ホシグライ3

 人工衛星を破壊し、いよいよキユリは文明の本拠地と言える領域――――惑星が存在する範囲にまで訪れた。

 この星系には惑星が六つ存在している。生命体が発生したのは第二惑星であるが、第三・第四惑星はテラフォーミングを行い、生命体が棲めるように改良されていた。多くの基地が宇宙空間を漂い、商船や軍艦が宇宙空間を忙しなく飛んでいる。

 そして第六惑星の周回軌道上には無数の、総勢十万隻にもなる戦闘艦が並んでいた。特にキユリが訪れた方角は最も多くの艦隊が配置されている。

 キユリの飛行速度は秒速三万六千キロもあるとはいえ、所詮は光速の九分の一以下の速さだ。一光年以上の距離を渡るのに、ざっと十年以上の年月が必要である。対してキユリと人工衛星の戦い、その『情報光景』は光であるため、一年ちょっとで文明のある惑星まで到達する。単純な差し引きでも九年の猶予期間があるのだ。

 この星系文明は既にキユリの存在を知っており、彼女がどれほど危険な存在であるかを理解していた。九年もあれば研究も進み、やや突貫工事気味だが新兵器の開発や軍備の増強なども行える。避難プロトコルの改訂や、法整備なども終わっていた。星系を支配出来るほど優れた文明であるがために仲間割れや政争という愚行はせず、危険なキユリを倒すためあらゆる手を尽くす事が出来ている。

 対キユリ体勢は万全という事だ。


【キャピャーッ♪】


 キユリはこの光景にも喜びの感情を抱いた。事故防止のため様々なライトを灯す艦隊は、ホシグライの目には綺麗で派手なものに見える。大きく発達した脳は好奇心を刺激され、神経系から分泌された興奮物質が身体を活性化させていく。

 触って遊びたい徹底的に破壊する。ホシグライという生物が繁栄するための本能が、彼女に行動を起こさせた。

 秒速三万六千キロでキユリは待ち受ける艦隊に突っ込んでいく。無策の突撃だ。星系文明からすれば、想定されている行動パターンの一つに過ぎない。

 艦隊は無数のミサイルと機銃を発射。一斉攻撃でキユリを消し飛ばそうとする。

 こちらも単純な物量攻撃だが、極めて効果的な攻撃だ。ホシグライの身体を覆う電磁シールドは、どんな些末な攻撃でもキッチリ発動する。連続攻撃を受ければ瞬く間に消費し、皮膚の全てが剥がれ落ちてしまう。生身になってしまえばホシグライの身体は他の有機生命体よりちょっと頑丈な程度に過ぎない。またシールドでも無効化出来ないほどの高威力攻撃であれば、当然普通に効く。

 大量絶滅級の攻撃さえ跳ね返すホシグライといえども、決して無敵の存在ではないのだ。この星系文明は画像解析から電磁シールドの存在を予測しており、また弱点も大凡の見当を付けていた。文明側も(メカニズムや機構に違いはあるが)電磁シールドを実用化していたため、ホシグライの性質を理解する事が出来たのである。更にレーザーなど光学的な攻撃は反射される事も理解し、ミサイルなど物理的攻撃を主体としていた。

 一斉に飛んでくる効果的な攻撃の数々。これにはキユリもちょっとばかり驚いた。その無敵に近い肉体故に好奇心旺盛で割と呑気なホシグライであるが、生命の危機まで忘れてしまった訳ではない。

 同時に、この状況を楽しめるほどに刺激が大好きだ。

 そして恐怖に染まらない彼女達の頭脳は、冷静に自分が置かれている状況を認識し、どう立ち振る舞うべきかを考える。キユリが到達した結論は、全身から高出力亜光速ビームを放つ事。表皮にある電磁シールドを利用するがために、このビームは全身のあちこちから撃てるのだ。しかも一本だけではなく、同時に五百本以上発射可能である。

 しかも亜光速粒子ジェットを吐き出す噴射口を大きく捻る事で、横向きの力を捻出。身体をぐるぐると回転させた。身体から出ているビームも回転し、ミサイルと機銃を次々と薙ぎ払う。

