4.音を立てて崩れる日常

あれから3年の月日が流れた。


 まあぶっちゃけそんなに変わらないね。

 相変わらず洞穴でお母さんと2人で暮らしてる。

 そう、私はマイマザーをお母さんと呼ぶことにした。


 私を産んで、食べ物を与えて、無償の愛を与えてくれる人をお母さんと呼ばずしてなんと呼ぶ?

 龍だけど。

 正直なところ、前世の母親よりもこっちのお母さんの方がお母さんお母さんしてくれている。

 そりゃ靡かずにはいられないでしょうよー。

 ちなみにお母さんに名前はない。

 昔はあったらしいけど、今は捨てたから名乗る気は無いと。

 他にも人間が勝手に呼んでいる名前もあるらしい。


 ママンもしかして有名龍?

 人間のお膝元で大暴れしちゃった?

 あの人に限ってそれはなさそうだなー。

 優しいし、どこか抜けてる。

 人に手を出すとか考えなさそう。


 そういえば、この世界は剣も魔法もある異世界だった。

 魔法!魔法ですよ!

 お母さんの話を聞く限り、私がイメージしているのとそう大差ない。

 呪文を唱えて魔力を操り、人の手では起こせない奇跡を起こす。

 チャレンジしてみたけどそもそも呪文がわからないのでアウト。

 龍が飛ぶ時も、翼だけでなく魔法の力を借りて飛ぶのだ。

 そりゃあ、この大きさの物が羽ばたいて飛ぶなんてできっこないでしょうけどさー。

 練習だと言っていきなり崖から突き落とすのはやめて欲しい。

 うちの母親は子供の教育に余念がありません。

 娘が死んでも何のその。

 スパルタ過ぎる。

 おかげで飛べるようにはなったんだけどさー。

 流石にあの時は本気で死を覚悟したので1週間くらい無視したら、無視してるこっちが心配になるくらい落ち込んだので仲直りする他なかった。


 他にも、怪我に効く薬草や食欲がない時に噛むといい香草、その他色々な野草の知識も教えてもらった。

 うちのオカンマジ博識。

 何年生きてんの。

 聞いたらあっさり答えてくれた。


『2000から先は数えてないわね』


 なにそれかっけえ。

 本人曰く『だいぶ長く生きた』らしい。

 龍というのは大概ほぼ無限とも言える寿命を持っている。

 が、その大半が戦闘大好きバーサーカーだったり、誇り高すぎて圧倒的に不利な状況でも逃げ出すことを考えずに命を散らすという。

 おかげで今生きている龍のほとんどは1000歳にも達していない未熟な龍だとか。


 いやその基準おかしいでしょ。

 私の基準から言えば、20年生きればそれでもう大人だよ?

 1000生きてようやく1人前とか龍怖すぎ。

 誇り高くなるのも分かるってもんよ。


 あと、数は少ないがそのほかの理由息絶えてしまう龍もいると言う。

 理由は、魔力を取り込むことによる急激な進化。

 龍は辺りの魔力を吸収する事で自分の体を作り変え、短時間で劇的な強化が見込める。

 力を求めた龍が過去に他の龍を殺してその魔力を奪ったこともあるとか。

 同族殺しとかこっわ。

 私に矛先が向かないことを祈るわ。


 まあ、体を作り変えるとはつまり全身バッキバキにされるということで、そりゃあ寿命も縮むわなというのが素直な感想だった。


 ちなみにこの世界の魔力は空気中に充満しているものではなく、生物がそれぞれ生まれ持っているエネルギーの事を言うようだ。

 魔法なり何なりの形で放出されると、しばらく空気中に留まったあと分解されて消えるらしい。

 不思議過ぎる。

 エネルギー保存の法則仕事しろ。


 あと変化と言えば私の体が大きくなったくらい。

 生まれた直後は1メートルなかった体長が、今では尻尾合わせて3メートル弱くらいになりました。

 でけえ。

 この3年でめちゃくちゃ伸びたわ。

 成長期かしら?


 それは置いといて現在、私は森の上を飛んでいます。

 そうです、洞穴から下に見えたあの森です。

 何してるのかって?

