ホシホロボシ2

 ホシホロボシの生涯は、宇宙の旅から始まる。

 母体が暮らしていた星から放たれ、遠く離れた恒星へと単身向かう……この始まりは、祖先種であるスターイーターと全く同じように見えるかも知れない。

 だが、ホシホロボシの姿をよく観察すれば、既にスターイーターと大きな違いがあると分かるだろう。

 それは宇宙を飛んでいくものが、卵ではなく幼体である事だ。

 体長十六メートル。成体をそのまま小さくしたような姿をした幼体が、真っ直ぐ宇宙空間を飛んでいる。剥き出しの身体で、何もない宇宙を飛んでいるのだ。しかもその身体は干からびたり、粘液に覆われたりもしていない。休眠状態ですらなく、活動的な状態を保っている。


【……………ピラァァ】


 起きている身体は、内部に蓄積した電磁波を時折鳴き声のように放出。レンズのような瞳を無数に持った頭で、周囲の様子を探っている。

 彼女……ここではノヴァと呼ぼう……が見ているのは、辺りに輝く星々。

 『食糧』とするための星系を選んでいるのだ。ホシホロボシもスターイーターなどの祖先と同じく、恒星からエネルギーを得て、小惑星などから資源を得るという生活史を送る。このため子孫を残すにはまず生育に適した星を探し、そこに向かわねばならない。

 祖先であるスターイーターは、親が好ましい星を見付け、そこに卵を送り込むという生態だった。しかしホシホロボシは幼体が自ら星を探し、自らの力で目的地へと向かう。今まで親が担っていた負担を、子自身で賄うようになったのだ。

 満点の星空は多くの知的生命体にとっては美しいものだが、ノヴァ達ホシホロボシの幼体にとってはお菓子の家の物件案内のようなもの。ノヴァも自分の食糧、それと新たな『住処』となる恒星探しをするため、一生懸命周囲を見渡す。

 この見渡す行動だが、ただ眺めているだけではない。

 飛びながら星と自分の角度を計測。自身の移動速度――――秒速二百キロの速さの動きで得られた変化から三角測量を行う。これにより星々がどの程度離れているのか、どれぐらいの速さで動いているのかを計算していた。

 勿論これは簡単な話ではない。近くとも数光年と離れた恒星に対し、ちょっとやそっとの距離で三角測量を行っても正確な数値は得られないのだから。たった一度の角度変化を得るためにも、数百億キロも移動しなければならない。それより小さな変化となると、並の生物の目では捉える事さえも困難である。

 ただしこれは観測精度や解析能力に優れていれば、いくらでも改善可能な問題点。そしてホシホロボシの能力ならば、そこまで大きく動かずとも、微かな変化でも捉え、解析する事が可能だ。

 この観測精度の高さを実現とするのが、高度に発達した目である。

 ホシホロボシの目は一見して丸いレンズ型をしているが、解剖出来たならその目が体内奥深くまで伸びた ― 幼体であるノヴァでも深さ五十センチはある ― 筒状をしていると分かるだろう。そしてこの筒状の目は二つの『鏡』、つまり光を反射する構造体を持つ。鏡の一つはレンズの底にあり、もう一つはレンズ中心部分……真ん中に浮く形(実際には透明な繊維で支えられている)で存在している。底にある鏡を底鏡、真ん中に浮いている鏡を斜鏡と呼ぶ。

 底鏡は僅かにだが中央が凹んだ形をしており、このため反射された光は中心部に寄った、円錐を描くように進む。この反射した光を小さな斜鏡で更に反射し、レンズ側面に張り付く視神経に送り届けるという仕組みだ。

 これはヒトが用いる天体望遠鏡の中でも、反射望遠鏡と呼ばれるものと同じ構造をしている。反射望遠鏡の利点は、構造上鏡を支えやすく、望遠鏡の大型化が容易である事。望遠鏡は大きければ大きいほど多くの光を集められるため、暗い星を発見したり、解像度を上げたりする事が出来る。つまり大きい望遠鏡ほど、より詳細で些末な変化も捉えられる、優れた性能を持つという事だ。

 この優秀な目のお陰で、ホシホロボシは極めて詳細な画像データを得られる。とはいえデータが詳細なだけでは、正しい答えを導き出す事は出来ない。得られたデータを正しく、出来る限り細かく処理する必要がある。

 これを可能とするのが、ホシホロボシの持つ神経系だ。情報を正確かつ即座に解析処理するため、レンズに張り付く視神経は非常に大きい。神経細胞の数を増やし、情報を高速で処理するためだ。勿論細胞自体の性能も優れており、この優秀な細胞が求める大量のエネルギーを送るため、無数の血管が張り巡らされている。

 この視神経の向かう先にあるのは、更に巨大な神経細胞の集まり。

 ヒトにも分かるよう例えるなら、それは『脳』と呼ばれる器官だ。スターイーターにも知能を有するほど発達した神経系はあり、ホシホロボシも全身に発達した神経系を有す。だがそれとは別に頭部神経系が極端に肥大化した、正に脳と呼べる形をしている器官も持っているのだ。そしてこれは全身の情報を集めて処理する中枢神経というより、目から得た情報の処理に向いたもの。ここで視覚情報を適切に処理し、僅かな変化も見落とさずに認識する。

