スターイーター5

 グリーが最初の耐久卵を生んでから、ヒトの暦に換算して三万年の時が流れた。

 ナバゥ星系に生息するスターイーターの総数に大きな変化はない。小惑星を粗方食べ尽くした状態であり、今では新たな資源の供給は殆どないからだ。ごく稀に得られた資源の大部分はグリー達成体が食べてしまい、その大部分は耐久卵として星系外に放出されている。個体数増加に回される資源は、得られた資源のほんの一部だ。

 とはいえ何百兆もの個体数がいる事は変わりない。今もグリー達は恒星の周りを飛びながら、新たな小惑星が飛来する時を待っていた。

 恒星が光を放ち続ける限り、そのエネルギーを活力にするスターイーターは飢えを知らない。何万年でも、何十万年でも待ち、ついに全ての小惑星を喰ったとしても、恒星が燃え尽きるまでゆったりと暮らす――――そんな暮らしを送れる筈だった。

 しかしこの瞬間、まるで楽園のような暮らしは終わりを告げる。


【キュ、キュルルルゥゥー】


【キュルルルル】


 グリーやその周りにいるスターイーター達が反応を起こす。何かが恒星に接近してきた事を感知し、本能のままそれを喰らおうとしているのだ。

 物体の直径は三百メートルほど。数匹も張り付けば、あっという間に食べきってしまう大きさである。しかし貴重な食料である事は変わりない。何百兆もの大群が、一斉に向かっていく。

 ……同時に、比較的優れた知能を持つスターイーターの多くは違和感を覚えた。

 物体の飛び方が小惑星と少し異なるのだ。一般的に一定周期でやってくる小惑星は楕円または円のような周回軌道を描く。所謂公転軌道というものだ。つまりある程度弧を描くのだが、その物体は真っ直ぐ飛んでいた。

 また物体は一個ではなく、五つもある。偶々並んでいるにしては、飛んでくる軌道があまりにも同じだ。ぶつかる様子もなければ、離れる素振りもない。おまけに大きさはどれも同じである。

 挙句、形が奇妙だ。。表面には凹凸がなく、金属のような光沢を放っていた。またヒレの先には棘のような突起が幾つもある。塵が集まって形成された小惑星や彗星にしては、あまりにも歪な形だ。

 何かがおかしい。グリーもそれを感じたが、しかし野生生物である彼女達は『それ』がなんであるか知らない。ましてや今まで危険などというものと無縁の暮らしをしてきたのだ。変だと思っても、危ないという思考には結び付かない。

 彼女達がいよいよ危険を感じたのは、物体から何かが五つ放たれ、そして仲間数体に命中するやを起こしてからだった。


【キュゥ? キュキュー!?】


【キュ、キュゥゥゥー!】


 爆発により仲間が数体粉微塵に吹き飛ぶ。そこでようやく異常事態を理解したグリー達は、大慌てで身を翻す。

 スターイーターは、危険というものを理解出来ない訳ではない。

 例えば彗星の中には、恒星の熱や放射圧に耐えきれず崩壊してしまうものがある。崩壊時には無数の破片が四方八方に飛び散り、秒速数十キロの弾丸となる。そして大きさが小さいといくらスターイーターでも破片を見落とす事があり、避けられず命中する可能性もゼロではない。

 秒速数十キロの石を無防備に受ければ流石に怪我を負う。故に仲間がなんらかの形で怪我ないし死亡した場合、そこから逃げ出すように本能……つまり恐怖心を抱くよう進化していた。ヒトは恐怖という感情を克服したがるものだが、恐怖自体は生存上必要だから習得した性質である。スターイーターにも恐怖はあり、危険から逃げようとする衝動を起こすのだ。そして流星相手であれば、それだけで特段問題はなかった。

 しかし今回の相手は、グリー達を追ってきた。

 グリー達は群れではない。故に逃げる時は己の思うがまま、無秩序に散らばっていくように動く。ところがグリー達を攻撃してきた五つの物体は、あろう事か散開するスターイーターの後を追跡してきた。小惑星なら何かとぶつからない限り軌道など変わらないのに、滑らかなカーブを描いて迫る。


