ホシホロボシ4

 恒星フェンスエスラに肉薄したノヴァの身に、強力な熱が襲い掛かる。

 恒星フェンスエスラは太陽よりもやや大きな恒星で、活発な核融合反応を起こしている。その核融合によって強力な磁場を形成していて、磁場を伝わった熱が恒星周辺に蓄積。極めて高温の『大気』を纏う。

 これはコロナと呼ばれるものだ。ヒト文明がある太陽系の恒星・太陽も纏っており、温度は百万度を優に超える。恒星フェンスエスラが纏うコロナも同様の超高温だ。

 コロナ自体は極めて希薄なため、温度ほどの熱量はない。しかし普通の物質ならば瞬く間にプラズマ化してしまう程度の熱さはある。

 この高熱領域に突入したノヴァの身体も、無策であればあっという間に蒸発していただろう。だがホシホロボシの幼体である彼女の身には、高温への対処法が備わっていた。

 それは電熱変換である。

 表皮細胞で受けた熱は即座に電気エネルギーへと変換されるのだ。この電気エネルギーは体液を伝わりながら肝臓へと流れ、蓄熱細胞で改めて熱に変換されて溜め込まれる。この変換システムは熱量が多いほど変換速度が上昇するため、百万度を超える熱量であっても処理自体は可能だ。

 とはいえこれは熱の形を変え、肝臓に溜め込んでいるだけ。そして蓄熱細胞が貯め込める熱量にも限界がある。恒星が持つ莫大な熱エネルギーはやがて蓄熱細胞内の核をプラズマ化させ、膨張圧で細胞自体を破裂させてしまう。

 防ぐ方法は二つ。なんらかの方法で外に出すか、或いは消費するか。

 ただし外に出す事は実質不可能だ。熱力学の法則により、熱は高い方から低い方にしか移動しない(厳密にはランダムな粒子の動きにより『偏り』が生じる事は理論上あり得るが、観測可能なほどの差異が生まれる可能性はほぼゼロである)。つまり放熱するには表皮細胞を百万度以上まで上げねばならず、これでは表皮が蒸発してしまう。自傷行為にしかならない。

 よって使えるのは消費する事。例えば推進力である亜光速粒子ジェットのエネルギー源として使うのも、一つの手立てだ。


【! ピィラアア!】


 最早遠慮はいらないとばかりに、ノヴァは最大出力で亜光速粒子を噴射。更に加速していく。

 秒速九千キロも出せばコロナの領域もすぐに通過可能だ。抜けた先にある恒星の本体に、一切躊躇いなく突っ込む。

 恒星フェンスエスラの表面温度は六千五百度。コロナよりも圧倒的に低温であるが、これは太陽でも見られる一般的な状態だ。低温とはいえ六千度を超えれば、ほぼあらゆる物質がプラズマと化す。また物質密度はコロナの一兆倍もある。熱量で言えばこちらの方が圧倒的に上であり、より危険な環境だ。

 表皮の細胞どころか、蓄熱細胞の核も六千度になればプラズマ化してしまう。もっとエネルギーを消費しなければならないが、しかしノヴァは亜光速粒子ジェットの噴射を止めた。

 恒星内部に入り込んだら、今度は別のエネルギー消費手段があるからだ。

 一つは物質の合成。体内にある水素や二酸化炭素を利用し、有機物を合成する。化学結合には大量のエネルギーが必要であり、代謝活動や成長で必要な物資を合成すればいくらでも消費出来る。

 しかしこれも無策ではそう長くは続かない。

 何故なら恒星内部には、水素ばかりしかないのである。恒星の年齢や成立過程によって差はあるが、例えばヒト文明が栄えている時の太陽の構成物質は水素が七十三パーセント、ヘリウムが二十五パーセント、その他元素がたった二パーセント以下。あまりにも有機生命体と組成比率が異なるため、そのままでは使えない。おまけに炭素などの元素はどれも水素やヘリウムよりも重いため恒星中央に集まっているが、恒星の中央は百万気圧にもなる超圧縮空間。熱には強くとも、強度的にはそれほどでもない幼体ホシホロボシの身体ではこの圧力に耐えられない。居座れるのは恒星の浅い場所が限度で、そこにあるのは水素ばかりだ。

