ホシホロボシ5

 フェンスエスラ文明はホシホロボシという種にとって、それなりに手強い相手だった。

 手強いといっても、ノヴァの身体に大きなダメージを与えてきた訳ではない。主力であるレーザーは通じず、副武装であるミサイル攻撃も効果は薄かった。しかし星系全域を手中に収めるほどの『勢力』の大きさが厄介。基地や居住区は星系中に点在していた。

 ホシホロボシのレーザー攻撃は極めて強力だが、遥か何百億キロも離れた相手を破壊するほどではない。十分な攻撃力を発揮するにはある程度近付かねばならず、そのための移動に多くの時間を費やす必要がある。

 時間が掛かれば、文明側は大勢を立て直す猶予が出来る。あちこちにまた基地を建てられ、それを一個ずつ潰すのに時間が掛かり、また建て直され……これを延々繰り返す。ヒト文明程度であれば惑星一個を焦土化すれば終わりだが、フェンスエスラ文明は複数の惑星に知的生命体の生活圏があるため、攻撃されても逃げ場はいくらでもあった。またいくら体内に莫大なエネルギーを溜め込めるホシホロボシとはいえ、無補給で何年も戦える訳ではない。時折恒星に戻ってエネルギーを吸収しなければならず、そのタイミングを狙われて攻撃を受けた事も度々あった。相手の知能が高いがために、弱っていても知略で補ってくるのが文明の厄介なところである。

 お陰でフェンスエスラ文明と戦い始めてから、ヒトの暦に換算してもう五百年もの時間が経ってしまった。とはいえ祖先種スターイーターと同じく寿命を持たないホシホロボシにとって、数百年程度の時間など些末なもの。ノヴァ自身気にも留めていない。

 そして着実に、フェンスエスラ文明は滅亡に向かっている。


【ピィララララララ……】


 一千人以上の難民が隠れ住んでいた、大型小惑星の裏にある基地。そこを頭部の突起物から発射したレーザーで念入りに焼き払い、電磁波の放出を止めてノヴァは満足げに笑う。大きな脳は、不快なものを消し去った時に喜びを感じるぐらいには高等なのだ。

 基地とその中身を蒸発させたところで、ノヴァは周りを見渡す。彼女が不快に感じる電磁波は、少なくとも今は感じ取れない。

 感じ取れないだけで、今もフェンスエスラ文明人がこの星系で生き延びている。フェンスエスラ文明もノヴァが電磁波に反応する事を突き止め、可能な限り電磁波を出さないよう隠れ潜んでいるのだ。とはいえ文明的活動には電気や光や熱が用いられ、それらは放出される過程で電磁波となる。文明と電磁波は切っても切れない関係だ。今回発見された基地も、一定期間使う電力を纏めて充填するため発電機を動かしたところを発見された。

 しかし数が減れば、電磁波の放出頻度や強さはどんどん小さくなる。

 ホシホロボシはあくまで生理的嫌悪によって文明を攻撃している。そして彼女達はヒトほどの理性がないので、相手を根絶やしにしてやろうという考えは持たない。自分の感じ取れる範囲から消えてなくなればそれで十分。

 ノヴァの徹底的な攻撃を受け、フェンスエスラ文明の生き残りはごく僅かとなった。規則的な電磁波は殆ど発せられなくなり、ノヴァは不快感を覚えなくなる。

 不快感がなくなれば、いよいよノヴァは次の『作業』を始める。

 自らの遺伝子を増やし、宇宙に放つための行為……繁殖だ。


【ピラァアッ】


 噴射口から亜光速粒子ジェットを放ち、最大速度で恒星へと戻るノヴァ。遠く離れた小惑星帯からの帰還であるため、戻るのに丸一日掛かってしまったが、五百年も戦い続けた彼女にとってはあっという間の出来事。ウキウキしたまま、辿り着いた恒星内部に突入する。

 恒星に戻ってきた彼女は、まず戦いで消費したエネルギーを恒星の熱量から補給した。戦闘時に消費したエネルギーは膨大だが、恒星が放つエネルギー量はそれさえも塵芥と思えるほどに巨大。ほんの数秒で身体中に力が満ち、疲労は僅かな残りもなく消え去る。