【キュゥゥルルゥウゥーッ!】


【キュ、キュゥーッ! キュゥウッ!?】


 スターイーターにとって、自分達を追跡する存在など理解も出来ない。一体あれはなんなのか、どうして追ってくるのか、何をされたのか……

 確かにスターイーターは賢いが、その知能は地球生命のイヌ程度でしかない。そしてこの現象を理解するには、ヒトぐらいの知能が必要だ。

 何故なら今グリー達を追ってきているのは、

 ――――スターイーター達は惑星には殆ど興味を持たず、食べに向かおうとしない。厳密には恒星に極めて近い星なら(小惑星と思い込んで)食べる事もあるが、液体の水がある環境、所謂ハビタブルゾーンほど離れた位置にある星は見向きもしないのが普通だ。

 このためなんらかの生物が誕生した惑星があっても、基本的にはそのまま放置される。惑星に誕生した生物は環境変化などを経験しつつ、進化を続け……中には知的生命体まで進化する事もある。ましてやナバゥ第三惑星では、グリーがやってきた時には既に知的生命体が発生している段階だった。あれから十三万年も経てば、宇宙に飛び立つ文明も出てきてもなんら不思議ではない。

 そして宇宙進出した文明が、スターイーターを野放しにする事はまずない。

 何故ならスターイーターはあまりにも大群となるからだ。グリーの群れも、今や数百兆という数まで増えている。粗方小惑星を食べ尽くした事でペースこそ落ちたものの増加傾向なのは変わらず、大きな小惑星の飛来などで十分な餌が得られれば、更に個体数を増やすだろう。

 しかしスターイーターの数が増えると、文明にとって何が問題なのか?

 それは、恒星の光を遮る事だ。何百兆という数のスターイーターであっても、群れのサイズは恒星から見れば微々たるものにしかならない。何しろ恒星というのは、星系の質量の九十九パーセント以上を占めるほどの大質量を持つ。星系内の惑星と小惑星を全て解体しても、恒星の百分の一未満だ。質量ではどう足掻いても恒星には敵わない。

 しかし表面積であれば話は違う。スターイーターの群れは個体が重ならず、平面的である。恒星の光を効率的に受け取るための本能だが、この結果広大な面積を群れで覆い、結果恒星の光の一部を短時間ではあるが遮断してしまう。

 そして光が遮られると、その影響は遠く離れた惑星にまで及ぶ。

 スターイーターと同じく恒星の光を遮る現象としては、地球における日食が挙げられる。月が太陽を遮る事で、日中でも陽光が失われる自然現象だ。この日食時には気温の低下が見られ、観測地点だと時には十度近く冷える。スターイーターはそこまで完全には光を遮らないが、群れは高速で恒星を周回するため、『日食』の頻度自体はかなり多い。

 陽光が何度も遮られれば、その分惑星に降り注ぐ光エネルギーの総量も少なくなる。結果として惑星全体の気温低下を招き、寒冷化を引き起こす。

 それだけなら惑星の気候が少し変化するだけの話だが……問題なのは、スターイーターの群れの動きが不規則である事。小惑星を探して恒星の周りを飛び交う彼女達の群れは、規則的な公転運動から予測出来る日食とは違う。自由気ままに動き回り、遮ったり遮らなかったり、どう動くか予測出来ない。

 結果として、ナバゥ第三惑星の気温は極めて予測困難なものとなっていた。夏に寒くなる事も、冬に暖かくなる事も珍しくない。

 気温の上下は農業に大きな影響を与える。生物には適した気温があるため、暑くても寒くても生産性が低くなってしまうのだ。農業は安定した食糧を生産し、文明に欠かせない『人口』を養うために必要なもの。また文明がある程度高度化すれば、産業の一つとして経済に組み込まれる。この農業が不安定になる事は、文明的・経済的に好ましくない。

 そしてある程度発展した文明であれば、スターイーターの存在は観測可能だ。

 いや、恒星の光で目を焼かれる覚悟があれば、肉眼でもスターイーターの群れは確認出来る。事実ナバゥ第三惑星の文明でも、古代からスターイーターの存在は認知されていた。吉凶の証、神の実在、悪魔の群れ、妖魔の行進……伝承の形はどうであれ、ナバゥ第三惑星文明の文化に深く根付いていた。当然多くの科学者が、この謎の生命体について調べようと考える。

