邂逅の予兆

 重いプレートを外し速度を重視した馬を駆ること4日。

 俺達の小隊は伝令の早馬が持ってきた新たな命令の地点に到着した。


 伝令曰く、つい先日新たに確認された黒龍を監視する事。

 なおその龍は東の岩山の岩龍に勝る可能性あり。


 東の岩龍と言えば騎士団が把握していた中でも一際強力な個体だ。

 それに勝る可能性あり?

 めんどくせえことこの上なし。

 だが今の騎士団長に拾われて以来、俺は騎士団に身を置いているのだ。

 命令とあればやらない訳にもいかん。


 さて、この辺りが合流地点のはずだが。

 部下の騎士達に天幕の設営を指示し、俺達が来るまでの繋の監視をしていた騎士を探す。

 すぐに部下ではない別の小隊の騎士が駆け寄ってきた。

 そら、この顔だ。

 また厄介な奴らが来たもんだって顔をしてやがる。

 まあ別にいいけどよ。

 俺だってこんなヤツら関わりたくもねえしな。


「例の黒い龍の動きは?」

「はっ! ニーズベルグ小隊長殿! 森に入ったっきり丸7日間動きがありません。まるで消えてしまったかのようです」

「そりゃ意味わかんねえな……よしわかった。後は引き継ぐ」

「はっ!よろしくお願いします!」


 敬礼する下位騎士を手を振って追い払い、馬から降りて部下に繋がせてから地べたに座る。


 全く、上も困ったもんだよ。

 傭兵上がりの扱いづらい上位騎士に、プライドばっかり高い上流貴族の継承権のない同じく扱いづらい三男坊だのを預けた小隊に龍の監視なんかやらせんなっての。

 そりゃ近くで暇だったけどよ。


「あー、誉れ高き親龍王国騎士団の小隊長ともあろうお方が地べたに座ってるー」


 子供っぽい事を言いながら女が近づいてくる。

 よく知った顔だ。

 だが、なんでこっちに来た?

 天幕の設営を命じたはずだが?


