5.テレテテン♪ 龍玉を入手しました

負けた。

 いやーあっはっは。

 ものの見事にボコボコにされたわ。

 現在私は元いた森に戻っている。

 お母さんの死体は洞穴の崖下の地面に埋葬し、私は森の中のちょっとした窪地で身体を休めていた。


 てか復讐に必死になるのとか私らしくないね。

 根がお気楽なんだからもっと緩く行かないと絶対持たない。

 かと言って止める気もないけど。


 さて、ここまで私が急成長したのには理由がある。

 私はお母さんの死体を見たあと、急に成長する必要に迫られた。

 お母さんを殺したヤツらを殺すために。


 で、その方法なんだけど、それがまずった。

 いやそれしかなかったってのはあるんだけど、それにしたってあれがそんなにやばいとか聞いてない。


 お母さんが一度だけ教えてくれた魔力の吸収による急成長。

 私は咄嗟にそれを選んだのだ。

 使った魔力はその場に残っていたお母さんの魔力。

 お母さんの忠告が頭をよぎったけど、それを無視しての強行だった。


 それで、他人の魔力を無理に吸収した結果か、私は狂った。

 比喩でもなんでもなく本当に狂った。

 そしてその時の記憶が未だにあったりする。

 思い返すと、なんだあの情緒不安定龍は?って気持ちになるね。


 尊大な口調だったり、かと思えば素に戻って、街を襲撃した時は何ともしおらしい傷心の乙女風。

 と思ったらいきなり発狂。


 誰あれ。

 うわー私ってあんなにすらすら喋れるんだね!

 驚きだね!


 …ないわー。

 今はイケおじにボコボコにされたから正気に戻ったけど、あのままだったらと思うと恐ろしい。


 そう、あのイケおじ。

 多分ギルドマスターかなんかだと思う。

 なんか質実剛健かつ品は失っていない、実にいい部屋にいた。

 お母さんを殺したヤツがギルドとか何とか言ってたし、多分そうだろうね。


 あれは本気でやばかった。

 特にあの剣。

 絶対龍特攻的なの付いてる。

 じゃなかったら森にいたやつの仰々しい剣すら弾いた私の鱗が、何も無いみたいに斬られるはずがない。

 おかげで右腕無くなったわ。


 何あのドラゴンキラー。

 もしかしたら錬金釜でれんきんしてドラゴンスレイヤーにまでなってるかもしれない。

 ちょうど赤かったし多分そう。

 あと盾。

 魔力を吸収してそれなりに魔法には自信があったけど、それすら魔力が霧散して掻き消えた。


 ならば近接戦だとばかりに翼腕で殴りかかればそこはあの龍特攻の範囲内。

 それ以前に、華麗に避けられてそもそもこっちの攻撃が当たらない。


 こっちの攻撃は当たらないのにあっちの攻撃は致命傷とか何その無理ゲー。

 負けイベントですか?

 魔力を吸収してできるようになった人化までして潜り込んたのに、素手でタコ殴りにされる始末。


 無理だわ。

 勝てない。

 少なくとも今の私では。


 勝てないことは殺すことを諦める理由にはならない。

 あのイケおじは必ず殺す。

 あいつだけではない。

 お母さんを殺した原因を作ったやつは全員だ。


 その為には強くならないといけないんだけど、現在その方法に頭を悩ませている。


 どうする?

 魔法の練習?

 無理魔法の原理とか知らん。

 成長したおかげで使うこと自体はできるし、吸収し過ぎだ魔力を使って強引に威力を上げることは出来るけど、そこから修行となると難しい。


 ていうか、そもそもあの盾あったら魔法意味無いじゃん。


 そうなると戦術か?

 戦い方の研究をするか。

 そう、例えば肉弾戦に魔法を織り交ぜるとか。

 あの盾を弾いて隙だらけになったところに魔法ブッパ。


 うん、行けそうな気がする。

 そうなると至近距離であの剣に注意を払いつつ、魔法を構築してそれを放つ技術が必要になる。


 うわ厳しそう。

 だけど無理ではない。

 つまり構築だの何だの考えること無く、使いたいと思ったタイミングで使えるようになればいいんだ。

 よしよし、ひとまずそれを目標にしよう。


 よーし、やる事は決まった!

