3.ボタンのユッケ

 そして次の日の朝。


 おはようございます。

 お昼寝するつもりだったけどガッツリ寝ちゃったね。

 まあ私まだ子供だしね、仕方ないね。

 だが起きた瞬間目の前にイノシシみたいなのの子供がいたのは解せぬ。

 なに?友達1号?


『食べなさい』


 と念話で仰るはマイマザー。

 翼腕で潰さないよう子イノシシを抑えてる。

 これを?まだ生きてるんだけど?


『血を流させるの。足を狙って逃げられないようにしなさい』


 なるほど、どうやらマイマザーは私に狩りの仕方を教えたいらしい。

 そりゃ生きてないと意味無いわな。

 それにこれから先、龍として生きるなら狩りは必須。

 けど、だからって生後1日の娘にそれやらせるかね?

 児童虐待か?

 それとも龍ってそれが常識なのか?

 生まれた直後から他の生き物狩れるってなにその絶対王者。

 否定できないのが恐ろしい。


 ふむ…まあ、やりますか。

 実は私、結構お腹空いてます。

 生まれてから何も食べず1日経つんだから、そりゃ腹が減る。

 なら食べない理由がない。


 命を奪う呵責?

 大体の人は虫なりなんなり潰してるでしょ。

 私には違いがわからないね。


 それにしても狩りか…。

 昨日からのマイマザーの様子を見る限り、この翼腕は相当便利そうだ。

 多分、力も脚より強い。

 戦うなら翼腕を中心に据えた方が強そう。


 そう考えて、畳んでいた翼腕を開き、姿勢を下げる。

 これで準備はオーケー。

 いつでもやれる。


 私の準備が整ったのを見て、マイマザーが子イノシシを解放した。

 そして私と子イノシシからは離れる。

 どうやらマイマザーは何かあればすぐ助けに入るつもりらしい。

 でもそれは考えない。

 これは私の練習。

 言うなれば戦いの訓練。

 私1人でどうにかしなければこの先生きていけない。

 よし、集中しよう。

 前世では運動なにそれ美味しいの?な運動音痴だったけど、体が変わった今なら大丈夫なはず。多分。恐らく。

 大丈夫かな…まあ信じてみよう。


 まずどうしよう、イノシシの姿勢が整っていない内に攻め込むか?

 いや、練習という意味ならそれをしては意味が無い。ちゃんと相手と対等な土俵に立った上で勝たなければ。


 そんなことを考えているうちにイノシシが立ち上がり、敵意を剥き出しにする私に気づいた。

 私の方を向き、蹄で地面を掻く。

 すわ、突進か!?

 幸いそこまで速くはない。

 見てから回避余裕でした。

 ごめん嘘ついた。

 余裕ではない。

 まだ未発達な牙が軽く鱗を撫でていった。

 傷も付かないほどだが、衝撃で私の態勢が崩れる。が、翼腕を付いて即座に立て直した。


 まあまだお互い子供だしね。

 その程度で致命傷にはならないよね。

 私に躱されて通り過ぎたイノシシは猛烈な勢いでこちらに振り返り、次はノーモーションで突っ込んできた。


 ふふん、そんなに馬鹿の一つ覚えが私に通じるか!

 おらっ!カウンターだ!


 避けてすれ違う瞬間、走り抜けるイノシシの勢いも利用して鉤爪を突き立てる。

 イノシシの体を横一文字に赤い線が刻まれる。

 痛みに耐えかねてイノシシが短く悲鳴を上げた。


 くっ、けどあんなのじゃダメだ。

 表面を軽く引っ掻いただけだった。

 もっと深く刺さないと致命傷にはならない。


 通り過ぎたイノシシは文字通り猪突猛進を止め、私の隙を伺っているようだ。

 いや突進しかできないのに隙ってなんだ。

 そういうのってなんか技術がないとできないんじゃないの?