「……おいラウム。天幕はどうした? そうか、もう終わったのか。はえぇな」

「まっさかー。副隊長権限で抜け出してきました」

「そういうのを権力濫用と……ああもういいもういい。てめぇに何言っても意味ねぇな」


 さっき咎めたくせに、ラウムも何が楽しいのか笑顔で俺の隣に腰を下ろした。

 こいつはもうちょい物を考えて欲しいもんだが……いや、何も考えてないって訳でもないが、如何せん落差が激しすぎる。

 8割方何も考えていないからな。


「で? グラム、このあとどーすんの?」


 グラムロックという俺の名前を略すなと、何回言ったことやら。

 今では諦めたけどな。


  それは置いといてラウムの問に少し考えてみる。

 ふむ、そうだな。

 まずは情報収集か。

 監視対象が大体どの辺りをねぐらにしているのかを把握したい。

 幸いこの森にそう強力な魔物は出ない。

 ほとんどが樵程度でも撃退できるレベルの魔物ばかりだ。

 1番強くて双頭山羊のカナト ゴートくらいか。

 それにしたって部下の騎士達なら3人で手こずることなく始末できるだろう。

 理想は分隊毎に分散し、察知されないであろう距離で半包囲する事か。

 森の木々で視界は遮られるが、龍程の大きさなら2~3キロ程度なら判別できるだろう。


「第1から第8分隊までは森の偵察に行く。残りの第9第10分隊はキャンプの防衛と連絡要員を兼ねて残して行くつもりだ」

「ふむふむ。オッケー。決行は?」

「明日の朝だな。太陽が4分の1を過ぎたあたりからだ」

「オッケー。伝えてくるー」

「ああ頼んだ」


 元気よく立ち上がって、真っ赤な短髪を揺らしながらラウムが部下達の方へ走っていった。

 口調は軽いが、ラウムはあれで優秀だ。

 変な風に伝えたりはしないだろう。


「懸念は不意に黒龍と遭遇した場合か」


 明日の偵察は先に黒龍を発見できればいいが、もし頭上から奇襲をかけられたりでもしたら大問題だ。

 相手の体格次第では木が障害物となって逃げ切れるかもしれないが、その程度で止まるならわざわざ森をねぐらに選んだりはしないだろう。


 まあその為に人数を減らして分散させているのだ。

 もしもの場合は襲われた分隊が鳴子代わりに他の分隊に居場所を知らせればいい。

 こいつらも甘やかされた三男坊達とは言え騎士は騎士だ。

 今更命が惜しくなったりはすまい。


「考えられる可能性は1つ1つ潰しておくか」


 そろそろキャンプも整う頃だ。

 後は温かいスープでも飲みながらじっくり考えるとしよう。




 ─────────────────────




「おっはよーグラム!」

「……朝からうるせえ。黙れラウム」


 日が出る前、しかし確実に明るくなりつつある時間。

 目を覚ますと、目の前にはおおよそ寝起きの目に優しいとは言えないドギツイ赤い色があった。


「てめぇなに覗き込んでた? つーかなんで俺の天幕にいる?」

「起きなかったらボディプレスして暴れてやろうかと思って」

「……命拾いしたな。してたらてめぇは黒龍の朝メシの皿の上だったぞ」

「うへぇ、こわー」


 わざとらしく苦い顔を作って舌を出すラウムを押しのけて体を起こす。

 ……寝た気がしねえ。

 考え事しすぎたか。


「なーんか寝不足っぽい? 寝ないと背伸びないよー?」

「これ以上伸びたら2メートル超すからな。伸びないくらいが丁度いい」

「ほんとね。グラム無駄に体格いいもんね。10センチくらい分けてくんない?」


 意味のわからん戯れ言はほっといてさっさと着替える。

 ラウムは一応女だが、そもそもこれを女として認識するには無理がある。

 傭兵だった頃はお互い真っ裸で水浴びをした事もあるしな。


「あ、今日の朝ごはんは干し肉スープと黒パンだって」

「いつも通りだろ。保存食以外に持ってきてねぇだろうが」

「ま、そうなんだけどねー。んじゃ、先行って準備してくるわ。小隊長殿のスープは干し肉多めにって言っとくね。ではでは〜」


 そう言ってラウムが手をひらひらさせながら天幕の垂れ幕を潜って外に出た。


 そういえば、ラウムはどうして俺の傭兵団にいたんだったか。

 あれは確か……そう、拾ったんだ。

 魔物を間引くついでに地方領主から金を貰って小競り合いをしていた時、領民を勝手に売っぱらう奴隷商人を殺してくれと言われた時だ。

 売れ残ったのか貧相ななりをした小娘がいたもんだから助けたらそのまま懐いて、それで成り行きで騎士団に拾われた俺に付いてきたってわけだ。


 いや、マジであいつなんで付いてきたんだ?

 そういえば聞いたことがなかったな。

 今日の偵察が終わったら聞いてみるか。

 そうこうしているうちに着替え終わり、鉄靴にすね当てと膝当てを付けて外に出る。

 起きた直後は日出数分前といった時間だったが、着替えている間に日は完全に顔を出したようだ。


 こんな時間だと言うのに部下連中はあちこち走り回って騒がしい。

 挨拶をしてくる部下に適当に返しつつ炊事場に行くと、ラウムが石に座って俺を待っていた。

 律儀なもんだ。

 その対面には俺の為と思われる石と皿が置いてある。


「小隊長遅いですー」

「うろちょろ動き回るネズミに合わせるわけねえだろ」

「ネズミ! 言うに事欠いてネズミ! 修正を要求します! さあ直せ!」

「黙ってさっさと食え。このあとすぐに分隊長を集めて打ち合わせをするぞ」

「えーん。フィンー小隊長がいじめるー」

「知りません。いつもの事です」


 ラウムがすぐ近くを通ろうとしていたフィンを捕まえて泣きつくが、捕まったフィンの方はするりと抜け出してさっさとどこかへ行った。


「あらら」

「……おい」

「わかってるわかってる。でもさ、いくら傭兵上がりと貴族だからって折角同じ小隊なんだからもっと仲良くしたいじゃん」


 そうだ。

 そもそも俺とラウムのような傭兵上がりの騎士と、根っから貴族なヤツらの反りが合うわけがない。

 しかも三男坊なんか大概継承権なんかの問題で色々拗らせてるような奴らが多い。

 仲良く、なんてはなから無理なのだ。

 というか、騎士団の中でも特に扱いづらい連中を集めたのがこの第0小隊なんだがな。


「知るか。俺は指示さえ聞くならそれでいい」


 そう、そもそも分かり合えない連中ってのは必ずいる。

 さっき俺に挨拶してきた連中も立場上仕方なく、だ。

 最低限俺の指示を聞いて従ってくれるならそれでいい。


「グラムがそんなだからさー……まあいいや。さっさと食べちゃお」

「そうしろそうしろ。その後は俺の天幕に分隊長を集合させろ」

「あいあい。ごちそうさまー」


 残っていたスープと黒パンを一気に掻き込み、ラウムがさっさと去っていった。

 俺も少し遅れて完食し、軽く手を合わせてから自分の天幕に足を向ける。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 今日の偵察が龍の尻尾を蹴り飛ばさなければいいんだけどな。

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