6.萎んだ

 ただ今、私はなんの意味もなく森の上を飛び回っている。

 いやないことも無いかな。

 右手が無くなって飛ぶ時にバランスが取りづらくなったので、その修正がてらあっちこっちに飛び回っている。

 森を出た時に監視塔的な何かはぶっ飛ばしたのでなんの問題も無し。


 よってフリーダムなフライを楽しんでいた。

 嘘ついた。

 やっぱ楽しくないわ。

 魔力暴走しそう。


 私が飛び回っているのには実はもうひとつ理由がある。

 それは魔法の練習。


 前にも言ったが、龍は飛ぶ時に魔法の補助を行って飛んでいる。

 つまり飛んでいる最中は常時魔法を発動させているという訳だ。

 その状態で魔法を使ったらどうなるのかなーとか出来心で試してみたら、飛ぶための魔法も発動させようとした魔法も両方乱れて危うく墜落しかけた。


 やばい。

 マジやばい。

 飛んでる最中は実質魔法封じとか不安過ぎる。

 という訳で練習中です。


 飛びながら、あの謎男に教えられた空間魔法を構築し、あっちこっちの空間を指定しまくる。

 この魔法のいい所は、指定するだけであって発動させても何の実害が無いところだ。

 下手に攻撃的な魔法を撃ったりしたらとんでもないことになるのでありがたい。

 実用性を考えたらそっちの方がいいんだろうけど、謎男に脅されたからなー。

 バラバラになるとか怖すぎる。

 そんな訳で空間魔法の練習にもなるし、まさに一石二鳥。


 あ、そう言えば私回復魔法って使えないのかな。

 謎男曰く私ってお母さんの力を受け継いでるらしいし、お母さんは使えてたから使えると思うんだよね。

 もしかしたら使えないかもしれないけど、それは考えない方向で。

 空間魔法は一旦やめてそっち使ってみよ。

 腕が生えたら儲けものだしね。


 …。

 ……。

 ………。

 うん、無理。

 そんな気はしてたわ。

 結果はなんかちょっと元気出たくらいで終わった。


 えー…もしかして私このまま一生腕無し?

 困るー…私右利きなんだよなぁ…。

 そうでなくても体の一部がないって凄く不安になるんだよね。

 はあ、マジかー。


 あのイケおじギルティですわ。

 もう絶対許さん。

 元々許す気無かったけど。


 イケおじへの恨みが止まらん。

 そう言えば人化した時も思いっきり首絞められたなぁ。

 あれは死ぬかと思った。

 咄嗟に龍に戻ったから逃げられたけど、あのままだったら間違いなく死んでた。


 私イケおじに2回殺されかけとるやんけ。

 うわイケおじぶっころ。

 覚えてろ〜。


 と三下の真似をしていたら思った。

 私の人化した時の見た目ってどんな感じなんだろ?


 いや私基本龍よ?

 必要に迫られない限り人化はしないスタイルで行くつもりだけど、そこはほら、やっぱり気になるってもんじゃん?

 元人間としてね?

 よし、思い立ったら即☆実行。


 鏡なんてあるはずもないから川でいいか。

 そんなに遠くもないし。


 体を川の方へ向け、加速する。

 あーあと本気で飛んだらどのくらい速いのかも知っときたいなー。

 急激に成長したせいで、私は私の限界をイマイチ理解していない。

 どのくらい速く飛べるのか、走れるのか、力があるのか。

 知っとかないとそのうち酷い目に遭いそうだ。

 それも後で確かめておこう。


 っと、到着。

 川原に着地し、人化する。

 思いのほか滑らかに人化できた。

 街でした時はなんか無駄に演出に凝ってたけど、今はそうでもないみたい。

 多分プリティでキュアキュアな変身シーンみたいな初回限定みたいなもんでしょう。

 ムーン〇リズムパワー! メイクアップ!

 絶対違う。

 そもそもこれプリティでキュアキュアな方じゃない。

 原因はわからないけどそういうものとして受け入れた方が良さそうだね。


 よし、じゃあ早速確認しよう。

 川を覗き込む。


 うわなにこの美少女。

 見た目年齢は15か16くらい?