 更に大量の電磁波を生むため活性化した身体は、余剰電磁波としてガンマ線を放射。

 ガンマ線は所謂放射線の一種であり、浴びれば原子などを破壊して健康被害を及ぼす。無論、今キユリと戦っている艦隊には乗組員の健康を守るため、多少の放射線ならば防ぐ仕組みが搭載されていた。だがキユリが放つガンマ線はあまりにも強力で、電子機器のパーツを急速に劣化させる。必ずしも致命的な損失を及ぼす訳ではないが、軽度の損傷にしかならない訳でもない。十万も戦闘艦がいれば、その中の数パーセントだとしても、数千隻がエラーなどの不具合を起こす。

 全体としては僅かなものだが、混乱を引き起こした。艦隊の隊列が乱れ、攻撃の手が微かに緩む。


【ピ、キャアアアアアアアアアアアアアアア!】


 この隙をキユリは見逃さない。すかさず、最大出力の電磁波を辺りに撒き散らす。

 この電磁波放出の原理自体は、先のガンマ線放出と変わらない。身体を活発に動かす過程、つまり激しい筋収縮により大量の電磁波を生み出し、それを外に垂れ流しているだけ。違いは今回放つのがガンマ線だけではなく、赤外線もマイクロ波も可視光も、極めて広い範囲の……一ヘルツから五十エクサヘルツまでの電磁波である事。そしてその出力が、先のガンマ線の数百倍である事だ。

 これを浴びれば、いくら高度な文明の電子機器でも瞬く間に破壊される。星系全域に版図を誇るこの文明も例外ではない。

 しかしこの電磁波攻撃に対し、艦隊は対抗策を持ち合わせていた。それは電磁波乱射粒子と呼ばれる特殊な金属粒子を放出し、飛んでくる電磁波を跳ね返してしまうというもの。分厚い粒子の層を作る事で、『装甲』では吸収しきれない出力の電磁波であっても防げる。

 弱点としては粒子を散布するという性質上、装甲と違い使用回数に限度がある。おまけに粒子であるため、時間が経つと霧散してしまう。つまり電磁波放出のタイミングに合わせて使わねばならない。

 この弱点を補うため、戦闘艦には自動検知システムがある。浴びる電磁波がある程度強くなった段階で粒子を放出するのだ。キユリが放った電磁波にも反応し、電磁波乱射粒子がばら撒かれる。

 だが、ここで一つの問題が起きた。

 一度に大量の電磁波乱射粒子が撒かれた事で、艦隊の視界を遮ってしまったのだ。粒子が反射する電磁波に例外はない。例外があっては、電磁波攻撃が素通りしてしまう可能性があるのだから。そのため可視光だろうとなんだろうと、全て跳ね返してしまい、一時的に戦闘艦は周りの状況を把握出来ない。

 致命的な問題に思えるだろうが、本来電磁波乱射粒子は一撃で再起不能になるほど強烈な電磁波に対する機能である。『即死攻撃』を防ぐ代償と思えば、決して高いコストではない。また通常の作戦において戦闘艦は一隻ではなく数隻以上の艦隊で行動するため、一隻が視界不良により動けなくなっても周りの戦闘艦が援護出来る。

 何より、この文明が想定していた艦隊戦の相手は自分達と同等、もしくは幾分高度な技術で作られた艦隊。攻撃方法もまた自分達の技術とある程度は似通った、レーザーやミサイルなどの遠距離攻撃だと考えていた。何千隻も巻き込む強力な電磁波攻撃は想定外であり、こんな問題が起きるとは思ってもいなかった。

 文明にとって不運な事に、底なしに能天気で前向きなホシグライは、この怪しい金属粒子に突っ込む事を躊躇わない。


【キャピャピャアアアアア!】


 電磁波乱射粒子が撒き散らされ、艦隊の動きが鈍ったところを目の当たりにするや、キユリは更に艦隊に接近。

 小惑星相手にしたように、体当たりを戦闘艦に食らわせた。

 文明側からすればまさかの攻撃方法。一気に肉薄し、自分達の陣形内に入り込んだ敵の存在に艦隊は混乱に陥る。対してホシグライにとって、体当たりはごくあり触れた攻撃だ。彼女達はそれだけ防御能力に自信があるのだから。時には数百メートルの『射程』がある四本の腕を振るい、強引に殴り飛ばすという攻撃もする。

