないのだ。

 必然的に慎重になるというもの。

 見つかれば壊滅だ。


 先頭を歩く遠視を発動させた部下が油断なく辺りを見渡し、黒龍の姿を探ると同時に他の分隊からの合図を見逃さないように目を光らせる。


「小隊長、第7分隊が黒龍を見つけたようです」

「もうか? 浅いな」

「森の中心へと向かっています。ねぐらがあるとしたらそこかと」


 龍程の強力な生物が、こんな森の浅い所を彷徨く?

 あまり意味の無い行為だ。

 いや、つい最近この森に来たのならありえなくはないか?

 何にせよできれば巣の確認くらいはしておきたい。


「半包囲しながら進め。右翼の分隊を後ろから目標の左側に進ませろ」

「はっ」


 黒龍が見つかったのは左側の端、第7分隊だ。

 今回、奇数分隊は左側、偶数分隊は右側になるよう横一列に配置している。

 今出した指示は偶数分隊を黒龍の左側へと回らせ、半円で包囲しながら追跡する形だ。

 普通にやれば難しい声も出せない陣形変形だが、遠視を使えば他の隊の動きが見える。

 たまに確認を取れば問題ないだろう。


 合わせて俺がいる第1分隊の速度を上げ、半円の1番外の位置を陣取る。

 これで万が一どこかの分隊が黒龍に襲われても、第1第2分隊で挟撃して時間を稼げる。

 そのまま追跡を続ける。



 ─────────────────────



 おー食いついた食いついた。


 横一列に並んでいた集団が、急に形を崩した。

 連携を取るかどうか、念には念を入れてわざと左端で見つかるようにしたら、右側から後ろに折れ曲がるように形を崩した。

 その折れた部分が、今は私の左側に展開してる。


 うん、そうだな、1つ分かったことがある。

 こいつら連携取れすぎじゃね?

 お互いに声を一切出さないでほぼ半円を描いて着いてきてる。

 念話か?

 念話なのか?

 そういえば、今まで会った龍って全員念話だったなあ。

 それにしたって龍は喋れないから使えるってのは分かる。

 人間も使えたかぁ。

 まあだからって別にやる事は変わらんけどさ。


 今のところ人間は付かず離れず、魔力探知ができなかったらまず察知できないような距離感で着いてきてる。

 遅れる様子も、見失ったような様子もない。

 尻に火をつけて追い立てる真似はしなくてよさそうだ。

 てかこれだけガッツリ追跡されててどうやって後ろに回ればいいんだ?

 よかったー、相手が手練で。

 いや手練でよかったってなんだ。

 流石にイケおじレベルが出てきたら逃げるぞ。


 まあこのまま、着いてきてくれるならなんの問題もない。

 ここ数日で気付いた新しい闇魔法の使い方を披露しよう。




 ─────────────────────



「この先は……」


 昨日の夜、地図を眺めながら作戦を練っていたから覚えている。

 この先にはそれなりに大きな湖があるはずだ。

 直径で2、3キロ程度。

 それを示すかのように空気が少し湿り気を帯びている。


 水浴びだろうか?

 確認した限りヒレのような部位はないので水棲の龍だとは思えないが。

 いや、龍というのはそういうものだったな。

 龍は謎なのだ。

 ほとんどの場合、見た目は個体によって大幅に変わり、体色や得意とする魔法などによって火龍や水龍と呼ばれる。

 まあその色ごとにある程度の類似点はあったりするがな。


「小隊長、湖です」


 遠視を使用している部下の報告に頷いて返し、黒龍がどう動くかに注意する。

 神経を尖らせた俺達の前で、黒龍は急に加速したかと思ったら湖に勢いよく飛び込んだ。


「……飛び込みましたね」

「そうだな」

「水泳の気分だっのでしょうか?」

「どうだろうな」


 恐らく俺たちと同じく困惑しているだろう他の分隊に、黒龍がうごくまで待機の指示を出す。


 この湖は広い。

 もしもやつが対岸から上がれば、下手をすれば見失う恐れがある。

 2分隊くらい先回りさせておくか…?

 しかしその考えは杞憂に終わった。

 黒龍が水飛沫を飛ばしながら豪快に岸へと上がった。

  位置は俺達が1番近い。

 また陣形の再編だ。

 ……いいように遊ばれてる気もするが。

 今度は俺の第1分隊を中心とした半円になる。

 どこで止まるかはわからんが、俺達の集中力が切れる前に終わらせて欲しいものだな。




 ─────────────────────



 80人ほどの人間の集団が、黒い龍を追いかけている。

 一欠片の迷いもなく、一糸乱れぬ連携で確実に追跡する様はまるで獲物とそれを狙う狩人のようだ。

 それに追われている獲物は、きっと生きた心地がしないだろう。

 まあ実際にはあいつらが獲物だけどな!


 現在、私はびしょ濡れの髪を絞りながら木の枝に座っている。

 視線の先には私を追いかける人間の集団。

 なに?

 あの黒龍は何かって?

 よくぞ聞いてくれた。

 あれこそ闇魔法の応用。

 名付けて『槍が作れるなら頑張れば分身も作れるんじゃねと思ってやったらできちゃった』の術だ!