 このためノヴァの周りに身体の材料となる元素はない。ではどうするのか? 長く進化を遂げてきたホシホロボシは、一つの方法を会得した。

 ないのであれば、作れば良いのだ。恒星達と同じように。


【ピ、ピピララ……ピラララ……】


 身体が膨張するほどの力を込めながら、ノヴァの身体はその技を行う。

 技といっても代謝の一つであり、この過程はとある臓器内でのみ実行される。身体の中心部にある筒状の臓器であり、まず此処に周囲から取り込んだ大量の水素を送り込む。蓄積された水素は臓器内にて更に圧縮と冷却を実行。これにより固体化する。

 固体化した水素は臓器内にある次の部屋に送られ――――ここでレーザーの照射を受ける。

 レーザーを放つのは熱変換鉱と呼ばれる金属結晶体。送り込まれた熱を変換し、レーザーを放つ器官だ。高出力レーザーにより固体水素表面はプラズマ化、それに伴い爆発的に膨張する。すると内部燃料は表面の膨張圧により圧縮され、

 レーザー核融合と呼ばれる方式の核融合だ。この反応によりヘリウムが合成されるが、ヘリウムに対しても同じ事をすれば、更に別の元素が生み出される。この反応は鉄までなら比較的容易に可能であるし、エネルギー消費の多さに目を瞑ればそれ以降の極めて重い元素も生成可能。

 ホシホロボシは体内の核融合反応によって、自在に元素を作り出せるのである。

 本来重たい元素は恒星活動や、その後の死である超新星爆発により生成されるものだ。核融合が制御可能な文明であれば自力で作れるものの、これはあくまでも文明の力。生命体が単独で行えるものではない……その行えるものではない事を、ホシホロボシは成し遂げた。

 そしてこうなると様々な問題が一挙に解決する。

 まず恒星から受ける熱の消費先。レーザー核融合を行うには大出力のレーザーが必要であり、また圧力を維持するための臓器をプラズマで保護するなど様々なところにエネルギーを使う。鉄より軽い元素では核融合によりエネルギーが放出されるため、考えなしに行うと消費先どころか生産元になってしまうが、ホシホロボシが行う核融合は極めて非効率。このため生み出すエネルギーより、使うエネルギーの方がずっと大きい。また少量とはいえ鉄より重い元素……銅やヨウ素、鉛など……の核融合はエネルギーを吸うため、エネルギー生成元とはならない。ここで十分熱エネルギーを使い果たせる。

 更に核融合で元素を得るため、成長に必要な物資に困る事はない。足りない元素はどんどん核融合で作ってしまえば良くて、しかもその材料は恒星の質量、星系質量の九十九パーセント以上もあるのだ。どれだけ消費したところで使い切れない。

 しかも物資に困らないという事は、恒星の外に出る必要がない事も意味する。恒星の外では今もフェンスエスラ文明が活動し、恒星内部に侵入したノヴァがどうなったか研究者達が白熱した議論を交わしているだろう。そこにのこのこと姿を現せば、恒星内でも活動可能な身体の秘密を求め、躍起になって捕まえようとしてくるに違いない。姿さえ見せなければ「恒星内部でまだ生きているかも」という考えは荒唐無稽な仮説のままであり、『現実的』な考えに支配されたフェンスエスラ文明はノヴァを発見・確認出来ない。捉えようと努力する事さえもないのだ。これにより安全性まで確保される。

