8.おぉん?てめどこ中だ?(意訳)

 おはようございます。

 朝です。

 ここ最近この森の動物達は私を見るだけで逃げ出すようになってきたので悲しいです。

 昨日の熊は私が人になってたから襲いかかってきただけだと思う。


 別にいいし。

 私だってイノシシだの熊だのと仲良くしたいなんて思ってないし。

 むしろ寝込みを襲ってこないから好都合だし。

 そう考えたらあいつら紳士なのでは?

 淑女の寝込みを襲わない熊たち。

 その淑女が黒い龍なのは気にしてはいけない。


 だが貴様ら、私は腹が減った。

 空を飛ぶ私から逃げられると思うな!


 という訳で勢いよく地面を蹴る。

 朝の湿った空気を切り裂きながら地上を見下ろす。

 もちろん魔法を使いつつ、だ。


 あ、熊発見。

 熊かー。

 熊はいいです。

 昨日食べたんで。


 で、あとはー?

 鹿いればいいなー。

 いなかったらイノシシでもいいんだけど。

 鳥?

 あんなちっちゃいの食っても足しにならん。

 この森の鳥全滅させてもいいなら別だけど。


 ん?

 んん?

 鹿!

 鹿だー!


 眼下で鹿の群が呑気に草を食んでいた。

 群…かな?

 そこまで多くない。

 グループとでも言った方が良さそう。


 だがそんな事は関係ない!

 さあ今すぐ肉を寄越せ!

 2頭くらいは頂くぞ!

 ころしてでもうばいとってやる!


 狩りをする時の定番、頭上からの翼腕による奇襲。

 いつもは一撃で仕留めていたそれが、ギリギリの所で回避された。


 そう。

 実はこの鹿、この森の動物達の中では一番強い。

 熊よりも強い。

 前鹿に喧嘩売った熊が返り討ちにされてボコボコにされているのを見た。

 熊よりも強い鹿ってどうよとは思ったけど、実際そうなんだから仕方ない。


 が!

 残念ながら私の敵ではない!


 闇魔法を重複発動、逃げ出した鹿達の尻に向かって一斉発射。

 そのうち何発かは避けられたが、それも初めだけ。

 すぐに後続の魔法が刺さり、さほどしないうちに3頭倒れた。

 尻に刺しただけなのでまだ死んではいない。

 肉をボロボロにしないように加減したし。


 けど、筋肉はズタズタになっているのでもう歩くことはできないでしょ。


 鼻息荒く怯える鹿に近づき、その首元を爪で切り裂いた。

 血が吹き出し、鹿の首が倒れる。


 ねんがんのしかにくをてにいれたぞ!

 さて、早速食べますか。

 鹿肉っていつぶりだろう?

 ここ1ヶ月くらいは食べてなかった気がする。

 昔の私だと鹿一頭狩るのにも結構手間取ってたし。

 お母さんが動けない時はそんなの相手してる余裕がなかったから、もっぱらイノシシばっかり狩ってたんだよね。


 ガブリ。

 ああ。

 美味しい。

 臭みもないし固くもないし柔らかいし甘い。

 甘い肉って想像できる?

 砂糖みたいな甘さじゃなくて、なんというか、説明は難しい甘さ。

 あっという間に1頭平らげ、残るは2頭。


 流石に3頭は多いかなー。

 残りは窪地に運んでおこう。

 また後で食べたいしね。

 熊が寄ってくるかもしれないけど、まあその時はその時。

 苛立ちを熊にぶつけよう。


 さて、じゃあもう1頭食べようかな。

 と思って口を広げたら、何者かが近づいてくる気配を感じた。


 動物じゃない。

 動物なら逃げるし。

 ならあとの心当たりは謎男しかないけど、あいつが来たら気配なんか感じる間もなく目の前にいる。

 転移までできるみたいだし。


 だとするとあれ誰だろう?

 空を飛んでくるように感じるけど。

 まさか龍?

 なんで?

