32.
白い海鳥たちが飛びたって、話が始まるのに丁度よい間隙を得られたようでした。
「私は、あの海の向こうのそのずっと先の街にいた。その街は周辺と良好な関係とは言えず、敵対するような張り詰めた視線を全方向に向けていた。丁度君のいた街と同じだったのかもしれない。私はその街の兵卒だった。志した理由はそう大したものではない。能力的な適正が兵卒に善く向いていたという程度だ。地面を揺るがすような大きな戦災にいくつか駆り出され……死ななかったの、は、結局、運が良かった……のだろう」
ウォーレンさんはどこか他人事に喋っていました。
「君の魔法が特別なように、私の……そうだ、この銃も私の街の特有の代物だ。鉄鋼の加工に長け、彼ら独自で開発した機械群は巨大な動力を生み出し、これのように小さくとも殺傷力に長じた武器を生産するにも至る」
小銃の先端が彼の手元で円を描きます。
「姉は、単純に言えばこういうのを作る仕事をしていた。人を殺せるものを作る仕事だ。もちろん、そればかりではなかったし、生活のためだと割り切っていた。けれど彼女は……褒められた人ではなかったのかもしれない。とはいえ顔中に煤をつけて機械部品を触っていた姉はとても楽しそうだった。それが純粋に彼女の興味だったのだろう」
わたしはウォーレンさんの顔を見ました。
「だがどれだけ大義を語ったところで所詮、こんなものを作るような人間たちの集まりだ。使い方一つで数百、数千の命を守る技術が、同じく数百、数千の命を奪うために使われてきた。その功罪は結局、……周囲の街により、攻め、落とされる、という結末に終わる。彼らもその危険性の芽を摘んでおきたかったわけだ」
見つめている海岸線の先に、地図から消えた一つの街のことを思っているのでしょうか。帰る故郷がないことは、もしかすると目覚めてすぐのとき、わたしが感じていた不安感をウォーレンさんにも等しく抱かせるものかもしれません。
「……寂しさや不安か。君は、感じていたのか?」
そういった不安は、今では殆ど薄れています。なにしろわたしにはもう、頼れるお人が三人もいますから。
「そうか。私達が君にとってそういう存在であるのは嬉しい。私も、君と君達がいるなら心強いことこの上ない。マリーには、とても助けられている」
その言葉はわたしの喉が飲み下しかねました。わたしがウォーレンさんの助けになったことは、わたしの記憶を巡っても特に確認できません。助けていただいたことは両手で数えられないほどはあるのですが。
「君はその意識はないかもしれない。それならそれでも構わない」
軽い絆されを感じたわたしですが、そのわたしは撫でられた頭の心地よさにここは口を挟まぬべきだと判断いたしました。
「姉は数年前に行方がわからなくなった。理由も目的も分からないが、いろんな痕跡だけは残してくれていた。私は数年来会えていない姉を探して、それらを調べ上げ、辿り、そしてアムシースという街に至り、そこへ向かった。そして……」
ウォーレンさんはそこから先は語ることでもないだろうと締め括りました。最後に何があったか、もちろんわたしはそれを既にこの目に焼き付けています。
「申し訳ない。やはりつまらない話になってしまった」
そんなことはありません!わたしにとっては発見の多いお話でした。特にウォーレンさんのお姉さんへの想いの強さも感じます。
「姉への?」
どうしても会いたくてずっと探していたのですから。とても大切な方だったことが伺えます。
「……そうなのかもしれない」
ウォーレンさんは、またどこか他人事のようにそう言いました。
「だが、今私にとって最も大切なのは君だ。君が君自身に向く関心に整理をつけられるまで私は君の助けになろう」
握り直されたわたしの右手は優しく包まれるようで、この温かさはどんな不安感だって消し去ってくれるようです。だからわたしの心は日に当たるように明るくなれるのです。
お洋服のお店でわたしの丈に合う服を見て回りましたが、今のわたしの服以上にキラキラした服は見つかりませんでした。ウォーレンさんもなるべく多様な提案を心がけてくださったようで、ハーツさんの趣味っぽい鮮やかな色や、文字通りの意味でのキラキラのついたものを見繕ってもくださいました。それこそハーツさんに直接指示されたくらいには的確にハーツさんの趣味らしさがありました。しかしそれらは、ウォーレンさんが持ってきて見せてくださった上で、
「とはいえこれはまた旅をするなら明らかに邪魔になるだろうが」
と自分で取り下げてしまいました。すぐ取り下げるならば見せずともよかったのではないでしょうか、とも思えるのですが。
目下この一張羅で今後をしのぐのが困難であることは火を見るより明らかと思えて、嵩張りにならない程度でお買い物をすることにいたしました。もちろん一番は変わりませんでしたがそれでも素敵なお洋服ばかりです。
「かなり今のその服を気に入ってもらえているようだ」
それはもちろんです!ブラウンの靴をコンコンと心地好く鳴らし、ベージュの服をくるりとはためかせてわたしはお応えしました。
高い金属音のドアベルがわたしたちを見送って、デートの目的のひとつが達成されました。これは同時に、現状唯一だったデートの目的が消化されてしまったことと同義と言えます。
「さて、では他に行きたいところはあるだろうか」
この質問はすぐ答えなければとてもまずいです。気まずい空気感を生み出してしまい、ウォーレンさんにつまらない時間を提供してしまうからです。でも、お洋服以外にわたしの思いつく素敵なものはもう美味しいものくらいなもので、でも先程頂いた肉串と果物のデザートがまだお腹の中に残っていてこれ以上の幸せを摂取すると残念ながら身体がはち切れてしまうようです。三つ編みをまた指で弄ります。困りました。
周囲の光景に映るお店を一つ一つ、素晴らしいデート計画の最後の空欄に適合するか検証していると、時間がかかってしまっていたようでウォーレンさんが口を開きました。
「では、私が目的地を提案してもよいだろうか?」
紙の匂いはそれが自然物であると錯覚させられます。奥の棚の二段目の本を、何ともなく引っ張り出してみると、本が引き連れていた灰色の埃たちが選ばれた喜びで舞い上がり、わたしの鼻のあたりに強い攻……はくちゅっ!
「大丈夫か?」
わたしは本を戻しながらてへへと笑って見せました。
本屋さんをウォーレンさんが選んだことはかなり意外でした。本を読む印象がないのもそうですが、それ以外でもどうも結びつきません。
「先日、君はその本をもらっただろう」
ウォーレンさんはわたしが左手に抱えていた彼の本を示しました。
「ハーツと文字を勉強している様子も見て、君はその類のものを気に入るんじゃないか、とかねてから考えていたんだ」
ウォーレンさんも本をお読みになるんでしょうか?
「私は……申し訳ないがからっきしだ。これなら、少しでも教養を身に着けるべきだったらしい」
背の高いウォーレンさんは、棚の高いところの本の背をなぞり、首をかしげています。さりとてわたしも当然詳しいわけがなく、どれがどのような本なのか……。覚えたての文字を使って右から一つずつ順に読み上げてゆきます。この空間は世界中でも有数の量の文字が集合しています。同時にくしゃみの素も有数の量が集合していますが、鼻をつまめば対策になるでしょうか。
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