 勿論「脳だから」という理由で、頭の神経系が肥大化したのではない。情報伝達には僅かなりと時間が掛かり、巨大な身体では無視出来ないほどの『タイムロス』となる。目から得た情報を全身で処理するのは非効率なため、目近くの神経系を肥大化させ、迅速に情報を解析出来るようにしたのだ。

 ちなみにこの脳は視覚情報処理の副産物として、極めて高度な思考……類人猿、或いはヒトに匹敵する『知性』も生み出す。ただしここで言う知性とは人間がイメージするような、道具を作り出したり文化に理解を示したりする事ではない。感情や情緒など、複雑な精神活動を行えるという意味だ。

 更にこの精神は、ヒトとは感性が大きく異なる。何故ならこの脳のようなものは、厳密には視神経の一部と神経系が融合して出来た複合器官。このためほぼあらゆる思考が、視覚的な感性に由来する。

 例えば喜びの感情を覚えると、白い色が頭の中に浮かんでくる。


【ピラロロロ〜】


 今のノヴァの思考も、白い色で満ちていた。

 『喜び』を覚えた理由は、優れた目と脳により『好み』の恒星を発見したため。見付けた恒星は遥か七十一光年彼方で輝いている。もっと近くで輝いている星もあるが、それらは。好きでもない星には行きたくない。故にノヴァはより遠くとも、好みの星に狙いを定めた。

 『好み』で食べ物や住処となる星を決めるのは、如何にも非合理的に思えるかも知れない。しかし遺伝子に従うまま、意思なく選べば、誰もが最寄りの星系に向かうだろう。そうなると近くで生まれた個体……姉妹で選ぶ星が重なりやすく、競争が生じてしまう。それは好ましい状態ではない。

 好みという個々が抱く価値観により選べば、姉妹で狙う星が重なる可能性は低くなる。こちらの方が遺伝子を効率的に増やす上で適応的だ。非合理な行動が非効率とは限らないのである。


【ピラララッ】


 さて。ある星に狙いを定めたところで、ノヴァは身体の向きを変える。勿論真空である宇宙空間ではヒレを動かしても掻くものがないため、身体をジタバタさせても一ミリも先には進めない。

 ここで身体を動かすのは、尾の付け根にある推進器官。此処から噴射し、その反作用で真空を突き進む。

 スターイーターやヒレナガウチュウサカナでも見られた器官であるが、しかしホシホロボシはこの部位も祖先達とは異なるものに変化していた。噴射するものが液体燃料の燃焼で生じた水ではないのである。

 代わりに出てきたのは、極めて太いビーム状の輝き。

 これは『亜光速粒子ジェット』と呼ばれるものだ。体内に蓄積した熱エネルギーを任意の……本当になんでも良いが、よく使われるのは水素である。量が多いので……物質に注ぎ込み、運動量を極限まで高めた状態で放出する。亜光速の速さで放たれた粒子は大きな反動を生み、これで推進力を生み出すのだ。

 亜光速粒子ジェットが液体燃料よりも優れている点は、主に二つ。一つは液体燃料のように物質を限定しない事。粒子なら基本なんでも良い。このため体内で余った物質であればどれでも利用可能であり、物資不足に悩みがちな宇宙空間でも安心して使用出来る。

 更にもう一つの利点は、ジェット推進よりも『格納スペース』が必要ないところだ。液体燃料も他の燃料(石油など)と比べれば格別に優れているが……亜光速粒子ジェットで使われるのは熱エネルギー。熱とは粒子の『運動量』であるため体積を持たない。このため液体燃料よりも大量の『推力』を身体に溜め込む事が出来た。

 燃料の搭載量というのは、恒星まで何万年と飛び続けなければならない星間移動生物にとって無視出来ない要素である。

 例えばヒトが開発したロケットは、地球から飛び立つだけで全体質量の九割を燃料にしなければならなかった。極めて効率の良い液体燃料でもこれだけの量と体積が必要である。真空のため殆ど減速のない宇宙空間だが、姿勢制御や方向転換では燃料を使わねばならない。そのため液体燃料で長距離航行を行うには、『全体』の殆どが燃料という歪な形とならざるを得ない。

 エネルギーという形で溜め込む事で、ホシホロボシは歪な身体にならずに済んでいるのだ。

 勿論、実際にはエネルギーを溜め込む物質が必要であり、この物質は体積がある。ホシホロボシの場合、肝臓(に該当する臓器)に多量に存在している『蓄熱細胞』が熱を溜め込んでいる状態だ。この細胞は中心部分に『ヘリウム結晶体』という特殊な物質で出来た『核』を持ち、核の中心は高比熱アルコールという物質が満ちている。ヘリウム結晶体は熱エネルギーが極めて伝わり難く、代わりに放熱性が極めて高い ― つまり触れた物質に一方的に熱を渡す ― という性質を持っていた。ただし赤外線など電磁波により加熱された場合は、普通の物質のように熱を持つ。そして高比熱アルコールは比熱容量が極めて大きく、大量の熱を蓄積しても温度が殆ど上がらない。つまり同じ温度でも、より多くのエネルギーを持てる物質だ。