 まあ私からすればありがたいんだけどね。


 イノシシが警戒する中、今度は私が正面から突撃する。

 それに待ってましたとばかりにイノシシが突っ込んできた。


 馬鹿め!それは囮だ!


 すぐさま翼腕を使って横っ飛びに回避。

 すれ違って隙だらけの背中に飛び乗った。

 ふはははは!背中に乗ればこっちのもんよ!

 悔しいのう悔しいのう!


 このまま暴れられたら間違いなく振り落とされるのですかさず翼腕をイノシシに巻き付け、ついでとばかりに柔らかい腹に鉤爪を突き立てた。

 そして空いたお口は首の根元に噛み付く。

 甘噛みなんて優しいものではなく文字通り食い破るためにだ。

 締め上げるように上下から突き立てているので、イノシシがいくら暴れようと無駄。

 それどころか振り落とされまいと私が更に強く踏ん張るので逆効果。

 腹の柔らかい肉を突き破る感覚がして、鉤爪がイノシシの内蔵に達した。

 イノシシが苦悶の声を上げる。


 うわ、なんというか感触が気持ち悪い。

 ていうか生きた生き物の内臓に触れているというのが普通に怖い。

 あまり苦痛を長引かせるのも悪いので、貫通した鉤爪を横に開き、腹を切り裂く。

 ビクン、と痙攣してイノシシが倒れた。

 まだ息があったので確実に首の血管を切り裂く。

 そこまでしてようやくイノシシが息絶えた。


 はー…疲れた。

 結構余裕に見えたでしょ?

 ところがどっこい、そんな訳あるかい。

 このイノシシ、子供とはいえ私と同じくらいのサイズはあるんだよ?

 そんなのの背中でロデオしたらそりゃ疲れるに決まってる。

 何が悲しくてイノシシに熱烈な抱擁かまさにゃあかんかったのだ。

 まあ元女子高生に抱き着かれたとなればイノシシさんも本望だろう。

 腹切り裂いてやったけど。

 このあといただきますするけど。


『お疲れ様。頑張ったわね』


 労いながらマイマザーが返り血を舐めとってくれた。

 ありがたい。

 体はそうでもないけど翼腕とか酷いことになってたからね。

 ただ体格差がありすぎるから舌が上下する度に転びそうになる。

 もう少し優しくお願いします…。


『けど足を狙ってって言ったでしょう。次からはちゃんとしなさい』

『…はーい』


 以後気をつけまーすと気をつける気のない返事をしておく。

 しかし、初めて動物を殺したけど、うん、大丈夫。

 やる前は大丈夫だったとは言え、実際に命を奪ってどうなるかは正直ちょっと不安だった。

 けど大丈夫そう。

 動悸が激しくなったり視界が狭くなったりもしない。血を見ても大丈夫。

 私の元の性格もあると思うけど、やっぱり龍の体だからかな。

 ついでに血の匂いがとても美味しそう。


 やっぱり私人じゃなくなったんだなー。

 いやいいけどね。

 なんの未練もないよ?

 そう決めたんだし。

 ただ何となくそう思っただけで。


 よーし、じゃあさっさと食べちゃおう。

 ただでさえ空腹なのに運動して更にお腹が空いた。

 これなら全部食べ切れそうだ。

 もしダメだったらマイマザーに丸投げしようそうしよう。

 娘からの初めてのプレゼントだよ!

 絶対受け取ってくれないだろうね。


 じゃあ、いただきます。

 ムグムグ。

 ふむ、普通に美味い。

 強いていえばちょっと固いかな?

 流石に食べるために育てられた牛とかには劣るけど、別に不味くはない。

 そして不味くないものは大抵美味しく感じるのが私クオリティー。

 この世の中、食べ物は美味しいものと不味いものしかないのだよ。

 み、味覚音痴ではないよ?むしろ素直なんだ。

 そうそう、私が素直すぎるだけ。

 まっこと、世の中ひねくれた者の多きことよ。


『食べ終わったら、お勉強の時間ね』


 Oh…朝っぱらからハードスケジュールですね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る