 しかし高度な観測技術で調べれば、スターイーターが気温の乱高下を引き起こす『害獣』だと分かってしまう。

 文化に根付く存在であり、また宇宙に飛び立てるぐらい発展した文明なら生態系の重要性は理解している。ナバゥ第三惑星もスターイーターがいなくなれば、明確に増加した光エネルギーにより温暖化が急速に進行するだろう。だが野放しにしてスターイーターが更に増えれば、気温の上下は更に激しくなる。経済的、食糧生産的にこれは好ましくない。

 よって文明がすべきなのは、適切な個体管理。そのために欠かせないのは基礎研究であり、調べるための標本である。

 今回グリー達に襲い掛かった攻撃機は、スターイーターの標本を採取するために来たのだ。無人攻撃機の性能で『捕獲』は可能か、攻撃にどう反応するのか、死骸に対する行動は……様々な調査も兼ねており、また絶滅を避けるため殺す個体は数十体に抑えている。


【キュールルルルゥー……】


【キュルルルルゥー】


 数百兆いるうちの、ほんの数十体。全体から見れば僅かな被害に過ぎず、攻撃機が死骸を牽引して持ち去ると、群れはすぐに落ち着きを取り戻す。

 スターイーターはそもそも仲間意識がないので、同種の死に悲しみなどの感情は抱かない。攻撃機に恨みを抱く事もない。また無性生殖で増える彼女達は、例え一体からでも繁殖可能だ。数十体程度の捕獲など、個体数の抑制にはならない。

 しかしナバゥ第三惑星文明は、今回の捕獲作戦によりスターイーターについてより多くの事を知るだろう。その知見はスターイーターの効果的な『防除』に結び付き、完璧なコントロールを可能とする。

 グリー達の群れの生殺与奪権は、ナバゥ第三惑星文明に完全に握られたのだ。

 ……このような事態は、今のスターイーターにとって然程珍しい事ではない。この宇宙の誕生から二百億年近くが経過し、数多くの巨大惑星が超新星爆発を起こした。星の大爆発といえば破滅的な様相が浮かぶかも知れないが、超新星爆発を起こす前の恒星内では鉄やニッケルなど、多くの有機生命体に欠かせない元素が作り出される。爆発した星はこれら元素をばら撒き、新たな星の材料となった際、生命の源となる。

 超新星爆発が起きれば起きるほど、宇宙の中には有機生命が溢れる。有機生命の数が増えれば、知的生命体にまで進化する存在も増える。知的生命体の数が増えれば、星の世界に飛び立つ文明は珍しくなくなる。

 更に文明を持つほど生命が高度な知能を持つには、多くの進化的時間が必要だ。例えば地球生命の場合、ヒトという知的生命体を生むまでに三十八億年も掛かっている。ヒトが誕生した宇宙の年齢が約百三十八億年であるため、ヒトの誕生には宇宙の年齢の十八分の五程度の時間が掛かったという事。しかしこの宇宙は既に二百億年近い時が経っており、知的生命体が誕生するのに十分な歳月が流れていた。

 このため、今この宇宙には数多くの文明が存在する。その全てが宇宙に進出出来る訳ではないが、一部は大いに発展していた。更にその中の一部は星々を股に掛けようとしている。最早生物が宇宙へと進出する事は珍しくない。文明の叡智は、スターイーターを難なく管理するだろう。

 絶滅には至らずとも、スターイーターの繁栄の道は知的生命体により閉ざされた――――そのように見えるかも知れない。

 だが、生命は変化するもの。

 駆除のため攻撃を加えれば、生命はそれに適応するように進化する。より逃げ足の速い個体、より繁殖力の強い個体、より丈夫な個体……或いはより攻撃的な個体。それは今までのスターイーターの生活、平穏で豊かで安全な世界では、決して優れたものではなかった形質だ。しかし文明による攻撃的な対応が、彼女達を変えていく。

 病原体が薬剤耐性を獲得するように。

 魚が漁で取られる前に産卵出来るよう早熟に変化するように。

 スターイーターも文明に適応する。

 それが多くの文明にとって、悪夢のような形だとしてもだ……

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