 恒星内部。そこは本来、生物はおろか物質さえも寄せ付けない危険な領域だ。

 しかし環境に適応してしまえば、そこは一転して楽園と化す。天敵はおらず、餌にもエネルギーにも困らない。最早ノヴァを脅かすものは何もなく、悠々と成長する事が出来る。

 ちなみに臓器内で行われる核融合能力は、これを目指して進化したものではない。自然淘汰とランダムな変異の積み重ねで起こる彼女達の進化に、目的や道筋なんてものはないのだから。最初は単純に恒星から受ける熱量の消費先として対外放射レーザー器官(スターイーターが持っていた器官から変化したもの)が生じ、これが幾つも生じる突然変異を起こして複数に分裂。その中の一つが体内に潜り込む変異が生じた。

 潜り込んだ後は時折誤発射をする迷惑器官だったが、再生力の強い体質のためあまり問題にならず、むしろエネルギー消費先として働いたためそこまで不利な存在でもなかった。それどころかレーザーの熱量により、僅かだが核融合を起こし重たい元素の獲得に成功。成長を促進するというメリットを持つ。その後はより器官として進化 ― レーザーに耐える細胞で包み込む、水素を送り込む、幾つかの部屋構造を持つなど ― して今に至る。

 進化は偶然の積み重ねだ。どれほど高度で、あたかも叡智が入れ込んだように見えても、本質的には偶然の積み重ねでしかない。

 知的文明から見れば進化というのは酷く非効率で、自分達の叡智に勝るものではないと思うかも知れない。或いは文明こそが、進化を上回ると考えるだろう。事実フェンスエスラ文明の発展した科学は、その星にあった生態系を支配下に置き、進化した生物達を完璧に管理している。彼等からすれば自然の進化など、文明の足下にも及ばない。

 ならば、ノヴァの力を知れば考えを改めるだろうか?

 確かにそうかも知れない。だが彼等がノヴァの正体と起源を知る事はない。

 ノヴァが恒星に辿り着いた時点で、フェンスエスラ文明の終焉は決定したのだから……






 終末の時が訪れたのは、ノヴァが恒星に突入してから十八万時間後。ヒトの暦に換算して、凡そ二十年以上の時が流れての事だ。

 ノヴァはこの二十年で成長しきった。体長は五百メートルを超えるまでに至り、身体と尾は彫刻を彷彿とさせるほどに整い、野生すら凌駕するほど雄々しく鍛え上げられた筋肉に包まれている。ぐるりと頭を一周するように並ぶ何十という数の目の近くにある突起も発達し、ますます攻撃的な姿となった。

 そして変化したのは外見だけではない。

 数多の敵と戦った兵士や武闘家、或いは弱肉強食の自然界で生き抜いた獣であれば気付くだろう。ノヴァの纏う気配が、極めて攻撃的で獰猛なものになっていると。危険なものには近付かない、怯えはなくとも警戒心の強かった幼体時とは全く異なる気配を纏う。

 それと同時に、激しい敵意も感じられるだろう。

 事実、ノヴァは怒っていた。理屈ではなく、極めて感情的に。

 彼女の怒りの対象は、恒星の外に広がる無数の文明。

 つまり攻撃衛星や民間宇宙船、更には惑星に築かれた都市である。これらの文明的産物は、勿論恒星内にいるノヴァに攻撃など仕掛けた事はない。星系内に侵入した際は追い駆け回されたが、あの時もこれといって攻撃はされていない。これといって酷い事は何もされていないのだ。だがノヴァはこれらに対し、激しい怒りを抱く。

 理由は、文明が作り上げた機械からは電磁波が放たれているから。

 成体となったホシホロボシが持つ性質の一つに、特定の電磁波が『大嫌い』というのがあるのだ。しかも生存上有害な訳ではなく、生理的に受け付けない、という程度の理由で。そしてその嫌いな電磁波の特徴は、周波数帯の変化が単調で規則的である事。