 今まで来たことがないのに。


 ああさらば鹿肉。

 しばしの辛抱です。

 私も飛び上がり、空中でやってくる何者かを待ち構える。

 それからさほどしないうちにそいつが見えた。


 緑色の羽毛に覆われた胴。

 私みたいな翼膜ではなく羽根が生えた翼。

 頭の上には冠のような羽飾り。


 龍?

 いや鳥みたいな見た目だ。

 だけど、よく見れば鱗が生えているのも見える。

 龍で間違いなさそうだね。


 その龍が私に気づいて止まった。

 あ、いや違うか。

 とっくに私に気づいてただろうし。

 とにかく龍が止まった。


『ああ? んだ? なんでガキがこんなとこにいんだ?』


 チンピラみたいな念話が届いた。

 ええー…チンピラ…チンピラコワイ。

 チンピラ、チンピラかぁ。

 人と話すのが苦手な私でも、特に苦手な部類だ。

 いやチンピラが得意な人って何さ?って話なんだけどさ。


『おいクソガキ、聞いてんのか?』


 チンピラ龍が凄む。

 こわ…私陰キャなんでそういうの無理なんです…。

 こういう場面で喋れる程私肝っ玉強くないんで。

 あ、大体いつも喋れなかったわ!


 フリーズする私に、チンピラ龍は見ればわかる程イラついてきたようだ。


『聞いてんのかつってんだよ。俺の縄張りで、ガキが、なにしてやがんだ?』


 ん?

 待って待って。

 チンピラの縄張り?

 龍が縄張り作るっていうのは初めて聞いたけどさ、この3年ここには私とお母さん以外の龍はいなかった。

 それならここはお母さんの縄張りじゃないの?


『森はお母さんの縄張り。帰って』


 いくら怖くてもこれだけは言わなくては。

 お母さんは死んだけど、ここは3年間過ごした、いわば家みたいな場所だ。

 その我が家にいきなり他人がやってきて我が物顔で振舞うのは納得いかない。


『てめぇあのババアのガキか? 知ってんだよあのババア死んだんだろ』


 ブチッ。

 ババア?

 今お母さんのことババアって言ったね?

 はいギルティ。

 確かに歳は2000超えてたけど、それでも若々しさを保ってたぞ!

 あれは賢者とか長老と言うべきだ!


 怒った。

 このチンピラ絶対許さん。

 ていうか考えてみれば逃がす必要なくね?

 どうしようもない実力差は感じないし、何より殺せばスッキリしてハッピー、龍玉を手に入れてハッピー。

 いい事ずくめじゃん?


『ここは元々俺の縄張りだ。あのババアがいきなりきて奪いやがったんだよ』


 うっ。

 お母さんそんな事やってたの?

 やだお茶目…。

 親の若い頃のやんちゃを聞いた気分。

 でもそれってさ。


『あなたが弱いからじゃないの?』


 つまりそういう事だよね。

 弱いから自分の縄張りを守れず泣く泣く逃げ出した。


 龍が誇り高いとは言え、私は無謀な戦いを挑むよりは自分の命を守った方がいいと思っている。

 でもそれは私が元人間で、未だ人間としての考え方を捨て切ってはいないから。


 根っからの龍なら、お母さんみたいに戦うべきなんじゃなかったの?


『…てめぇみてぇなガキに舐めた口利かれんのすげぇムカつくんだよな』


 チンピラの声が怒りのせいか震えてる。

 なんだ?

 図星突かれてキレたか?

 言っとくけど、怒った私は結構無敵だぜ?

 精神的にだけどな?


『ならてめぇ殺して奪っても文句は言わねぇよなぁ?』


 チンピラが風を纏う。

 まるで台風のようだ。

 巻き込まれた木の葉が風の暴力に揉まれ千切れて細切れになる。


 風を纏う龍。

 お母さんは光龍って言われてたし、チンピラは風龍ってところかな。

 なるほど、緑なのが納得だ。


 でなんだっけ?

 私を殺す?


『できるの?』


 あ、チンピラキレた。


『ぶち殺してやるクソガキがぁぁ!』


 上等だ相手してやんよ!

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