 何十という数の戦闘艦が次々と撃沈していく。この状況は好ましくないと判断したのか戦闘艦が後退を始めた。一旦隊列を組み直し、改めて攻勢に出るつもりだ。

 キユリは文明側の思惑など知らず、また理解も出来ない。知能は高くとも、根本の価値観が違うのだ。勝てない相手に再戦する意味が分からない。何処かに逃げて、適当に暮らすのだろうとしか思えないのである。故に後退する艦隊を追おうとはしない。

 彼女の関心はあっさりと、近くにある文明的な惑星――――第四惑星に変わった。


【キャピャアア……】


 キユリは見惚れた。文明がある第四惑星は、知的生命体の活動によりあちこちで光が使われている。活発な産業を維持するため、一日中明かりが消える事はない。夜の面はまるで星空のように煌めく。

 人工的で、自然から逸脱した光景。自然回帰思想を持つ生命体からすれば、異様な光景化も知れない。だがキユリは純粋な好奇心の持ち主だ。キラキラ輝く惑星に、ヒトの幼体と同じように惹かれていく。

 そして種族の本能に従い、思うのだ。

 、と。


【ピキャアアアアアアアアアアアアアアアアア……!】


 思い立ったら、行動を躊躇う事などしない。キユリは惑星の方を見ながら、四方に裂ける大きく口を開けた。

 これはその口の中にある巨大な結晶を、惑星に向けるための行動である。

 この結晶は核熱誘導体と呼ばれるもの。体内で生成した電磁波のうち、主に赤外線を蓄積する性質を持っていた。普段は断熱性の粘膜に覆われているが、使用時には粘膜が分解され、体内の熱が伝わるようになる。一気に大量の熱が流れ込み、核熱誘導体は煌々と赤い輝きを放ち始める。

 後退していた艦隊が異変に気付き、慌てて攻勢に出ようとしたが……口を開いてから発射完了まで、僅か三十秒しかない。仮に口を開いた瞬間超音速ミサイルを撃っても、着弾すら間に合わず。


【キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!】


 一際大きな電磁波と同時に、キユリの口から強力な閃光――――赤外線レーザーが放たれた。

 赤外線レーザーは光速で惑星へと直進。この星系の文明は惑星外からの脅威に対応するため、惑星シールドと呼ばれる透明な特殊防壁で惑星を覆っていた。ちょっとした隕石程度なら問題なく防ぐ強度があるのだが、しかし赤外線レーザーが命中した瞬間に惑星シールドは溶解。一秒と耐えられずに抜かれ、赤外線レーザーは惑星に着弾した。

 まず生じた被害は、着弾地点の都市が蒸発した事。赤外線は電磁波の中でも熱を与える効果が強く、膨大な出力故に建造物の材質が気化・プラズマ化するほど高温化したのだ。そして膨張した大気が爆風となって駆け抜け、広範囲を吹き飛ばした。『消滅』と言えるほどの被害範囲は半径三十キロを超え、残骸が僅かに残る程度の被害となれば更に遠くまで広がる。だが、この被害は赤外線のごく一部が熱と変わった結果に過ぎない。

 未だ残る大半のエネルギーは大地に注がれ、地面を溶解・気化させた。溶けた岩盤を押し出すほどの高出力赤外線は、そのまま惑星中心部まで到達。中にある多量のマグマさえも過熱し、温度を上げていく。しかも急速に。

 本来、惑星内核は固体または液体の状態だ。温度的には殆どあらゆる物質が気化していなければおかしいのだが、重力により生じる超大な圧力によって固体・液体の状態に留められている。

 だがここで莫大な熱量、赤外線レーザーにより数千度と加熱させられた場合、核内の圧力でも物質は固体の状態を維持出来ない。結果として核が気化もしくはプラズマ化。体積が著しく膨張する。惑星内部の物質が膨張する事で、惑星全体も大きく膨らむ。すると内部の圧力が急速に低下。今まで固体や液体の形で留まっていた物質までもが次々と気化し、加速度的に惑星を膨らませていき――――

 ついに惑星の重力を振り切る。

 その瞬間、一つの惑星が。即ち爆発だ。内側から赤い光が溢れ出した瞬間、大地の全てが気化して宇宙空間に霧散する。花火よりも鮮やかに、鮮血よりも眩く、宇宙に赤々とした紋様を刻む。