 発達した文明ほど電磁波の周波数帯はコントロールされており、変化が乏しい。出力も安定しており、極めて変化が乏しくなる。対して自然、例えば恒星が放つ電磁波の周波数は極めて乱雑だ。恒星内の核融合は確率的に起きており、分子の多さから一見安定しているが、反応数自体はあくまでもランダムなのである。例外は極めて安定的な周期でパルスを発生する天体・パルサーぐらいなものだ。

 よってホシホロボシは自然物なら無視するが、人工物に対しては激しい怒りを抱く。おまけにこれは本能故に止められない。ヒトが真っ赤に熟した果実に食欲が湧くように、ホシホロボシは周期的な電磁波に怒りが湧き出す。

 そう、怒りの源は確かに本能だ。ヒトなどの知的生命体であれば、勿論個体差があるので一概には言えないが、その怒りをぶつける事は『正当』ではないと感じるだろう。ホシホロボシも優れた、ヒトに匹敵する知能と情緒を持つ。しかし彼女達はあくまでも野生の生命体。彼女達の心に理性はなく、自らの行動指針は常に本能に委ねられる。腹が減れば食べ、疲れれば休み、怒れば攻撃する。

 フェンスエスラ文明を攻撃したい。本能に従う彼女はこの衝動に逆らわなかった。


【ピラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!】


 怒りの感情のまま咆哮を挙げると、ノヴァは尾の付け根にある噴射口から亜光速粒子ジェットを噴射。周りの水素が膨張して異様な状況を生み出しながら前進し、その巨体がついに恒星を飛び出す。

 二十年ぶりの出現、しかも恒星から飛び出す形だ。この姿を観測したフェンスエスラ文明の研究者達は度肝を抜かれ、政府や軍に届けられた報告は混乱によってすぐには処理されないだろう。尤も政治体型だの上位下達なんて考えは、ノヴァ達ホシホロボシにはない。ただ相手の動きが鈍い事が知れたなら十分であり、尚且つ好都合。

 ノヴァは不快なものを残しておくつもりなどないのだ。


【ピラアアッ!】


 怒りながら咆哮電磁波を放出。それと共に何十と並ぶ目の傍にある無数の棘が一瞬煌めき、そこから眩い光――――何十という数のレーザーが放たれる。

 レーザーは体内に溜め込んだ熱を変換し、生み出したもの。突起状の器官は、かつて卵を他星系に送り込むために使っていたものが進化して生まれた。命を育むための器官を、破壊のために変化させたのだ。レーザーは体内で行う核融合反応以上の出力を持ち、更にごく小さい範囲に圧縮されている。

 ノヴァはこの強力なレーザーを、目の前に浮かんでいた衛星に撃ち込む。攻撃された衛星は攻撃衛星ではなく、恒星活動を監視するために配備されていたもの。当然ノヴァにとっても無害であるが、しかしそんな事は関係ない。この機械も規則的に動いているがために、規則的な電磁波を出しているのだ。攻撃対象とする理由は、端からそれしかない。

 レーザー攻撃を受けた攻撃衛星は、装甲のみならず内部の電気系統が切断された。ヒトが作る架空映像作品では、よくレーザーのような攻撃を受けると爆発を起こすが、あれは科学的には正しくない。レーザー自体は光エネルギーに過ぎず、照射面を加熱して焼き切るだけ。爆発が起きるのは、中に燃料やガスなど可燃物がある時だ。

 フェンスエスラ文明の衛星には可燃物はほぼ搭載されていない。過去の事故経験から、爆発を引き起こす要素は徹底的に排除された結果だ。しかし熱量により装甲、その奥にある電気系統が切られれば機械を動かすエネルギーが回せない。レーザーにより大穴を開けられた衛星は機能を停止し、沈黙する。

