30.
「でさぁ、ハーツさんってばひどいんだよ〜。確かにちょっと調子に乗ってたかもしれないけど……」
就業後、海岸沿いの石階段に座って夕ご飯を待つ間、アルカさんの愚痴がわたしの耳の中へ流れ込み続けていました。
「ねぇ〜!いくらなんでも流石にやり過ぎだと思わない?」
わたしの目線から見ても、自業自得の言葉がぴったり当てはまる気がします。
「うぐっ……はぁ……」
肩を落としてしまいました。少しキツかったでしょうか。
赤焼けた空は世界が終わりを告げるかのように地上の人間に無関心で、けれど海はそんな空を焦がれて映し、揺れる気持ちを波音にして天の彼方へ送り続けています。
「改めて見ると、めちゃくちゃでっかいねぇ~」
腕の一振りでこれを割れたら、さぞ気持ち良いことでしょう。
「何それ!すっごく楽しそう!」
例えばの話です。言うだけはタダなので。けれどアルカさんは真に受けてしまって、どれをどうするとか、あれをこうするとか、聞いたことのない単語を連ねて頭の中での試行錯誤に取り組んでしまいました。付き合いが少し長くなってきただけにアルカさんという人柄がだんだん分かってきたようにも思います。
「……あっ、ごめん!ついつい自分の世界に入っちゃってた」
どうやら相当バツの悪い表情をしていたらしく、アルカさんの空想世界に水を差すことに成功してしまったようでした。
「えへへ、ママ以外と魔法のことゆっくりお喋りできたの、思えばマリーちゃんが初めてだからテンションあがっちゃってるのかも。カルタちゃんたちと一緒に暮らしてた時はそれどころじゃなかったし」
言われて少し盲点だったと思いました。皆さん結構知識をお持ちだったようでしたが、結局その日のご飯を工面するのには役立てられそうになかったということでしょう。
「そうだねぇ。できることの共有はしていたけれど、細かい部分までを学び合ったり教え合ったりは全くできなかったな。カルタちゃんの魔法とかすっごかったし、ラピスちゃんにも鉱石魔法のこととか分かりやすく教えて欲しかったけど……」
今頃あの村の宿屋さんで皆さん元気にやっているでしょうか。わたしはあの宿の外構を脳裏に思い起こして記憶を呼びます。
「でも今は、マリーちゃんのお話がもっと気になるかな!」
わたしのことですか?
「うん!どうかな、あれから何か、あの魔法のことで分かったこととかないかな?」
手をついて身体を寄せて目を煌めかせる彼女はどうにも小動物的で、しかし餌を待っている舌にわたしは何も与えられず。
「そっかぁ……進展なしかぁ……」
以前も触れましたが、歩行や瞬きの方法を説明するようなものです。扱いは充分に長けているとしても、意識の外にあるものにわたしの弁舌は通用しません。ましてや知らない他人から過程も飛ばしていただいたものでもあります。それに関連していえば、ここ最近ではさらに使い方どころか何かもわからないものを付け足された様子もありますが。不満点を抗議するようにわたしは彼の本の装丁をじっと見つめます。歩行や瞬きを説明するならば体の仕組みに詳しい学者さんに頼ればよいです。魔法に置き換えれば、まさに彼がその第一人者だったでしょうに。
「うーん……じゃあじゃあ、僕も僕で三、四は仮説を立ててみたんだけど、ちょっと聞いてくれないかなぁ?」
この話を聞き始めるとどうなるでしょうか。これは世界でも有数な簡単な問題で、もちろん全く興味がないわけではないもののこの危機回避本能がわたしにノーの回答を準備させていました。ただこの準備は、回答すら待たずに第一の仮説を未知の言葉と、未知の言葉を説明する未知の言葉で解説し始めたが為に無用となりました。少しずつでも勉強するべきなのでしょうか。
「って感じで、どうかな?」
でも、今分からないものははっきりと分からないと言うべきなのは確かです。
「ありゃりゃ……まぁでも確かに、根拠に乏しい点がいくつかあるし、そうだよねぇ」
そういう意味じゃないんですが。
ただ実のところ、わたしの気持ちはずっとどこかここにあらずでした。アルカさんのお話も、難しいとはいえ半分は聞き流してしまうくらいには。そう、わたしの頭は今、魔法のことを考えている暇などないのです!
「んぇ、何かあったの?」
それはつい先ほど、アルカさんに待ちぼうけを誘われる少し前のことです。
「で、ででっ、デート!?」
インパクトのため、焦らす様に煽ったのが効いてか、アルカさんは大変驚いたようです。この反応はとても気持ちがよいです。
「それって、ウォーレンさんに誘われたの!?」
はい!明日の正午が待ち合わせです。
割れたお皿の後始末を終え、ハーツさんの代わりにお鍋の様子を見守っていた時、丁度荷運びを終えたウォーレンさんが顔を出してくださって、
「この街のこともまだよく知らないだろう、せっかくだ。明日見て回らないか?」
といった次第です!素敵なご招待を受けて、ほっぺが赤くなったのに気づかれなかったか、ちょっと心配でした。
「ん?は、はぇ~。それは……その……」
アルカさんは言葉を少し詰まらせます。どうやら、恋愛ごとについては奥手だったようです。今回のデートでお勉強できたこと、魔法のお勉強と交換するのもいいですね。
「なるほど……でもたしかに、荷馬車の移動は毎日疲れちゃったし、ここに来てもすぐ洞窟探索になっちゃって、ようやくゆっくり過ごせる時間が来たって感じだもんね!」
もちろん、デートという意味が付かずとも、こうして羽を伸ばす時間は今のわたしにとってはとても新鮮で特別でした。楽しみな気持ちは隠しきれそうにありません。
「おめかしとか、していくの?……と言っても、その一着だけなんだっけ」
おめかし、とは服装の周辺のことです。とても恵まれたことに、わたしは、この素敵なお洋服を……お洋服を……。
「……ん、どうしたの?」
時刻はとうに日が傾き切った今、わたしはあまりにも失念していたものに気が付き、血の気が引いていくのが肌の下に感じられました。服、お洋服!そうです。特別な時間は特別なもので彩られなければなりません。それはお召し物についても同じです。このお洋服と靴はたしかにウォーレンさんからプレゼントしていただいた大切でとてもお気に入りの一品ですが、気に入っていつも着ているためにこれでは特別感がありません!ど、どうしましょう……!今から新しいお洋服をどこかから……。
「お、落ち着いて!そろそろお店もしまっちゃってる時間だろうし、それにお金の問題もあるし」
言われてみればそうです。しかしこのままでは普段通りです。特別感のないデートでは、ただの街歩きと同じになってしまいます!せっかくのデートを台無しにするわけにはいきません。
「そうだなぁ……でも服や靴を変えるのは、今から邪魔に合わないし……あっ、そうだ!」
アルカさんはパッと何かをひらめいて、
「ほら、ちょっとこっち来て!」
わたしの肩を密着するほどに寄せました。顔を見ると、いいおもちゃを手に入れたように満足そうに口角が吊り上がっており、そのおもちゃがわたしであることを意識すると身震いします。せめて先に、何をするか伝えてほしいのですが……。
「いいからいいから、ほら、すぐ済むからじっとしててね~」
成程、ハーツさんもこの気持ちだったのでしょう。これからは事前の報告を欠かさないようにしたいと思います。
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