 これは時間にしてほんの十数秒程度の出来事。宇宙にいた者達を除けば、何が起きたかも分からないまま全てが消し飛んだ。

 もっと言うなら、宇宙にいた知的生命体達も混乱している。

 惑星に『壊滅的』打撃を与える兵器はこの星系の文明も持っている。結果的に、惑星上に生息する全生物の大半を死滅させる方法であれば、いくらでも用意出来た。だが今し方目の前で起きた、惑星そのものが爆散するほどの破壊兵器は持っていない。有限の惑星しか保有していない星系内文明だからこそ必要としなかったのと、それを可能とする技術やエネルギー産業もなかったからだ。

 それをたった一体の生物が実現してしまった。『文明』として、考えられない事だった。


【ピィーキャッキャーッ! ピキャア!】


 対して、惑星を破壊した元凶であるキユリは大喜び。疲労などないかのように、ぐるぐるとその場で無駄な回転をし、四本の腕を振り回す。

 事実、彼女は全く疲れていない。彼女の身体を構成する無数の細胞には、未だ膨大なエネルギーが残っている。無邪気に喜びを露わにしても苦ではないほどに。

 惑星一つ悠々と破壊する姿は、知的生命体に恐怖を与える。尤も、キユリはそんな効果を求めてはいない。彼女は自由気ままに動いている。そしてこれは本能のままの行動。文明を破壊する事で、今後の繁殖を有利にするのが目的だ。

 本能に突き動かされるがまま、キユリは次の標的として第三惑星を目指す。

 こうなっては止められない。秒速三万六千キロで飛翔する彼女は、配置されていた戦闘艦よりもずっと速いのだ。前線を突破され、多量の戦闘艦が駐屯していた惑星まで破壊された状態では、もう戦う力など残っていない。

 キユリの接近を知り、第三惑星から次々と宇宙船が飛び出す。しかし惑星間の距離など精々数千万キロ。キユリほどの速さであればたった数千秒、一時間かそこらで渡ってしまう。すぐに宇宙船に乗れた者は脱出出来ても、船の奪い合いや混雑により、大半の知的生命体が脱出の準備すら出来ていない。


【ピキャアアアアアアアッ!】


 そんな惑星にもキユリは容赦なく赤外線レーザーを撃ち込む。撃たれた事に気付いた者はごく僅か。その事に絶望する間もなく惑星は膨れ上がり、第四惑星と同じく爆発する。

 二度目の惑星破壊にキユリは喜ぶ。歌うように大出力電磁波を撒き散らし、脱出した数少ない民間船を機能停止させたり、強力な電磁波で乗員に致死的な健康被害を与えたり……そしてまた泳ぎ出したキユリを避けられず、衝突事故を起こして爆散する船体も幾つかあった。

 民間人の犠牲者、止められない怪物、消滅する惑星と統治機構――――軍も政府も混乱し、統制する能力を失った。キユリの行動を組織的に止める事は出来ず、勇猛果敢な軍艦が立ち塞がってもキユリの足止めすら出来ない。迂回すらしないキユリと激突し、宇宙の藻屑となるのが精々。戦力と人手を次々と失い、右往左往するばかり。


【キャッパアアアアアアアアアアア!】


 ついに第二惑星にも赤外線レーザーを撃ち込み、ここまでの二つと同じように爆破。文明がある居住可能惑星三つ全てを、キユリは粉微塵に吹き飛ばす。

 星系内にはまだ知的生命体達の基地がある。だがそれらの基地は、惑星で生産した物資によって管理・運営されている。惑星が消滅するという『想定外』の前に、果たしてどれだけ動かし続けられるか。そして母なる大地を失った状態で、文明は維持出来るのか……

 この星系で繁栄していた知的生命体達は、極度の絶望感に見舞われる。

 しかしキユリにとっては、星の爆発など派手な光景の一つに過ぎず。消し炭になった命への関心はおろか、自分が激突した結果宇宙に放り出された生身の知的生命体にも興味はない。


【キャププピャピャーッ】


 爆発させた星の光景を存分に楽しんだキユリは、この地にある文明への関心を急速に失っていく。

 これはホシグライの本能によるもの。恒星の光とは違う、文明の輝きがホシグライの好奇心を掻き立てた。文明のある惑星が崩壊し、戦闘艦や民間船が遠くへと避難すればそういった光は少なくなる。もう興味の湧くものはない。