 体力が十分に回復したところで、ノヴァの身体は繁殖のための活動を起こす。

 核融合反応を促進し、大量の有機物を合成。これを材料に次世代の身体を作り始めるのだ。次世代は体内にある卵巣から出た、卵細胞が発育する事で生み出される。この卵細胞は卵巣にある生殖細胞が分裂する事で生み出され、受精などを経ずとも生育を始める。つまり単為生殖だ。

 ここで特筆すべきは、作り出す子供の数。

 ノヴァの体内で生み出された卵細胞は、一度に二千万個を超えていた。これらが体内で瞬く間に、尚且つ同時に成長していくため、ノヴァの身体は下半身がむくむくと膨らんでくる。それでも卵細胞だった次世代は成長を止めず、ノヴァの身体も有機物の合成と子孫への供給を止めない。

 体長が十センチほどにまで成長したところで、新たな世代は卵巣からの脱出を試みる。

 祖先であるスターイーターやヒレナガウチュウサカナと同じように、ホシホロボシの身体には産卵口などの出口は用意されていない。新しい世代は卵巣を突き破り、肉を掻き分け、自力で外に出る。一度に二千万もの幼体が出てくれば、いくら体長五百メートルのノヴァといえども下半身は穴だらけだ。とはいえ恒星の力で無尽蔵に有機物とエネルギーは得ているため、再生に必要なものは潤沢にある。幼体が通った傍から細胞は分裂し、すぐに穴を塞ぐため問題はない。

 幼体は身体をくねらせ、自力で母体から恒星内外の世界へと飛び出す。

 この幼体だが、成体であるノヴァとは姿形が異なる。身体の側面から生える胸ビレはなく、長い尾ビレが一つあるだけ。地球生命であるカエルの幼体、即ちオタマジャクシに酷似した外見をしていた。尾の付け根に噴射口はなく、尾の動きだけで恒星内を泳ぐ。また頭部には目がないものの、大きく四方向に割ける口がある。口と言っても喉のような体内へと繋がる道はなく、鋭い牙が裂けた口の先端に一本ずつ、計四本あるだけ。身体は白く、恒星内部で起きている核融合によって生じた光エネルギーを反射し、眩いぐらいに光り輝く。

 親であるノヴァと全く似ていない姿だが、これは突然変異でもなんでもない。ホシホロボシの幼体は二つの形態を持ち、誕生直後は皆この『第一幼体』の姿で生まれるのだ。ノヴァが宇宙を旅していた時の姿は『第二幼体』であり、第一幼体から変異した後の姿である。

 幼体の姿が二段階ある理由は、生育環境の違いだ。第二幼体は成体と同じように、宇宙空間を旅し、時には隠れ、最悪の場合文明から逃げて、どうにか恒星へと飛び込む。こういった活動をする上では成体と同じ姿をしている方が好都合なのだ。

 対して第一幼体は最初から恒星内部にいる。おまけに身体は小さく、どうしても大型化しなければ機能を発揮出来ない核融合炉を体内に格納出来ない。そのためまずは恒星内で生きられるよう、エネルギーを反射する表皮を持ち、また濃密な水素に満ちた空間のためレーザー推進がなくても動き回るのに支障はない。成体以上に、恒星という環境に適応した身体なのである。

 とはいえ恒星のエネルギーを吸収出来なければ、それを利用した核融合が行えないのなら、成長のための物質やエネルギーは得られない。体長十センチのままでは核融合のための臓器が持てないのは先述した通り。ならば第一幼体はどうやって成長するのか。

 難しく考える必要はない。今し方、ノヴァは。ならばそれを食べるのが、一番簡単な栄養素の補給方法だろう。


【ピリャアアアアアアア!】


【ピィィキャアアアアアア!】


 誰に言われるまでもないとばかりに、第一幼体達は攻撃的な叫びを上げながら姉妹に向けて泳ぐ。

 そしてなんの躊躇いもなく、大きく裂けた口で噛み付き、姉妹を喰おうとした。

 これがホシホロボシにとって最初の、生存率だけで見れば最大の試練。生まれた直後に姉妹同士の共食いを行うのだ。喰い合いに手加減も情けもなく、全力で相手を殺そうとする。喉や食道はないが、相手に喰い付く牙には小さな穴があり、此処から体液を吸い取る事が可能だ。勿論こちらが噛み付けば相手も噛み付こうとしてくるだろう。相手は上手く噛み付けない位置に食らい付くか、よりたくさんの体液を吸える位置を狙うか。はたまた自身の吸引力を利用して不利を補うか、死角から強襲するか、それを躱してカウンターを決めるか……