 ヘリウム結晶体の核の周りには有機物で出来た外殻が存在し、ヘリウム結晶体との間は真空状態になっている。身体で生成された熱は赤外線の形でヘリウム結晶体に照射され、ヘリウム結晶体は唯一自身に接している内側の高比熱アルコールに熱を伝達。溜め込まれるという仕組みになっていた。高比熱アルコールに蓄積された熱は、核に差し込まれる『伝熱突起』により吸い上げ、これを光エネルギーに変換してレーザーにする。

 この方式の利点はもう一つある。液体燃料という使ものではなく、なんにでも応用可能な熱エネルギーを使う事だ。熱エネルギーは必要に応じて変換され、運動機能の維持や、代謝で生じた二酸化炭素やアンモニアの再加工にも使われる。身体の材料を何度も循環させる事で、飲まず食わずでも何万年と生きる事が可能となっていた。

 ……ここまで話を聞いて、こう思うかも知れない。

 何故わざわざ起きているのか? と。スターイーターのように星々を渡る時は卵などの形で休眠し、恒星が近くに来てから目覚める方が効率的ではないかと。

 確かに、効率だけで言えばその通りである。そして生物は基本的に、効率が上のものが生き残り繁栄する。しかし生物の生き方というのは、単に効率だけを求めれば良いものではない。

 そもそも重要なのは、効率ではなく『生存率』である。

 実のところスターイーターの恒星間移動は、非常に失敗率の高い方法だった。彼女達は恒星の動きを目視で確認し、レーザー推進で卵を撃ち出していた。しかし宇宙には様々な『障害物』がある。星雲のように多量(といっても一立方メートル当たり水素分子が数百個程度だが)の分子が漂っている場所もあれば、巨大な恒星やブラックホールの重力が及ぶ範囲もあるだろう。そういった場所を通ると真っ直ぐ進む筈だった卵の軌道が曲がり、目的地に到着出来ない。そして広い宇宙において、安全に真っ直ぐ飛べる空間はあまり多くない。

 このためスターイーターが飛ばした卵のうち、九割以上は宇宙の藻屑となっていた。無論恒星間移動という通常の生物はおろか、大抵の文明では困難な事を数パーセントの確率で成功させるのだから、十分な偉業であり、適応的な形質と言えるだろう。

 しかしホシホロボシの繁殖戦略――――十数個分の卵を一体の幼体に注ぎ込み、その一体が与えられたエネルギーだけで方が、より確実に繁殖を成功させる事が出来た。覚醒状態の幼体であれば、自分の感覚で星の位置を観測出来る。観測出来れば、重力などで方向が狂わされても軌道修正が可能である。より成功しやすいのは当然だ。

 勿論そのためには幼体が何万年も生き続け、亜光速粒子ジェットに使うための莫大なエネルギーを持たねばならない。蓄積する仕組みがあっても、中身が空っぽでは無意味だ。しかしホシホロボシがエネルギー源としているのは巨大な恒星。無尽蔵のエネルギー源があるため、補充するものには困らない。むしろ潤沢にあるエネルギーを使わないなど、その方が『勿体ない』だろう。

 存分にエネルギーを使い、確実に子孫を残すホシホロボシ。同じく恒星のエネルギーを餌とする、祖先種スターイーターとは競争相手になった。恒星系を先に独占すれば、相手は排除出来る。他にも競争要因は色々とあったが……総合的に有利となったのはホシホロボシ。競争に敗れたスターイーターは繁殖機会の喪失から絶滅し、今やこの宇宙で成功を収めているのはホシホロボシの仲間だった。

 ――――話をノヴァに戻そう。

 好みの恒星を見付けて、亜光速粒子ジェットで進むノヴァ。祖先種であるスターイーターは、秒速六百キロで卵を撃ち出していたが……自分から加速出来るホシホロボシはこの程度の速さを超える事など造作もない。長い時間を掛けて加速し、最終的にまで速さを出せる。光速の三パーセント近い速度であり、銀河を横断する程度ならば数百万年で成し遂げてしまう。

 この速さは何もない、流星などに衝突する可能性が低い場所だからこそ使えるスピードだ。塵や氷など色々なものが浮かぶ星系内では使えない。しかし言い換えれば、何もない空間であれば思う存分使える。そして銀河の大半は星も星雲もないスカスカの領域だ。彼女の行く手を阻むものはない。それこそ数万光年程度の距離であれば、隣の銀河にだって行けてしまう。

 宇宙を自由に駆け抜けていくノヴァは、あと三百年も飛び続ければ目当ての星系に辿り着く。スターイーターから進化したホシホロボシには寿命がなく、身体にあるエネルギーが尽きない限り死は訪れない。そのエネルギー切れも、補給なしでざっと五万年は先の話だ。三百年の旅路など、ホシホロボシにとっては大した道のりではない。

 とはいえヒトからすれば十分に長い時間だ。少し時間を飛ばし、次は彼女が新天地である恒星に辿り着いた時から見てみよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る