 そして光の減少は、そのまま文明の衰退を意味する。文明の破壊は十分に行われ、繁殖のための準備が整ったと言えよう。このためキユリの身体は繁殖の準備を始めていた。

 具体的には、体内にある卵巣で卵が生み出される。

 ホシグライも祖先種と同じように単為生殖で仲間を増やすため、繁殖相手は必要としない。環境さえ整えば即座に繁殖を始めるのだ。ただしこの時点では、まだ卵は生まれただけ。発育は行わない。繁殖には大量のエネルギーと物資も必要であり、また『環境』も不十分である。

 これらの準備を進めるため、本能が発したのは空腹という衝動だった。


【キャピャ? キュピュプププ……】


 キユリの感覚的には遊ぶのに飽きてきて、お腹も空いてきたといったところ。優れた知能で考え始めるのは、空腹の癒し方。

 そのやり方は本能が知っている。

 ホシグライの餌は、その名の通り星だ。本能に教えられ、キユリが向かうのは星系内で最も大きく、最も莫大なエネルギーを有する星……恒星。

 最高速度で飛翔し、恒星へと真っ直ぐ向かう。知的生命体達もキユリの行動には気付いているだろうが、妨害する余裕もない。ただ見ている事しか出来ず、故に彼女が恒星内に突入するのになんの苦もなかった。

 恒星内に入れば、襲い掛かるのは膨大な熱量と高エネルギーの光。

 しかしどちらもキユリにとっては脅威とならない。自身が生み出した電磁波のみならず、軍事攻撃用の赤外線レーザーも反射する皮膚があるからだ。熱も光も表皮によって反射され、中まで浸透する事はない。キユリは恒星の奥深くまで侵入していく。

 奥に進むと、今度は熱以外の危険もキユリに襲い掛かってきた。

 圧力だ。恒星内部はその巨大な質量から生じる重力により、中心部では二千五百億気圧相当の圧力に満ちている。惑星上どころか高度な文明でも早々作り出せない、恒星規模の巨大な存在だからこそ生み出せる破滅的環境だ。ただの物質では、形を保つどころか存在すら許されない。

 しかしホシグライにとっては、この過酷な環境さえも脅威とはならなかった。

 体表面の下にある電磁シールド。表皮細胞により反射・増幅しているこれは、表皮を押し潰そうとする圧力への『反発力』となるのだ。元々は移動時の小惑星対策で発展してきた能力だが、恒星内活動でも大いに役立っていた。ちなみに最外周の細胞は圧力に耐えられず潰れてしまうが、鏡面膜さえ残っていれば電磁シールドを生み出す役割は残るため問題ない。細胞が死んでいるので徐々に劣化するものの、時間が掛かるため再生力の方が上回る。

 星の力さえも跳ね返す様は、無敵という言葉が相応しく思えるだろう。とはいえ良い事ばかりではない。

 祖先種ホシホロボシは、体表面から熱エネルギーを吸収する事で糧としていた。あのような真似が出来るのは、熱を跳ね返さず吸収していたからこそ。反射してしまうホシグライは、このままでは恒星のエネルギーを利用出来ない。

 ではどうするのか? ホシグライが辿り着いた答えは、そのための専用器官を持つ事。

 具体的には、口内にある核熱変換結晶を使うのだ。


【キャパァ】


 大きく口を四方向に裂き、中にある核熱変換結晶を外に出すキユリ。

 核熱変換結晶は体内の熱をレーザーとして外に出すだけではなく、外の熱を中に取り込む事も出来る。結晶に軽い電気を流す事で、粒子の向き先を変更し、熱の流れをコントロール出来るのだ。これにより弱いレーザーを体内に発射し、その先にある吸収用の細胞で恒星の熱を取り込む。

 取り込んだ熱は体内中心部にある蓄熱臓器に蓄えられる。この蓄熱臓器こそがホシグライの心臓部。全長百メートルほどの器官で、中に莫大な熱量が溜め込まれていた。臓器内には蓄熱多糖類により作られた結晶が複数個存在し、此処に熱が流れ込む。

 得られた熱は、生体活動のエネルギー源として使われる。電磁シールドのエネルギーだけでなく、細胞が活動するための熱エネルギー、化学反応を起こすためのエネルギー、そして水素から有機物を作り出す核融合器官のエネルギーにも使われる。特に核融合器官には莫大なエネルギーが必要で、星の熱量を得なければ稼働は儘ならない。言い換えれば、星のエネルギーを得れば核融合器官は最大効率で動かせる。