 電磁波の放出が止まったところで、ノヴァはこの攻撃衛星については許す。攻撃する理由はあくまで不快だから。そうでなくなったのなら、執拗に叩きのめす必要はない。

 それよりも標的はいくらでもあるのだ。そちらの攻撃をする方が優先度は高い。


【ピイィイイィラアアアア!】


 即座にノヴァは次の相手に目標を移す。

 今度の狙いは、恒星調査に来ていた科学船。こちらも攻撃的な武装は一切持ち合わせておらず、あくまで科学調査や実験のための宇宙船だ。しかも中には多くの高名な科学者が大勢乗っている、所謂有人船である。

 だが、ノヴァにとっては関係ない。不快な電磁波を垂れ流している事しか、彼女の意識には上っていない。

 もしも此処で船の電源を落とせば、乗組員は助かっただろう。だが突然恒星から現れた巨大生物が、まさか機械の発している電磁波が不快だからという理由で迫っているとは誰も思わない。科学者達に抵抗する暇などなく、ノヴァが放ったレーザーにより焼き払われてしまう。こちらは知的生命体が生きていくための酸素が含まれていた事もあり、爆発・炎上を起こして粉微塵に吹き飛ぶ。

 人的被害がついに出た事で、フェンスエスラ文明もようやく事態の緊急性を理解した。近くにある基地から続々と戦うための宇宙船、全長一千メートルもある戦闘艦が姿を現す。ノヴァの正体や目的は不明でも、攻撃しなければ不味いと察したのだ。

 加えてノヴァは、あくまでも一個の生命体だ。文明的存在ならばその後の接触・交渉なども考えねばならないが、ケダモノ相手ならば無用の心配。野生動物の駆除ならば遠慮はいらないと、フェンスエスラの艦隊は強力な武装での攻撃を始める。

 ただしその武装は、レーザー兵器だったが。

 レーザー兵器自体は悪いものではない。レーザーとは光であり、故に光速で飛んでいく。相手との距離が数十万キロ、数百万キロ離れていてもおかしくない宇宙での戦闘において、秒速数百キロのミサイルや機銃では届くまでに数十分も掛かってしまう。これだけ遅ければ相手もゆっくり回避や防御の準備が出来るので、攻撃としてあまりに頼りない。光速で飛んでいくレーザーでなければ、宇宙では実践的な時間での戦闘は行えないのだ。

 しかしホシホロボシにレーザーは相性が悪い。彼女達の身体には恒星の熱量さえ処理する、強力な変換能力がある。レーザー程度で与えられる熱量では、焼き切るどころか活力にしかならない。

 攻撃するのであればミサイルや機銃など、物理的攻撃の方が幾分効果的だ。フェンスエスラ文明の艦隊もすぐにノヴァの性質に気付き、物理攻撃に切り替える。何十分も掛けて飛んできた銃弾、そのほんの一部がノヴァに命中した。

 だが効果は薄い。ノヴァの表皮に、ほんの僅かな傷を与えたのが精々である。

 光学兵器が主力となっているフェンスエスラ文明において、これらの武器はあまり発展していないのだ。ヒト文明が使っているものよりは遥かに高性能だが、爆発の威力はレーザーと比べると小さなもの。屈強な肉体を持つホシホロボシの成体は、多少ならば物理的衝撃にもある程度の耐性を持つ。無傷とまではいかないが、受けるダメージは擦り傷程度だ。爆発や着弾時に放たれる熱量はレーザーと同じく吸収してしまうため、これもまた脅威とはならない。

 とはいえ何百何千と飛んでくるミサイル全てを受ければ、相応の傷は負う。擦り傷も百回積み重なれば肉を抉る大怪我だ。星系全体を支配するフェンスエスラ文明は物量にも優れており、新たに出撃した艦隊が続々とノヴァを目指して集まっている。このままでは物量に押し潰され、ノヴァは倒されてしまうだろう。

 ノヴァ自身、戦局が不利である事を理解出来ない訳ではない。彼女の頭には優秀な頭脳が詰まっているのだ。しかし退こうとはしない。

 彼女の頭の中にあるのは知性だけではない。何十億年と研ぎ澄まされ、数多の文明と接触しながらも生き延びてくる事が出来た本能もまた詰まっている。そして知性には閃かずとも、本能にはこの状況をどうにかする作戦があった。