 早速練習だ!


 と意気込んで立ち上がったら、窪地の端っこから人がこちらを見ていた。

 黒い服に身を包んだ、悪戯好きそうな顔の男。


 人!?

 なんで!?

 全然気づかなかった。


 とりあえず槍の闇魔法を構築、発射する。

 遅いね。

 やっぱり構築のプロセスを無くさないと。


 だが、そんな魔法でも人を殺すのには十分な威力なのは確かめられている。


 その黒い槍が不審者に直撃しようと…。

 した瞬間、その人物が魔法をぶん殴った。

 それで形が崩れ、魔法が霧散して消える。


 え…?

 魔法殴んの…?

 てかそんな簡単に消えるものなの?


 なわけない。

 魔法を物理で破壊するとか、多分私でもできない。

 となると、あれは尋常ならざる人物という事になる。

 恐らくは、あのイケおじよりも格上の。


「いきなり魔法で攻撃とか、物騒だね、君」


 シャベッタァ!?

 その事実にピキっと固まる。


 無理。

 喋る知能がなければ頑張れば逃げられたかもしれないけど、人並みに知能が回ったら無理。

 逃げられない。

 それほどこの男とは力の差がありすぎる。


「まあまあ、そんなに怖がらないでよ。今日はちょっとした贈り物を届けに来ただけなんだからさ」


 嘘くさ!

 胡散くせー。

 なんで見知らぬ人からの贈り物を受け取るのさ?

 私知ってるよ?

 それで拒否しなかったら了承したと見なしてお金請求するやつでしょ?

 信用できるか!


「そう言えば君名前は? 1回も名乗ってないよね?」


 名前を聞く時は自分から名乗れ!

 話はそれからだ!


 その意図が伝わったのか、顎に手を当てていた男がぽんと手を打った。

 なんか腹立つ動きだな。


「ああ、うん、僕の名前ね。名前は無いよ。ただの悪戯好きな道化師さ」


 はい?

 あの、なんて言うか…ちょっと痛い人かな?

 いや私も黒い龍なんだし人のこと言えないけどさ、これはいつの間にかこうなってたんだし不可抗力でしょ。


 この男自分から言ってるよ?


「ていうか君喋れるよね。一方的に喋ってると悲しくなってくるんだけど」


 ギクギクッ。


 うん、まぁ喋れますよ?

 ええ、やろうと思えばそれはもう流暢に喋れますとも。

 ちょっとその準備に多大なる時間がかかるだけで。


「よし、決めた。君が喋るまで僕もなにも喋らない」


 えー、マジでー…?

 何日かかるかな…?


 あ、別に私喋らなくてもいいじゃん。

 あっちが喋らないなら私も喋らなくていいよね。

 じゃ。

 達者での。


 心の中で別れを告げて踵を返した瞬間、ぽんと頭に手を乗せられる感覚。

 目の前にあの男がいた。

 目が合うとニコリと微笑まれた。


 ひ、ひぇーっ。

 怖っ。

 何これ怖っ。

 絶対逃がす気ないじゃん。

 マジで私喋るまで逃がさない気?


 よ、よーし、それなら喋るぞ。

 ええ喋ってやりますとも。

 ちょっと待ってね。

 深呼吸するから。

 スー、ハー、スー、ハー。

 よし行くぞ!

 いや待て待てやっぱりあと10秒数えてからにしよう。

 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10。

 あ、私の名前って前世の名前言った方がいいかな?

 うーん、それは違うか。

 けどこっちの世界の名前ってないんだよね。

 お母さんに付けてもらってないし。

 じゃあ名前無しってことで。

 いざ!


『名無し』


 喋った!

 やった!

 やったよ私!

 わーいわーい!


「君も名前無いの? じゃあ僕が付けてあげようか?」


 おおーい即座に返すな!

 こちとら準備が必要だってのに!


『いい』


 もういいか?

 いいよね?

 私は行くぞ?


「ふーん。まあいいや。じゃあ名無しの娘、君にこれを上げよう」


 今度こそと踵を返した私の目の前に、なんか赤く光る水晶玉みたいなのが落ちてきた。

 なにこれ?