 核融合器官に十分なエネルギーが満ちると、ホシグライの口には四つの小さな穴が開く。この穴は水素の吸引口。恒星を形作る水素などの物質を吸い込み、体内に取り込むための穴だ。吸い込むといっても能動的な働きはしない。恒星は極めて高い気圧であり、対してホシグライの体内の圧力は恒星よりも低い。物質は圧力の高い方から低い方に流れ込むため、穴を開ければ勝手に物質が流れ込む。この取り込んだ物質は核融合器官横にある貯蓄臓器に送り込まれ、圧縮・固体化した状態で溜め込まれる。

 星の年齢にもよるが、恒星を形作る物質は大半が水素だ。次いでヘリウム。いずれも高いエネルギーを加えれば、核融合により新たな元素へと生まれ変わる。ホシグライは核融合器官でこれらの元素を核融合させ、炭素や酸素などを有機物に必要な原子を生み出していく。

 一千百メートルもの巨体とはいえ、恒星から見ればごく小さなもの。星のエネルギーと物質を使えばあっという間に大量の有機物を生み出せる。文明との戦いでキユリは少々表皮細胞を失っていたが、数十秒と経たず肉体は完全な回復を成し遂げた。

 ……そう。身体は回復した。しかしキユリはエネルギーの吸収を止めない。

 足りないからだ。


【キュピピピャリリィ〜♪】


 周りにあるエネルギーを際限なく吸い込んでいくキユリ。本来ならば全身が核融合を起こしても良いほどの熱を吸収したが、彼女はそれでも熱を吸い続ける。

 このような真似が可能なのは、蓄熱臓器の容量が莫大なため。この臓器の細胞内にある蓄熱多糖類は極めて比熱容量が大きく、莫大な熱を溜め込んでも殆ど温度が上昇しない性質を持つ。このため恒星の熱をどれだけ吸収しても、身体が発熱する事はない。安全に、遠慮なく、膨大なエネルギーをいくらでも取り込める。

 これが、ホシグライが無尽蔵の力を振るえる理由だ。蓄熱臓器に恒星から得た莫大な熱を溜め込み、これを利用して生きていく。秒速三万六千キロまで出せる推進力も、惑星さえ破壊するレーザーも、それらで生じる物理的ダメージを防ぐ電磁シールドも、全て恒星から得たエネルギーが大本だ。

 これまでの道のりと、星系内での戦いで、キユリの身体からは多くのエネルギーが失われた。まだまだ余力はあるが、失われた分は少なくない。身体を回復させた後は、このエネルギーの補充を行う。

 恐るべきは、その補充量。


【キュピュピュ〜キュピュ〜】


 上機嫌な鼻歌混じりに、キユリはどんどん恒星から熱を奪い取っていく。止め処なく、それこそ恒星全体の温度が

 恒星にとって温度の低下は、極めて重大な問題を引き起こす。

 ――――恒星はあまりにも巨大な質量を持つため、本来であれば自らの重力により崩壊してしまう。

 恒星が恒星の形を維持出来ているのは、核融合により生じる膨張する力のお陰だ。重力により圧縮された物質は核融合を起こし、大量の熱を生み出す。加熱された物質は膨張し、重力に抗う力となるのだ。ある程度膨らむと圧力が低下して核融合が止まり、温度低下と共に収縮。収縮すると圧力が高まるのでまた核融合が起こり……これの繰り返しで、星は一定の大きさを保っている。

 しかしホシグライが熱を吸い取ると、この均衡が崩れてしまう。温度低下を引き起こし、核融合の停止により周辺の収縮を引き起こすのだ。

 ここで問題なのは、温度低下にはムラがある事。

 恒星に突入したホシグライは、必ずしも星の中心にいる訳ではない。適当な位置に陣取るため、どうしても温度に偏りが生じてしまう。つまりキユリから遠い、星の反対側ではあまり温度が低下しない。なのに周りの圧力上昇に釣られる形で、局所的に高温化と高圧力化が同時に進行してしまう。

 恒星の核融合は温度と圧力により生じている。局所的な高温高圧は、即ち局所的に猛烈な勢いで核融合が起きるという事。部分的に膨大な熱が生まれて膨張しようとするが、全体的にはキユリの熱吸収の影響で低温化していて、収縮しようとしている。

