ホシグライ

ホシグライ1

 ホシホロボシの全盛期から三十億年が経った。

 本来であれば、この時の宇宙はとても賑やかな……つまり生命があちこちで誕生しているものである。銀河の至るところで起きた超新星爆発により、有機物の元となる元素が多量に存在するようになるからだ。また文明を持った星が多数生まれ、その中の幾つかが星系を股に掛けた勢力を誇るようになる。居住不可能な惑星の環境を『改善』し、新たに生命が棲める環境へと変えていく。

 勿論既に生命のいる星が侵略されるなど、『生存競争』も少なくない。しかしそれ以上に命の数が増え、空虚な世界を命で塗り潰していく。

 そうして全体が賑やかに、様々な命で溢れ返るのが、誕生から二百五十億年が経った宇宙の一般的な姿だ。

 とはいえこれはあくまでも一般論。宇宙は無数に存在し、それぞれが独自の成長をしているため、例外などいくらでも存在する。物質密度が高過ぎて超新星爆発が頻発し、二百五十億年で老衰する宇宙。逆に密度が薄過ぎて超新星爆発が殆ど起こらず、二百五十億年では生命誕生に必要な物質が希少な若々しい宇宙――――

 そして『生物』にあちこち食い荒らされるのも、数多ある宇宙の形の一つ。

 ……この宇宙も、生き物の数と多様性は激減していた。

 宇宙の全容を把握する事は、最高峰の発展を遂げた文明でなければ不可能な行いである。だが今のこの宇宙であれば、ヒト文明どころか科学技術と呼べるものすら持たないアウストラロピテクスであっても、宇宙の異変に気付いただろう。何しろ宇宙の星がであり、極めて密度が低いのだから。どれほど疎らかと言えば、ヒト文明の都市部で見える程度の、つまり視界内に映る星が十個もないような状態だった。

 本来の宇宙、厳密に言えば銀河は、満天の星という表現があるように極めて多くの星に満ちている。都市部では人工の光により暗い星が見えなくなっているが、山奥など明かりがない場所であれば夜空が明るく感じるほど数の星を目に出来るだろう。個々の星は数十光年数百光年と離れていても、数が多いために空を覆い尽くす事が出来る。その星空が消えたという事は、宇宙から光り輝く星・恒星が失われた事を意味していた。

 更に惑星の数も激減している。代わりに増えたのは小惑星や塵などの星間物質。それら星間物質もよく見れば黒焦げていたり、砕かれたような断面をしていたり。何かしらの破壊を思わせる小さな破片が無数に漂う様相は、此処で戦争でもあったかのようなイメージをヒトに与えるだろう。事実、此処には本来一個の星系があったのだが……今やその残骸しか残っていない。大きな争いの果てに、星系が一つ消えたのだ。

 この光景を作り上げた元凶は、砕けた星の近辺を悠然と泳ぐ生命体。そして宇宙の悪魔と呼称される種である。

 全長は優に一千二百メートルを超えている。体色は人工物を思わせるほど白く、黒い宇宙空間の中ではハッキリとその姿が見える事だろう。体長だけでも五百メートル近く、尾は七百メートルもあり、体型はやや丸みを帯びたもの。一見した印象は、地球生命のオタマジャクシに近い形態だ。無重力空間に適応した身体には上下がなく、故に左右もない。前後だけがある身体だった。

 その身体は屈強な筋肉に覆われている。表皮は滑らかな光沢を放つが、筋肉があるため軟弱な印象は受けないだろう。更に上半身側には四つの『腕』が生えていた。泳ぐのに適したヒレではない。腕の長さは優に三百メートルを超えるほど。先端が硬質化した長い指が三本もあり、極めて攻撃的な『手』を形作っていた。指自体にも細かな棘があり、握るどころか撫でるだけで相手は傷だらけになるだろう。

 頭部には十六の目がある。頭をぐるりと囲うように並び、上下左右の全方位を見渡す事が可能だ。

 更に、大きな口まである。口は四方向に裂け、内側には細かな歯がびっしりと生えていた。しかし奥に喉はなく、体内に続く道はない。それを塞ぐように、大きくて透明な『結晶』があるだけ。

 異様な外見に見えるかも知れない。前回紹介したホシホロボシと似ているようで、より獰猛で攻撃的な姿だ。されど彼女達は間違いなくホシホロボシの血を引く種。そして今やこの宇宙で最も成功し、繫栄している一族だ。今この宇宙では、彼女達こそが支配者にして多数派である。

 悪魔の全盛期。その暮らしぶりを見てみよう。






 脂肪酸膜核細胞ドメイン


 血骨格獣門


 星食魚綱


 ホシグライ目


 ホシグライ科


 ホシグライ属


 ホシグライ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る