 とんでもない美少女だね。

 当たり前だけど、前世の私の面影は欠片も無い。


 うーん、ここまで違ってくるか。

 前世での私は、贔屓目に見ても普通くらいだったと思う。

 主観だけど。

 それが今世は絶世の美少女と言っても過言ではないレベルだ。

 本当に私なのか信じられない。

 実際自分の顔を見てて違和感バリバリ。

 慣れるしかないよねー。


 髪は前世と同じで色は黒。

 長さは腰まである。

 サラサラしてて手で梳いてみても引っかかるところはない。


 私今世だとこんなに美少女なのかー。

 うへへ。

 ちょっと嬉しいね。

 人と関わる気は無いけど、やっぱり悪い気はしない。


 今度は全身を写してみる。

 ふむ。

 スラリとした手足。

 全体的に細身な体。

 身長は普通くらい。

 体付きも美少女ときた。


 ん?あれ?でもなんか違和感が…あ!?

 萎んでる!

 ギャー萎んでる!

 前世より小さい!

 どこがって?

 胸が!

 私の唯一の取り柄と言ってもよかったのに!

 それが萎んでるだと!?

 それは私であるのか!?

 私だな!


 オウジーザス。

 なんてこった。


 いいし。

 他のところでカバーするからいいし。

 むしろそっちメインだし。

 清楚路線で行けば余裕だし。


 なに?

 中身が清楚じゃない?

 清廉潔白を地で行く私が清楚じゃないってちょっとわからないですね。


 ガサッと。

 背後で物音。


 振り返ることすらせず咄嗟に飛び退く。

 すると、私がいた場所に4メートルはありそうな熊がタックルしてきた。

 どうやら人化してる私を見て襲いかかってきたらしい。


「グァァァァッ!」


 避けられたことを気にせず後ろ足で立ち上がって威嚇する熊。


 熊かー。

 熊ね。

 実は熊、あんまり美味しくない。

 いや食べられないこともないんだけどイノシシには劣る。

 なんというか、臭みが強いんだよね。

 筋張ってるし。

 一番美味しいのは鹿。

 断然鹿。

 鹿先輩は最高のお肉。

 牛肉が霞んで見えるぜ。


 で、これ戦うの?

 殺しちゃったら食べるしかないしなー。

 お母さんも狩った獲物は食べるのが自然の掟って言ってたし。


 人間?

 あれはノーカン。

 あれは狩りでもなんでもないただの殺戮でしょ。

 食べてもお腹膨れなさそうだし食べる意味もない。


 そんな私の思いとは裏腹に、熊はやる気まんまんといった様子。

 長い爪の生えた丸太みたいな腕を振り回した。

 それを見極めてぎりぎりで回避する。


 人化してると結構すばしっこいね。

 あと動体視力とかも前世とは比べものにならない。


 君の全力はその程度かね?ハエが止まりそうだ。


 とか序盤だけめっちゃ強い敵キャラ風なことを言ってみる。

 これ言うやつは大概修行した主人公に負けるのでアウト。


 よし、じゃあ次は力の方だ。

 熊の大振りな一撃を避け、隙を作り出す

 それを蹴り飛ばすつもりで思いっきり足を振った。

 と思ったら、熊にぶつかって止まった。

 熊の方はちょっとたたらを踏んだくらいで済んでいる。


 痛った!?

 え、まさかの力はそうでもないパターン?

 あんな簡単に避けられるなら普通力も強いパターンでしょ!?


 動きが止まった私に熊が裏拳を振ってきたので跳んで回避。


 待って待って、じゃあ翼腕は?

 人化してる時の翼腕も弱いの?


 という訳で翼を生やす。

 今度も熊の攻撃を避け続け、隙ができた所で翼腕で隙だらけの腹を殴る。

 次はもし予想より弱くても動きが止まらないように 軽めに。


 メギッって嫌な音がして熊が動きを止めた。

 翼腕は大丈夫みたい。

 良かった。

 翼腕もダメだったら人化した私の攻撃手段魔法だけになるところだった。

 まあ魔法も結構強いからそうそう負けないとは思うけどね。


 腹を殴られた熊が、よろよろとよろけたと思ったら地響きを立てながら倒れた。

 倒しちゃった。

 なんか良くない内臓でも潰したらしい。

 これ食べないとダメ?

 ダメだよね。

 美味しくないんだけどなー。


 まあ人化してる私のスペックも確認できたし結果オーライ。

 そのお礼に綺麗に食べてあげましょう。


 で、結論。

 うわ私の物理低すぎ…?

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