 戦い方は千差万別。一つ言える事があるとすれば、この戦いに引き分けはない。一度絡み合えば、どちらかが死ぬまで戦いは続く。

 ヒトから見るとなんとも恐ろしい光景に思えるかも知れない。血の繋がった家族同士の殺し合いなど、あまりのおぞましさに嫌悪を抱く事もあるだろう。だがこの方法はホシホロボシにとって、大きなメリットがある。

 そのメリットとは多様性の確保だ。突然変異というのは放射線などの外的影響を無視すれば、確率的に起きる。つまり試行回数が多ければ多いほど、突然変異により多様性が生じる可能性も上がるという事。ビギニング星系で生きていた祖先と同じように、一本の遺伝子しか持たないホシホロボシには有性生殖や組み換えによる多様性の確保が出来ない。ひたすら生みまくり、試行回数を増やす事でしか新しい形質が誕生しないのである。逆に二千万個も生めば一個ぐらいは変異していると期待出来る。多様性を確保する上で、子供の数は極めて重要な要素と言えよう。

 生まれたばかりの子を殺し合わせても優劣は分からない、という意見もヒトの中にはあるかも知れない。だが第一幼体は成体とは異なる見た目をしているが、体内では既に様々な臓器の原形がある。原型とはいえある程度動いてはいるため、身体機能の高さに直結している。これらの器官がより発達し、優れていれば、身体能力も高くなりやすい。つまりより優秀な形質を持った第一幼体は、第二幼体や成体になっても優秀な可能性が高いという事でもあるのだ。

 だからといってそこまでして多様性を求めなくても良いじゃないか、と考えるヒトもいるだろう。しかしそれは好ましくない。今この宇宙では様々な文明という、ホシホロボシにとって『天敵』となる存在が生まれている。文明の進歩は早い。たった百年で技術は瞬く間に進歩し、生み出した文明の当事者達でさえ付いていけないほどだ。進化しなければ発達した文明の力に負け、淘汰されてしまう……いや、既に淘汰された結果が今のホシホロボシの繁殖戦略を生み出した。

 ちなみに遺伝子的に見た場合、彼女達の共食いはあまり大きな問題ではない。基本的にはどの個体も同じ遺伝子を持っているため、極論誰が生き延びても遺伝子的には『同じ』だからだ。誰が死のうと、誰が生きようと、その後子孫を残せるのなら問題はない。

 激しく見えても、遺伝子的には単なる選別作業に過ぎないのだ。


【ピキャキャキャアアアアアアアアアア!】


 姉妹同士の共食いは、凡そ十時間もあれば終わる。二千万も幼体がいるとはいえ、誰もが積極的に相手を食い殺そうとし、満腹など知らないとばかりに次々と襲うのだ。この積極性は身体を少しでも大きくした方が、後の戦いで有利になるため身に付いた形質。幼いからといって、自然に容赦はない。

 たった一匹生き延びた個体の周りには、干からびた姉妹の亡骸が漂う……なんて事はない。生命活動を停止した身体は恒星の熱量を処理出来ず、即座にプラズマ化して消滅するからだ。

 残っているのは、体長十メートルまで成長した一個体だけ。


【ピリャリャリャ……】


 共食い競争が終わったところで、幼体は身体を丸め始める。ただしこれは休息などではない。

 身体の中には、既に十分な栄養が溜まった。しかし第一幼体の姿のままでは、恒星からエネルギーを受け取る事はおろか、星の外に脱出する事も出来ない。勝ち残り、次の子孫を残せるようになった以上、のんびりしている合理的な理由はない。

 身体を丸めた幼体の身体から、黒い粘液状の物質が染み出す。

 この物質は恒星のエネルギーを遮断し、中身である幼体を守るためのもの。いわば卵の殻のようなものだ。或いは、蛹の殻と言う方が正確だろうか。粘液で身体を完璧に覆った後、幼体の身体はどろどろと溶け出すのだから。