 匂いを嗅ぐと、なんか燃えてるみたいな匂いがする。


「それは龍玉。龍が積み重ねた経験や魔力が龍玉の体内で結晶化したもの」


  へーそんなのがあるんだーっておい!?

 それつまりこいつ龍殺してるよね?

 いや私とは無関係なんだから別にいいけどさ。


 それはいいんだけど、まさか私殺したりはしないよね?


「ん? ああそれ若い赤龍の龍玉だからね。赤龍はほとんど僕の分身みたいな物だしなんの問題もないよ」


 なんか聞き捨てならない事が聞こえたんだけど。

 なに、赤龍が分身って。

 どういうこと?


「不思議そうだね。まあ今は答える気はないかな。それよりも龍玉それ食べて」


 は?

 なに?

 食べる?

 こんな見るからに硬そうなものを?

 無理じゃね?


「あれ? 教わってない?」


 なにを?

 そもそも龍玉って存在自体初耳ですが何か?


「そっかー。本当に教えるべきこと教えてないな。分からなくはないけどさ」


 なんかこの男ブツブツ呟いてる。

 お母さんの事かな?

 教えるべきことってなんだろ?


「まあいいや。じゃあ代わりに教えてあげよう」


 何のことだか分からないけどお願いします。


「龍が強くなる方法があるのは知ってるね。一つは君もやった空気中に残った魔力を吸収する方法。やろうと思えば何の危険もなく成長する事自体はできる。した後が問題なんだけど、その魔力の持ち主に感情が引っ張られる。覚えあるんじゃない?」


 んー、あーあの暴走の事かな?

 暴走っていうか狂化というか。

 バーサクタイムだね。


 ということはあの堪えようのない復讐心はお母さんのものってこと?

 にわかには信じ難い。

 だってあのお母さんだし。


「あとこれは生涯で一度しかできない。二度目にチャレンジした龍もいたけど、まー大概碌な目に遭わない。良くても完全に狂うし、ほとんどは体破裂して死ぬ」


 こっわ。

 何それこっわ。

 私結構重大な選択してた?

 もう絶対にやらんわ。


「それに加えて急激な変化のせいで寿命が縮む。元々無限に近い龍の命が、大体500年くらいまで縮むかな」


 お母さん曰く、龍として一人前になるのが1000年だったかな。

 そう考えるとまんま半人前のまま死ぬんだね。

 他の龍とは違って超強化はされてるんだろうけど、普通なら割に合わない。

 私的に言えば500年生きれば十分だけどね。


「で、2つ目。それがその龍玉の魔力を吸収する事。空気中に散らばっている魔力とは違って、龍玉に蓄えられた魔力は綺麗に整理された魔力。吸収しても大したデメリットはない。むしろ一つ目の条件で短くなった寿命を若干伸ばす効果まである」


 へー。

 そうなのか。

 それだけ聞くとなー。

 お得に聞こえるんだけどなー。

 でも(代償が)お高いんでしょう?


「もちろん、龍玉は龍の体内にあるんだから、龍を殺す必要がある。より強い魔力を求めるなら強力な龍を殺す必要があるけど、その分命の危険を伴う。普通の龍ならまずしないね」


 だろうね。

 そもそも誇り高い龍が、同族殺しなんてやるのかが疑問だ。

 それをやるのはよっぽど異常なやつに違いない。

 目の前の男とか。


 てかこいつ龍なの?


「で、それ食べて」


 だが断る。

 その説明聞いて尚更嫌になったわ。

 なんで他の龍の体内に入ってたもん食べなきゃならないの。

 寿命が伸びるって言うけど、500年もしたらお母さんを殺したヤツらの関係者は寿命で死んでるだろうしなー。

 そこまで魅力的でもない。


「いいのかな?」


 …何さ?

 その言い方すごい嫌なんだけど。


「今の君、はっきり言っちゃうとそれ以上伸び代ないよ。魔力の吸収自体、龍としてのポテンシャルを最大限伸ばす為のものなんだから。小手先の技術は伸びるかもしれないけど、大きな進歩はないよ。あの龍殺しを殺すには足りないんじゃないかな」


 …なんで知ってる?