 原理で言えば槍を作る時と同じ。

 違いは形を作る時にちょっといじくっただけ。

 まあ、あれだけの大きさな上に形も複雑ってんで魔力も普段の倍以上持ってかれたけど、今のところ問題無いからセーフ。

 てか魔力って減るとどうなるのか私知らんし。


 にしても以外と気づかれないもんだね。

 まあ私黒いし、闇魔法も名前の通り真っ黒だし、そりゃそうか。

 流石にじっくり見られたらバレるだろうけど、背中を見せるくらいならバレないと思う。

 動いてるのもここから遠隔で操ってるだけだし。

 だから結構不自然な動き方してる。

 まあこうやってバレずに後ろ取るための囮だから、ぶっちゃけあれもう消してもいいんだよね。

 まあ消さないでほっといてもそろそろ消えるし追いかけますか。

 今は正面だけ向いてるからいいけど、全方位警戒とかされたら流石にめんどい。


 座ってた枝から降りて人間の後を追う。

 だいぶ先まで行っちゃってるけどこの体結構足速いし、体力だけは底無しにあるみたいだからすぐ追いつくでしょ。




 ─────────────────────




 湖から上がった黒龍は水を飛ばす様子もなくまた変わらずに森の中心へと歩き始めた。

 今のにはなんの目的があったんだ?

 魚を捕ったようには見えない。

 水浴びも、恐らく違うだろう。

 清潔さを気にするには、眼前のあの龍はいささか、生物感とでも言うのだろうか、とにかく生き物とは思えない動き方をしている。


 ……待て。

 水浴びに入る前もあんな動きだったか?

 まるで重量感を感じさせない、地表を滑るような……しかし部下達は違和感がないのか黙々とその後を追っている。

 しかし、そんな訳がないと、違和感に気づきながらも敢えてそれを無視している可能性がある。

 念の為聞いておくべきだろう。


「おい、黒龍の動きに……!?」

「き、消えた!?」


 部下の驚愕の言葉通り、見張っていた目の前で黒龍が忽然と姿を消した。

 決して目に追えない程の速さで動いたわけではない。

 もちろん地面に吸い込まれたわけでもなく、ただそこからように消えた。


「小隊長!これは─────」

「警戒! あの黒龍は囮だ! 本物は別の場所にいるぞ!」


 素早く指示を出し、各分隊毎に円形の陣を作らせ全方位を警戒する。

 自分と全く同じ分身を作り出す?

 魔法は詳しくないが、それは闇魔法の中程度の魔法のはずだ。

 その魔法を、中魔法なら人目で看破する俺達に対して使い、見事欺いてみせた。

 相手の魔法の技術はかなり高い。


 撤退するべきか、迎え撃つべきか。

 当初考えていた俺とラウムの分隊で挟撃するという案は既に使えない。

 かといって迎え撃てば全滅は必須。

 辛い選択だが、ジリジリと陣形を崩さないように撤退しつつ、最初に襲われた1分隊を殿とすべきか。

 命を捨てさせる命令だが、騎士たる彼らなら、仲間を守る為に躊躇なく従ってくれると信じるしかない。

 その命令を出そうと腕を挙げた瞬間、鋭い少女の悲鳴が聞こえた。


「あああああああああっ!!」

「っつ……!」


 黒龍に襲われた被害者か!?

 なんで女がこんな森の奥に!

 思わず舌打ちが出たのを咎められはしないだろう。

 騎士として、人命救助は最優先。

 既に死んでいるのなら手遅れとして撤退することもできようが、少女は今も涙を堪えるような押し殺した悲鳴を挙げている。

 助けない訳にはいかない。


「全隊分隊毎に纏まって即時撤退! 俺は声の主の救助に向かう!」


 自分の分隊にそう指示を出し、一目散に声の方向に走り出す。

 部下達の困惑した声が聞こえるが、あいつらが俺を追いかける理由はない。

 あいつらと俺のあいだに信頼関係なぞ欠片ほどもないのだから。

 きっと指示には忠実に従った上で、上には信じられない程上手く魔法を使う龍がいると報告してくれる。

 そういえば、これが俺からの初めての信頼になるのか?

 どうでもいいか。


 そんな取り留めのないことをつらつらと考えているうちに、声の聞こえた辺りに辿り着いた。

 押し殺した悲鳴はまだ聞こえている。


「〜〜〜ッ!!」


 そこには、半ばほどから無くなった右腕を抑え、唇を噛み切りながら必死に声を抑えている服を着ていない少女がいた。

 よほどの激痛なのか、地面を転がって痛みに耐えている。


「おい!大丈夫か!?」


 あの右腕は黒龍にやられたのだろうか?

 それにしては血は止まっているように見えるが、魔法に長けた黒龍の事だ。

 腕を喰らい、血を止めてすぐには死なぬよう回復させて保存でもしているつもりなのかもしれない。


「にん…げん……? ッ!」

「ああそうだ。龍じゃない。今助け───────」


 抱きあげようと手を伸ばしたが、しかし無事な方の左腕に弱々しく突き飛ばされ、思わず止まってしまう。


「ふーっ!ふーっ!」


 まるで猫のように息を吐いて威嚇する少女の表情には、敵対心と、それとほんの少しの恐怖が感じられた。

 なぜ少女が俺を恐れる?

 思わぬ少女の反応に、ついそちらに意識が向かってしまう。


 そんな俺を、後から叱り飛ばす声が聞こえた。


「グラムロック! なんでボーッとしてんのさ! 早くその娘担いで!」

「ラウム!? 撤退しろと───────」

「置いてけるかバカ! アホ! 筋肉ダルマ! 変な所で真面目になるな!」


 散々に罵倒されてようやく意識が現実に向く。

 今はこの少女がどう反応しようと安全な場所に連れ出すべきだ。

 そう判断して未だ警戒を解かない少女を担ぎ上げ、一目散に駆け出す。

 担がれているあいだも少女は蹴ったり引っ掻いたり、散々な抵抗をしてくれたが、ラウムが一言「ごめんね」って言ってから急に抵抗が無くなった。

 きっと魔法を使うか物理的に眠らせるかしたのだろう。


 無理矢理眠らせた少女を運ぶという山賊紛いの行為になるが、そんな事を気にかける余裕もなく、俺とラウムは脇目も振らずに野営地へと走っていった。

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