 溶けたように見える身体は、実際には液状となった訳ではない。細胞同士の結合が緩み、身体を支える能力を失っただけ。個々の細胞はまだ生きており、自由自在に動き回っている。

 細胞達は一見無秩序に動いているように見えて、実際には様々な場所を目指して動いていた。それらの場所にあるのは、第一幼体の身体にあった未成熟な器官。これらの器官の周りに細胞が集まると、この細胞達は分裂を開始。自らの姿を変貌させていく。

 細胞の分化が起きているのだ。未成熟な器官からは様々なホルモンが分泌されており、このホルモンを受け取る事で細胞がどの姿に変わるかが決定される。次々と分化していく細胞達は、一部は筋肉となり、一部は神経系や脳となり、一部は核融合器官となり……成体が持っているのと同じ器官を獲得していく。

 細胞の分化が終わるまでに必要な時間は、凡そ二千時間。ゆっくりと身体を再構築し、十分な体力を得たところで、殻を破って外に飛び出す。


【ピラララララ……!】


 改めて生まれた時には立派な第二幼体の姿、親と同じ形態だ。無数の目と力強い四枚の胸ビレを生やした、遺伝子通りの健康優良児である。

 ここまでくれば、いよいよ本格的に次世代と言えるだろう。とはいえ新たな世代の近くに、生みの親であるノヴァの姿は見られない。ホシホロボシに子育ての生態はなく、子供の成長を見守るという考えはないのだ。むしろ新たな世代を生む際、その新世代と他の新世代が混ざらないようにする必要がある。共食いは相手を選ばないので、混ぜてしまうと力の強い『姉』達が『妹』を食い尽くしてしまうからだ。これでは遺伝子の選別にならないため、親は子から遠く離れた場所で繁殖を始めようとする。

 親であるノヴァの顔すら知らない第二幼体だが、幼体の方も親なんて興味もない。それよりもついに立派な身体を手に入れたのだ。新たな繁殖地を、自分の住処を探す準備は整った。

 新世代は恒星からエネルギーと水素を取り込む。エネルギーを細胞に蓄積させつつ、核融合により有機物の備蓄も用意。十メートルだった身体はぶくぶくと太り、筋肉は張りを増していき、一気に体長十七メートルまで育つ。ノヴァが第二幼体だった時よりも大きな身体であるが、これは所謂『肥満』状態。何万年と続く旅を、身体に溜め込んだものだけでやり繰りしなければならない。

 十分な栄養とエネルギーを蓄えたところで、いよいよ新世代は尾の付け根から亜光速粒子ジェットを噴射した。

 粒子の反作用で加速していく身体は、恒星から飛び出し、惑星さえも拘束する重力を振り切る。未だ僅かな知的生命体が生き残る惑星の横を通り、秘密基地がある小惑星帯を潜り抜け、攻撃衛星の残骸を尻目に、『雲』も突き抜け……何十年も掛けて、星系の外へと飛び出す。

 もう後には引けない。退く気はない。新天地で自分の遺伝子を残し、より繁栄するために活動する。

 本能の衝動に突き動かされるがまま、一部ランダムに生成された神経系が生み出す個性的な好みを頼りに、新世代は新たな星を目指して進むのだった。






 ……これがホシホロボシの一生と繁殖だ。

 なんの前触れもなく訪れ、一つの文明をあっという間に滅ぼしていく……知的生命体にとっては悪魔としか言いようがない、恐ろしい存在である。しかしホシホロボシはまだその力が弱く、十分に発展した文明、或いは優秀な戦略家がいた文明では、大きな被害を出さずに撃退する例もあった。また周期的な電磁波に反応するという性質上、原始文明などのように電気を使わない文明であれば共存も可能だ。まだやりようのある存在だったと言える。

 しかしホシホロボシは進化している。敵対的な文明との接触を繰り返し、そしてにも適応していく形で。

 次はいよいよ宇宙の悪魔の全盛期。全ての生命が恐怖し、絶望した時代に栄えた種を観察しに行くとしよう。

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