 本来の恒星でも、きっちり収縮と膨張が連動していた訳ではない。あくまで全体的に、平均化すればそのように動いていただけ。されどキユリによって生じた『歪み』は自然の状態を逸脱していた。

 恒星の形が、目に見えて歪んでいく。一部が大きな瘤のように盛り上がり、一部がクレーターのように大きく凹み、その形の変化が至るところでぼこぼこと沸騰するかの如く繰り返す。秩序のないランダムな変化であり、何処がどう変わるか予測は困難であるが……一つ確実に言えるのは、形状の変化は時間が経つほどに大きくなっている事。それと中にいるキユリはこの異常を気にも留めておらず、熱の吸収を止めていない事だ。温度低下は止まらず、星はどんどん不安定になっていく。

 そして一際大きな変形が起きた時、ついに恒星のバランスが崩れる。

 膨張の勢いが、重力により引き寄せられる力を上回ったのだ。瘤のように膨らんだ恒星表面が裂け、中身である大量の水素が噴き出す。光エネルギーと共に流れ出す水素は赤く色付き、さながら出血のよう。

 事実、恒星にとってこの噴出はいよいよ危険なものだった。

 水素の大量噴出により、恒星の質量が一気に、尚且つ局所的に軽くなる。自然状態の恒星でもヘリウム核(水素の核融合により生成されるヘリウムから構成される核。簡単に言えば核融合の廃棄物の集まり)が出来るほど老いた星ではこのような現象が確認出来るが、この恒星はまだ十分な水素を持った若い星だ。水素噴出があっても核融合自体は続いている。重力は急速に弱まっても生まれた熱までは消えず、この結果恒星は急激に膨張。あまりの急速な変化に星の表層が耐えきれずまた水素が噴き出し、弱まった重力により更に膨張――――反応が連鎖的かつ急速に進む。

 最後に恒星の重力がある水準を下回ると、今まで圧縮されていた核が圧力を取り戻す。二千五百億気圧もの超高圧力により凝縮されていた塊が、元の体積を取り戻そうとする勢いは絶大だ。周りにある全てを、ついでに中にいるキユリさえも巻き込み……

 恒星そのものが、大爆発を引き起こす。

 この爆発は超新星爆発とは全く異なる原理によるもので、そこまでの威力はない。だが解放された核が生み出した衝撃は、水素の津波となって星系内に広がっていく。

 そしてこの爆発はキユリが恒星に突入して僅か五十時間後に起きた事。未だ星系内には多くの民間船と軍艦がいて、避難活動は完了していない。怯える知的生命体達に、星の死は容赦なく襲い掛かる。

 第一惑星は膨大な熱と衝撃によって、跡形もなく消し飛んだ。

 第二惑星近くにいた民間船や軍艦は、余熱により溶かされて消えた。

 第三惑星付近から船は原型を留めるようになったが、高熱により内部の機械は破損。搭乗員は全員焼け死に、全滅してしまう。

 爆発を生き延びたのは、第四惑星があった場所よりも遠くにいた者達だけ。その生き残りも、絶望の余り自死する者が今後続出する。今まで星系全てを支えていた恒星が、突如として爆発し失われたのだ。最早、希望など何処にもない。


【ピャラララァ~?】


 一体、くるくると回転しながら吹っ飛ばされるキユリを除いて。

 キユリが持つ電磁シールドは、恒星の爆発からも彼女の身を守ったのだ。三十万層あるシールドのうち十六万層が破損したが、エネルギーも物質も身体の中にたっぷりと蓄えた。高々一メートルの厚みしかない表皮を再生させるぐらい、どうという事はない。

 一つの星系を滅ぼしても彼女の活動が止まる事はない。

 そして恒星の爆発で辺りが一掃された事で、繁殖の邪魔となる文明もほぼ完全に消えた。生き延びた船も、安全かつ辛うじて物資のある星系外部へと逃げていくだろう。キユリはそこまで考えてはいないが、本能……ここまで子孫を残してきた形質にとっては『予定通り』の展開。文明を上手く排除した個体こそが生き延びてきたのだ。恒星の消滅さえも、彼女達ホシグライにとっては組み込まれた戦略でしかない。

 環境が整ったここから、彼女達の繁殖が本格的に始まるのだ――――

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