災厄の誕生①

 俺は必死になって森の中を走っていた。

 突き出た木の根を飛び越え、枝を潜り、時折遭遇する魔物には目くらましに魔法をぶつけて全力で走り抜ける。


「く、クルスさん! 私も走れます!」

「ミリアが走るよりこの方が速い! 大人しくしててくれ!」

「でも……きゃっ!」


 抱えているミリアが、着地した衝撃に短く悲鳴を上げた。

 回復魔法特化のミリアじゃ、申し訳ないが全力で走る俺達に着いてこられない。

 それは攻撃魔法特化に特化してるレーナも同じだが、そっちはギークが担いでいるので問題なし。


「ギーク! そっちは大丈夫か!?」

「なんか知らんがレーナがブツブツ言ってて気持ち悪ぃ!」

「大丈夫そうだな!」


 レーナの奇行は大体いつも通りなので放置して大丈夫。

 とにかく今は逃げることだけを考えて走る。

 あの光龍とやり合って、すぐにその幼龍とやり合う?

 とてもじゃないが勘弁してほしい。

 レーナもミリアもほとんど魔力を使い果たしてるのだ。

 かくいう俺だってもうほとんど残っていない。

 今やりあえば、確実にやられる。

 だから今は逃げるしかなかった。


 それからどれくらい走ったのか、とにかくほとんど意識も飛かけるくらい走り続けて、ようやく俺達は足を止めた。


「はぁ、はぁ、はぁ」

「あー、くそっ。下手すりゃアーレイ戦より疲れたんじゃねぇか?」

「違いないな」


 ギークのボヤきに冗談交じりに返す。

 実際ただ戦うのとは別種の疲れが体中に広がっていた。


「下手すりゃ死ぬような戦いのあとにこれだもんな」


 俺の言葉に今度はギークが頷いた。

 ちなみに動けない俺たちに変わって、レーナとミリアは焚き火用の枝を集めに行っている。

 この森は強力な魔物の宝庫だが、あの2人なら大概大丈夫だろう。

 俺達を追いかけているだろう幼龍は心配にはなるけど、この広い森で出くわすとは考えにくい。

 俺達を探しているにしてもだ。


「ま、この森から逃げ切れれば俺達は龍殺しの英雄だな」


 そう、俺達は昼間、遂に数千年前から存在する伝説の光龍アーレイを討伐した。

 近距離ではミリアや俺の障壁魔法をものともしない腕力、遠距離では一撃が即死級の光魔法。

 それに加えてブレスによる広範囲攻撃や回復魔法など、一体で何でもできる究極の龍だった。

 洞穴という崩落の危険があり、人に比べて大きい龍が自由に動けない環境を生かして、全員が全力を出してようやく討伐に託けたという感じだ。

 当然消耗も大きく、回復薬も底を尽きている。

 まさしく死闘だったというわけだ。


「龍殺しの英雄か。俺らも伝説の仲間入りだな」

「誇らしいような、恥ずかしいような」

「いいじゃねぇか。後世のガキ共は俺たちのおとぎ話を聞いて育つんだぜ?」

「うわ、今ので恥ずかしさが勝った」

「相変わらず気の小せぇやつだなあ。胸張ってりゃいいんだよ」


 ギークが大の字になったまま笑う。

 なんだかおかしくなって、俺も一緒になって笑った。

 そうか。そうだな。

 俺達は今まで誰もできなかったことをやったんだよな。


「ただいま戻りました…ってどうかしたんですか?」

「いや、くくく、何でもない。気にするな」


 帰ってくるなり笑って出迎えた俺達を不思議がってミリアが首を傾げる。

 その肩に手を当て、レーナが首を振った。


「男連中は頭空っぽなのよ。まったく、幼龍に追われてるってのに気楽なんだから」


 白い鱗、腕の様な翼、四足で佇むその姿。

 報告にもあった幼龍の子供だ。

 詳細は分からないが、場合によっては光龍よりも注意すべしとなっていた。

 その辺り何度も確認を取ったのだが詳細は伏す、と返されまともに話してもらえなかった。

 それでも、龍を討伐するという誘惑に負け依頼を受けてしまったのだが。


「ある程度回復すれば幼龍くらいにゃ負けねぇだろうよ。少なくとも、アーレイよりかは確実に楽だぜ」


 ギークの言葉に笑って頷く。

 あの光龍アーレイすら下したのだ。

 今更幼龍相手に遅れをとるようなメンバーではない。

 撤退したのも疲労が限界だった為。

 しっかり休めば負けることはないだろう。

 とはいえ、あの依頼書の事もある。

 あまり気を抜きすぎるのもよくないか。


「ま、レーナの言うことも一理あるな。今はとにかく体を休めよう」


 そう言って、荷物から火打石を取り出す。

 いつもならレーナが魔法で火を起こすのだが、その魔力すら今は惜しい。

 なるべく温存してもらおう。


 カチッと打ち鳴らして藁束に火をつける。

 それを焚き木の下において軽く煽れば簡単に火がつく。

 冒険を始めたばかりの頃は火を起こすのにも時間もかけていたが、今では慣れたものだ。

 焚き火の上に携帯用の鍋掛けを立て、鍋に飲水を張って湯を沸かす。

 その間にミリア達はあらかたの食材の準備を終えていた。

 と言っても、干し肉などの保存食とさっき取ってきたであろうキノコなどしかないのだが。


 ちなみにギークは料理はからっきしなので隅の方でぼーっとしている。

 まあ、俺も大して変わらないんだけどな。


「そろそろ俺たちも一通りできるようになった方がいいかもな」

「そりゃなんで?」


 ぽつりとらしくもないことを言うギークに質問で返しつつ、隣に腰を下ろす。

 俺の質問に、ギークはしばらく経ってから答えた。


「もう龍を討伐したんだぜ? ある意味冒険者としての目的を達成したようなもんだ。金、名声。ここまで来たらなんでもできる。わざわざ冒険者なんて危険なことやる必要もないだろ」


