24.

 どうやら、かなり調べ上げていらっしゃったようです。この街の情報が急流と流れ込むこの屯所をしても目撃情報が得られない……それは逆に確実性の高い情報と言えるのかもしれません。しかしそれは、

「アムシースの旅団が、ここを目的地に旅をしながら、でもこの街やこの街の近くに滞在したことはないってこと?」

 アルカさんの手で正しくまとめられたその主張は大きく背反を起こしています。火のないところ煙が宙へと伸びることはなく、しかし、ここには煙しか見当たりません。

「となると、行路の情報が間違っている線が高そうだけど……」

「俺もそれは何度か考えた。そもそもが神出鬼没なやつらの足取りを何とか調べたって程度の情報だ。それもふらふらとどっちに向かって進んでいるかわからない。だが……だが俺の勘でしかないが、パターンがあるように見えるんだ。そしてその最終目的地は……」

 ここらしい、と。ますます雲を追いかけるような話です。

「その直感は正しいかもしれない」

 そう言ってウォーレンさんは、ベッドで足をプラプラさせて大人たちの討論から除されていたわたしの方を見ます。……さてはわたしが根拠ですか?

「我々がここを目的地に設定したのも、そもそもマリーの直感に従ったが故だ。彼女はアムシースと何等かの関わりを持っていた。その彼女がこの場所だと、針を指した。アムシースの連中もこの街に針を指した。この一致には大きな意味があるように思える」

 信頼を寄せられると、むしろわたしが示した針路がただ見当違いだったらと不安になります。しかし、淡く薄い根拠は水を掴み上げるような思考導線上都合の良い標石になってしまえて、討論はまずこの論拠の元に回りだしてしまいました。傍観者としてこれは、良い兆候には全く見えないのですが、わたしの隣で一緒に足をぷらぷらさせていたアルカさんもこの論理に痛く食いついてしまい、結局論拠の当事者を除いた意見の飛び合いが軽やかに進みます。本当に大丈夫でしょうか……?




 ベリルマリンは海沿いの港町ですが、住宅の集成から少し外れて少し歩くとすぐ、高い木に視界を上から覆い尽くされます。

「この森はそう深くはないんだが、他は草地の平原や街道沿いの村ばかりでな」

「確かに、この視界の悪さなら何か隠されていてもおかしくない。しかし……」

 先導するご主人に続くウォーレンさんは周囲を見渡します。

「いかにもハズレって感じねぇ。歩いても何か見えてくる気配もないし」

「木箱の一つや二つじゃなくて、活動拠点丸々一個がほしいんだもんね」

 木立は差し込む陽光を防ぎ、何の変哲もない草の香りがします。遠くに海があることを思わせる潮風の味付けがあるものの、しかし外には別段の特徴もないただの森です。静まり返った森は、わたしたちの話し声と、草の根を踏み歩く音しか聞こえません。度々吹かれてざわめく枝葉の擦れ音も無ければ、この森に生命を感じることもできなかったかもしれません。

「ねぇねぇ、マリーちゃん」

 お気にの服を汚さないようにとだけ気をつけていると、アルカさんに声をかけられました。

「なにか見つけられそう?」

 わたしに期待されても困ります。

「いやいや、マリーちゃんはアレがあるじゃん。……もしかして、流石に範囲が広すぎるとか?」

 言われてようやく思い出しました。むしろこれまで頻繁に使っていながらなぜこの格好の使い所で忘れていたのでしょう。わたしは探しものの大天才なわけです。加えて探しものが見つからないことまでわかるのですから。

 静かに意識を研ぎ澄まし、ゆっくりと呼吸を整えます。もう何度も行った所作ですから慣れたものです。一度大規模な範囲の森を調べ上げたことはありましたが、あの後すぐに意識を手放すほどの反動をもらいました。この場でそんな無理は無用です。小さい範囲を丁寧に調べるつもりで意識を溶かし……。

 呼吸を整えて、魔法を解き、ゆっくりと目を開けました。歩きながらだったため視界は、少し前に進んでいました。

「どうだった?」

 何もありませんでした。おそらくは森の半分近くを探索したのと同程度の効能だと思いますが、本当に特徴の欠片もない……。

「そっかぁ……じゃあ本格的にハズレだねー……って、マリーちゃん?」

 わたしは、小さな予感と直感に突き動かされてすぐそばの木に近寄り、じっくりと観察しました。何の変哲もない、ただの木です。そう、ただの木でした。しかし、それ以上が全く読み取れません。幹の様子も枝の生え際も葉の付き方も、あまりにも特徴が見えない、見えてこないです。それが自然なことでしょうか?今までなら、探しの魔法を使えば、周囲の情報がすぐさま大量に流れ込んできたことでしょう。もちろん特徴のない、というのは共通するかもしれませんがそれはわたしがそれらをまとめ上げた結果として出てくる感想です。木々がまるで自分から特徴がないと訴えてくるかのように……むしろ違和感極まりないです。

「ええと……?」

 わたしたちは、見かけだけの何かに騙されているのかもしれません。そして、こんな『見かけ』を作ることができる集団なんて限られてくることでしょう。

「たしかに……一理あるかも。みんなに知らせてみよっ!」

 わたしはその案に頷き、先行する彼らの元へ駆けます。

 ただその歩みはすぐに止まりました。簡単なことです。いくら視界が悪くても、わたしたちが先ほど少し立ち止まっていたとしても、見逃すはず、なかったのに。

「嘘……いない……。みんなどこ行ったの……?」

 気が付かないうちに、わたしたちは神秘からの誘いを受けてしまったのかもしれません。鼓動が耳元にまで迫り、草の揺れが風の吹き抜く音と共に背後へ駆けてゆきました。色そのものが変わってしまったかのよう。

 わたしは探しの魔法を再び使います。使うだけなら簡単です。そして、消えた皆さんの存在だけなら確認できました。しかし存在は見えてもウォーレンさんたちの姿はこの眼にまったく映りません。透明薬を飲んだときと違ってその場所に近寄ってもやはり誰もいないのです。もはや魔法は機能していませんでした。アルカさんはずっと困惑に言葉を囚われています。

 心強いお味方も居るとはいえ、頼りの大人たちと引き剥がされた事実はわたしにピリリと辛い緊張感を与えます。しかし、むしろこれだけの異常が起きてくれたのです。懐疑は確信に変わりました。耳元に近づいた鼓動は、引っ張られ、千切られるような不安の他に、手がかりを……その尾を掴んだ高揚も混ざっています。

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