 あの場にいた?

 いや、あれからさほど時間も経っていない。

 いくらこいつがとんでもないからって、飛んだ私に追いつけるとは思えない。


 そもそも、私が復讐をしようとしていることをなぜ知ってる?

 やっぱり怪しすぎる。


『何者?』

「ただの悪戯好きな道化師だってば。それで? どうするの?」


 はあ。

 この男、信用には足らないけど言ってる事は正しい気がする。

 なんというか、龍の本能というか。

 それが正しいと言っている。


 こいつは信じないけど、私自身を信じよう。


 腹を括って地面に落ちている龍玉を口で拾う。

 それを上に投げ、落ちてきたところを丸呑みにした。


 お?おお?

 その瞬間、感じる魔力。

 熱い。

 お腹が熱い。

 けど、不快ではない。

 確実自分の力になっていると感じられる。


 あれ?

 これだけ?

 なんか、もっと強くなったぞー!って感じがするのかと思ったけど、そうでもない。

 ちょっと強くなったかな?って感じ。


「いや贈り物の為にそんな危険冒す訳ないでしょ。それまだ若くて弱い部類の赤龍だからそんなに力はないよ」


 んな!?

 そう言えば若い赤龍のって言ってたけどさー。

 話の流れ的に超強化フラグかと思うでしょ?

 違うのかー。

 そうかー。

 なんか腹立つわ。


「あと、餞別代わりに空間魔法の使い方も教えといてあげるよ。ほら、真似して」


 そう言うと男が魔法の構築を始めた。


 こいつ、何でもないみたいに真似してって言ったけど、私集中しないと魔力って見えないからな?

 分かってやってるのか?

 男がどんどん魔法を構築していくので慌ててそれをなぞる。


 完成した魔法は、空間を指定する魔法だった。

 なにこれ。


「それ練習しといてね。転移とか空間の中に物を入れる時にそれ使わないと指定できなくてバラバラになるから」


 なんかサラッと恐ろしいこと言われた気がする。

 バラバラになるって体とかじゃないよね?

 場所がって事だよね?


「体が」


 アッハイ。

 付け足さなくて結構です…。

 死ぬ気で練習しておこ。

 転移とか便利そうだし。


「それじゃ、僕はそろそろ行くかな。長居して目をつけられてもあれだし」


 何から?とは聞けなかった。

 そもそもそんな咄嗟に喋れないし。


「あ、君が吸収して使えるようになった力、それほとんどは君の親の力だよ」


 力…人化とか魔法とかの事かな?


「光龍が似たような事をしているのを見た事ある。一時期お気に入りだったし間違いない」


 そっか。

 これお母さんの力か。

 そうなんだ。

 なんか、なんというか、なんだろう、ちょっとしんみりした。

 お母さんの力かー。


「じゃ、本当にそろそろ行こうかな。じゃまた来るね」


 うるせえお前は二度と来んな!

 ばーかばーか!

 でも色々教えてくれたことは感謝してやらないこともないぞ!


 私の心の中の罵倒は知らずに、男が空間の亀裂の中に消えていった。

 あれが空間魔法の転移かな。

 何の音も気配もしなかった。

 多分初めもあんなふうにして現れたんだろうな。


 はーやだやだ。

 ゆくゆくは自分の周りの空間固定とかしてあいつ来るの阻止したい。

 そう思うくらいにはあの男は胡散臭かった。


 それにしても、私はここが限界。

 強くなるには龍玉を飲み込む。

 そのためには他の龍を殺す。


 まあ仕方ないか。

 お母さんの敵を討つためだ。


 お母さんはそんな事を望んでないとか、そういうことは考えない。

 復讐は私がしたいからやるのだ。

 そういう意味で言えば私のやっていることはエゴだ。


 だがそれがなんだ。

 エゴで結構。

 私は私のやりたいようにやる。

 そういうスタンスは前世から変わらない。


 まあ今は他の龍の居場所なんか分からないし、魔法の練習をするしかないかな。

 ひとまずは空間魔法を無意識の内に使えるようになるまで特訓しよう。

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