 そう言われて、俺も考えてみる。

 一理はある。

 そもそも俺が冒険者を始めたのなんて、恥ずかしい話だけど半分くらいは名声の為だ。

 確かにこれ以上冒険者を続ける意味は無いかもしれない。


「じゃあ、たとえば冒険者をやめたとして、お前は何するんだ?」

「ん? んー……レーナでも誘って孤児院を開く、とかな」

「孤児院?」

「糞の掃きだめで死ぬガキが多すぎるんだ、この国は。残飯が見つかれば儲けもの、それがカビてないパンなら一欠片でもご馳走。どうせ報奨金は使い切れない額貰えるだろうし、それなら少しでも同じ目に遭う奴は少ない方がいい」


 俺はギークの言葉を神妙な面持ちで話を聞いていた。

 ギークもレーナも、元は貧民街の住人だったはずだ。

 二人とも、俺やミリアとは比べ物にならない程凄惨な過去を背負っている。


「いいな、それ。そしたら俺も出資してやろうか?」

「は? 二人分あれば足りるだろ」

「いいからいいから」


 無理矢理押し切ろうとするが、その辺り義理堅いギークは首を縦に振ろうとしない。

 いいだろう。

 それなら、俺にも考えがある。


「全部終わって、それではいさよならとか寂しいだろ。ちょっとは関わらせてくれ」


 そう言ったら、ギークは嫌そうな顔をしてきた。


「なんだその顔」

「よく恥ずかし気もなく言えるなお前……つーか、わざわざそんなことしなくてもどうせあの町にいるだろ」

「まあそうだけどさ。別にいいだろ?」

「勝手にしろ。後悔しても俺は知らないからな」

「そしたらまた冒険者でもやって稼ぐさ」


 にやにやと笑いながら言ってやったら、ギークは反対を向いてしまった。

 ま、それでもまんざらでもないからこういう反応が出るんだよ。

 そういう奴だからな。


「なになにー、なんの話?」

「これから式典とか大変だな、って話だよ。あっちこっち駆り出されるぞ」


 そんなことを話してたら、調理が終わったミリアとレーナが器を手渡してきた。

 それを礼を言いつつ受け取る。


「全部終わるまで、どのくらいかかるんでしょうね」

「移動含めて半年はかかるんじゃないか? そう考えると長いな」

「あ、そういえばちょっと前に仕入れて来たんだけどさー」


 仲間たちと、他愛もない会話を交わしつつ食事を摂る。

 いつも通り、至って普通の光景だ。

 だが、嫌な胸騒ぎがする


 一度辺りを見回してみる。

 幼龍ほどの大きさなら気配もなく近寄れるはずがない。

 野生動物も火を恐れて近寄ってはこない。


 気のせい……か?


「どうした?」

「なんか胸騒ぎがしてな……」

「幼龍ですか? 私はなにも感じませんけど……」

「いや、見えたって訳じゃないし気のせい、かもしれない」


 そうは言ったものの、この違和感は拭いきれない。

 その時、夜の音に紛れて微かに空気を切るような音が紛れて聞こえてきた。

 これは……まさか!


「上だ! 退避!」


 叫ぶと同時にミリアを抱えて横に跳び退く。

 こういう時、疑問を挟まず対応してくれる仲間というのは助かる。

 ギークもレーナを抱えて反対側に跳んでいた。

 追撃が来る前に慌てて起き上がり、剣を抜きつつ向こう側のギークたちの安否を確認する。


「ギーク! そっちは大丈夫か!」

「死ぬと思うか!」

「思った!」


 軽口で返しつつも相手の様子を伺うのは忘れない。

 ミリアの手を引きつつ黒色の襲撃者の後ろに走って回り込む。


「黒龍……? こんなところに……?」


 この森に光龍とその子以外の龍がいるという情報はなかった。

 それは間違いない。

 けど、だとしたらこの黒龍はどこから来たんだ?


「クルス! なんだこいつ!?」

「分からない。こんなのがいるなんて情報は無かった」

「だよなクソが」


 ギークがガリガリと頭を掻き毟る。

 俺が知らないのは承知の上で聞いたんだろう。

 思わず聞いてしまったって感じだ。


「た、戦いますか?」

「いや、今成龍を相手にする余裕はない。俺が殿、ギークが先行して露払いを頼む」

「さっきあっちの方に太い木が集まってる場所があったよ。あの大きさなら入れないはず」

「一先ずそこに避難か。案内頼む」


 武器を抜きつつ言葉を交わす俺たちに黒龍が振り返った。

 夜闇を思わせる漆黒の鱗、腕のようにも見える異質な翼。

 そして、その中でも目を引くのは、夜空に浮かぶ月を思わせる黄色い瞳。

 憎悪に染まっていた。

 狂気に濁っていた。

 怒りに満ちた目が、俺たちを刺すように睨みつけていた。

 強い感情の波に飲まれ、目を離すことができず思わず動きを止めてしまう。

 そんな俺たちを意に介さず、黒龍は大きく息を吸った。


「ギィヤァァアアァァァァァア!!!!!!!!!」


 咆哮がビリビリと痛みを感じるほどの音圧を持って叩きつけられる。

 その声は、どこか悲しみに満ちているようにも聞こえた。

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