 その本能のままに、ノヴァは叫ぶ。


【ピィィイイイィィイイイイイイィィイイイイイイイイイ!】


 叫ぶといっても実質は電磁波の放出だ。全身の筋肉を激しく伸縮させ、生み出した熱を電磁波に変換して飛ばす。とはいえレーザーと違い圧縮されていない電磁波を浴びたところで、高度な文明の機械達は壊れない。

 重要なのは、この電磁波の波長だ。

 ノヴァが放ったのは極めて波長の短い、ガンマ線である。強力なガンマ線を浴びた分子からは自由電子やイオンが飛び出し、これが宇宙空間を飛んでいく。ノヴァ自身も浴びるのだが、ホシホロボシの細胞は自由電子やイオンを代謝する仕組みがあるためこれといって悪影響は受けない。自覚症状も全くなかった。

 しかしこの電子達を浴びた機械は異なる。電子機器などの機械類が飛んできた電子を受けると、その電子が電流となって回路を流れるのだ。ちょっとした電流程度ならば問題ないが、多量かつ高エネルギーの電子が生み出す電流は極めて大きい。このような過剰な電流をサージ電流と呼び、電子機器の誤作動や故障を引き起こす。

 この現象はヒトが考案した軍事攻撃の一つ、EMP攻撃と同じ原理だ。強力なガンマ線の発生源は核兵器を想定しており、それだけのエネルギーが必要な攻撃なのだが……恒星のエネルギーを内包しているホシホロボシの成体にとっては、身震いで生み出せる程度のものでしかない。

 フェンスエスラ文明もEMPや核攻撃の概念はあり、どの宇宙船も対策は講じている。だがノヴァが吐き出したEMPはあまりにも強力で、戦闘艦の電子機器が不具合を引き起こす。

 高度に発展したフェンスエスラ文明は、このような事態に対する備えもしている。時間を掛ければ再起動は可能だ。されどその時間があれば、ノヴァが宇宙艦隊へと肉薄するには十分だった。


【ピイィィィララララララララアアアアアア!】


 最大出力の亜光速粒子ジェットを噴射。ノヴァは一直線に戦闘艦へと接近する。

 これには戦闘艦の乗組員達も驚いた。遠距離攻撃こそ至上、とまでは言わないが、一般的に攻撃は射程が長いほど有利。何しろ一方的に相手を叩けるのだから。故に高度な文明の戦いは、基本的には射程ギリギリのところで行う。勿論前線を押し上げる、相手を撹乱するなど目的によって戦うべき位置取りは異なるが、そういった『応用』は基本を守ってこそ意味がある。

 優れた文明であるフェンスエスラ文明にとって、いくらEMPで動きが止まったとはいえ、突撃してくるノヴァの行動は奇妙な愚行に見えたかも知れない。しかしノヴァからすれば、ホシホロボシ流の戦い方の基本に則った行動をしている。

 ホシホロボシはレーザーによる遠距離戦よりも、肉弾戦の方が得意なのだ。


【ピララアッ!】


 減速する事なく突撃したノヴァは、戦闘艦に体当たりをお見舞いする。宇宙空間に放り出されたら死んでしまう、知的生命体を乗せた宇宙船では出来ない荒々しい攻撃だ。しかしホシホロボシにとっては、ちょっと肌が痛む程度のものでしかない。

 そして身体で感じる痛みは、止まらない怒りの感情が塗り潰す。

 何度も何度も頭突きを放ち、ついに戦闘艦の装甲に穴を開けてしまう。切れた電気系統が火を噴き、あちこちで小規模な爆発が生じた。中の知的生命体を一瞬で焼き尽くす程度には熱い炎だが、恒星の中で暮らしていたノヴァからすれば生温い熱量だ。火傷にすらならない。ある程度破壊して、電磁波が乱れたら放り投げてしまう。