 狩りだよ。


 最近お母さんは調子が悪そうにしている。

 聞いても教えてくれないので何とも言えないが、前みたいに私を連れて森を歩くなんてせず一日中洞穴でじっとしている。

 かなり不安だ。

 いくら寿命が無限に近い龍と言えども死ぬときは死ぬだろうし、病気にかかったら私にはなにもできない。

 魔法があるのだから回復魔法みたいなので治せないのか聞いても何も言わずに顔を擦り寄せてきて終わり。

 娘としてはなんの説明もないほうが不安なんだよ?

 多分不安にさせないためなんだろうけど、もし何かあるなら教えてほしい。

 普段ゆるゆるなんだからこんな時に無理してももう遅いって。

 まあ母親の意地みたいなものなんだろうねー。

 娘の私が何言っても無理臭い。

 はあ。


 お、獲物はっけーん。

 いたのは成体のイノシシだ。

 そう言えば私の龍生初の獲物ってイノシシの子供だったけ。

 それが生後二日目の事というね。

 懐かしいなー。


「プギイイイイ!」


 今ではこの通り、上空からの奇襲で終了です。

 私も強くなったもんだね。

 お母さんの教育の賜物か。

 一日五度の礼拝でも捧げるか?

 それで元気になるなら毎日やるよ?

 めっちゃポカーンとされそう。

 それちょっと見てみたい。

 やるか?

 帰ったらやるか。


 あ、あの薬草は。

 前にお母さんに教えてもらったやつだ。

 食欲増進効果があって、私もお世話になったことがある。

 いやほんとに。

 あれ意味わからないくらい効くからね?

 まあ私がお母さんの話を聞いてなかったせいなんだけどな!

 噛んで汁だけ飲んで、葉っぱ自体は吐き出すのが正しい使い方。

 私は丸飲みしました。

 で、飲んだ瞬間、体が熱くなって震えてきたんですね。

 お母さんの腹パンを食らって吐いたから事なきを得たんだけど、あれあのままだったらどうなってんだろう・・・。

 いくらなんでも試そうとは思えないけど。

 お母さんに持っていってあげよう。

 最近食が細くなってるしね。


 そして薬草に手を伸ばした瞬間、世界が揺れた。


 なんだなんだ!?地震か!?

 また凄まじい音がして地面が揺れる。

 だー!何が起きてんの!?

 説明プリーズ!

 あ!てかお母さん洞穴の中じゃん!崩れてないかな?

 ・・・うん、お母さんが落盤程度じゃ死なない気がしてきた。

 あのお母さんだもんなー。

 落盤ふっ飛ばして『やっちゃった』とか言いそう。

 でも、最近調子悪いしだめかな。

 なんにせよ急ごう。





 洞穴から結構離れてたのもあって、帰るのに時間を食ってしまった。

 ここから見る限り入口の崩落はない。

 けど、嫌な胸騒ぎがする。

 朝洞穴を出たとき、入口の地面はあんなにえぐれていたか?

 急げ、急げ。


 私は着地の勢いもそのままに、洞穴の入り口に駆け出す。

 洞穴は入り口から奥まで見えるくらい狭い。

 いつもは窮屈なそれも、今はありがたい。


 入り口に立った私の目が、削れた洞穴の壁を写す。

 それが嫌な予感を加速させた。

 心臓が早鐘のように打つ。

 嘘だ。

 大丈夫に決まってる。

 そんなはずがない。



 洞穴の奥には、無残に切り裂かれ、血にまみれたお母さんの死体があった。


 え?嘘、だよね?なん・・・え?

 理解が追いつかない。

 私が啞然としている間に、なぜか洞穴の中にいた人間が逃げていくけど、そんなの気にしている余裕はない。

 ふらふらとお母さんの元へと歩み寄る。


 ねえ、起きてよ。

 揺するも、反応はない。

 お母さんのために、イノシシ狩ってきたんだよ。

 反応はない。


 当たり前だ。お母さんの命はもう尽きている。


 なんで?

 なんでお母さんが死んでるの?

 何もしてないのに。

 何もしてないのに、殺されたの?

 やったのはさっきの人間?

 私もお母さんも、こんな森の奥でのんびり過ごしてたのに。

 なんで人間がやって来て、お母さんをこんなに痛めつけて殺したの?


 許さない。許せない。

 復讐してやる。

 お母さんを殺したやつを、生きたまま食ってやる。

 絶対に逃がさない。何があっても逃がすわけにはいかない。


 その日、私はお母さんを殺したやつへの復讐を誓った。

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