 仲間の船が破損すれば、それを見捨てる訳にもいかない。救助艇の送り出し、隊列の組み換え……


【ピラララララララララアアアアアアッ!】


 だがノヴァは更なる追い打ちとして、再びEMPを放つ。二度目のEMP攻撃に再度機能停止する戦闘艦。それらに体当たりをお見舞いし、戦闘艦同士の玉突き事故を引き起こす。一度に二隻三隻と大破して機能を失う。

 近距離戦のメリットは他にもある。ヒレが届くぐらい接近すれば、ノヴァの高速移動で戦闘艦を翻弄出来る事だ。高速でも当てられるレーザーはホシホロボシに殆ど効果はなく、低速のミサイルは躱せるどころか戦闘艦を盾にして防ぐ事も可能。肉薄されては、戦闘艦達には戦う手立てがない。

 たった一体のノヴァ相手に、星系文明の大艦隊が手も足も出ない。更に疲れたら休息が必要な知的生命体と異なり、恒星から得たエネルギーにより神経細胞に蓄積した老廃物を高速で除去出来るホシホロボシには休息どころか睡眠さえも不要だ。十時間以上絶え間なく戦いを続けてもその肉体は疲労せず、補給さえも必要としない。

 フェンスエスラ文明も、長い歴史の中で幾つもの戦争を経験してきた。その経験値を活かし、補給や人員交代に万全を尽くして前線を維持しようとする。しかしホシホロボシが持つ桁違いの戦闘力と持久力には敵わず、戦闘部隊が徐々に瓦解していく。

 電磁波を放つ相手が減ると、段々ノヴァの関心も薄れていく。ノヴァは敵を攻撃しているつもりなどない。不快な電磁波を止めようとしているだけだ。

 だから艦隊がいなくなれば、次はより大きな安定的電磁波を放つ、近くの基地を狙う。

 基地を壊したら、次は大きな衛星を狙う。

 そして衛星がなくなれば――――惑星に建設された都市を狙う。

 惑星上の物体を破壊するのに、直接降り立つ必要はない。宇宙空間から大出力レーザーで乱雑に、電磁波を発している部分を徹底的に焼き払うだけ。文明的規則的な電磁波を消し去るまで念入りに攻撃を続ける。そこにいる知的生命体を根絶やしにするつもりはないが、都市が焼き払われれば途方もない被害が生じるだろう。尤も阿鼻叫喚の惨劇も、ノヴァ達ホシホロボシからすれば殺虫剤を浴びてひっくり返った虫を見るようなもの。晴れやかな気分になるだけだ。

 知的生命体から見れば、正に『悪魔』が如く所業。

 このような行動……規則的な電磁波を攻撃する性質が発達したのは、ホシホロボシにとって文明が邪魔だからだ。

 成体となった後は、繁殖という大仕事が待っている。次の世代に命を託す大事な行動だ。しかしこの時文明が残っていると、飛び立つ幼体の捕獲を試みるかも知れない。折角生み出した子孫を捕まえられては子孫を残す上で不利だ。

 より多くの子孫を残せるのは文明から子供を守り切った個体。

 このためホシホロボシは文明を破壊し、幼体の安全を確保するような進化を遂げたのだ。勿論文明と戦えば死ぬ事もあり得る。しかしそれでもより多くの子孫を残せたのは、文明と戦い、無力化する事を選んだ個体群。それほどまでに文明は、ホシホロボシの幼体を見逃してはくれなかった。

 ホシホロボシを『星滅ぼし』まで育てたのは、過去に存在した数多の文明と言えよう。

 フェンスエスラ文明もノヴァによって、文明としての機能が停止するまで破壊されるだろう。そして不快感をなくしたところで、ノヴァは悠々と我が子を産むための準備を始めるのだ……

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