16.
光の中、もしくは光の先には、何か大きなものが眠っていて、わたしはそれを呼び覚ました、ということなのだと思います。全身、火照るように熱く、身体を巡っているはずの液体が、制動を失ったようにうねり、ひずみ、憤るようにわたしを活かしている事実を訴えます。呼吸が安定し、身体の負担がなくなるころに、やはり前の紋様と同じようにわたしの頭の中には新たな常識が追加されました。ただ困ったことは、会得したものがどんな魔法がわかりません。前回はすぐさま使うことができたのでどのような魔法なのかをすぐに断定できたのですが、今回は使い方の見通しが全くつきません。使うべき時に使うことができるのかもしれないのですが、お料理の作り方は分かって、その材料と出来上がったものはわからない、みたいな……かなり不自然な手触りで、これを形容する語彙の少なさをすこし悔やみます。
眩みに瞑った目を開きます。皆さんに、今感じたことを伝えるべく、わたしは待っていただいていた皆さんの方を見ます。ハーツさんはまだ慣れた様子でしたが、
「今の……」
まだ見たことのなかったチェイムさんは驚かれている様子でした。
「今まで感じたこともない大きな魔力変動。昨日の……あの時以上」
興味深い事象だったようです。この事象の中心たるわたしがちんぷんかんぷんですが。加えてわたしが会得したものの具体的な内容すらすぐには説明できないです。期待にはお応え出来そうにありません。
「使い方がわからないってこと?」
そうです。
「うーん……なんか、よくわかんないけれど、さっきの話的にはこのタイミングで必要だからここに呼ばれたのよね。なら、今もらった魔法の使い方も、すぐにでもわかるはず、よね?」
思い返せばそれもそうです。と言っても、推論の元手とした理論はどれも世迷い事もいいところに見えますが。そして、その使い所として考えられるものはやはり……。
「ウォーレンの方で、なんか起こってるわけじゃないでしょうね……」
ハーツさんは息を吐き、村の方を見ます。きっと恙無くやってくれてるはずです。意見を仰ぐように、わたしはカルタさんを見ました。
「……」
カルタさん?
「……あっ、えっと……」
先程までの一瞬の間、彼女の目は魅せられたように瞳孔を開き、ただ一点を見つめていました。この話題の中心点をです。これを発動させる前と同じように、吸い込まれるように恍惚としています。ただ、集中というより我を失っているという感じでした。
「うんと、その……何か……何か、が、頭の……中に……入って、きて……」
カルタさんの様子の変化に、
「えっ、それ大丈夫!?気分悪い?」
「あっ、その頭が痛いとかは全く無くて……でも……」
カルタさんはゆっくりと目線を下げます。
「これは……」
彼女の藍色の目が小さく揺れます。そして、
「あっ、ええとほんとに大丈夫です!心配なさらず」
注目を受けていることに気づいてもう一度の配慮を通しました。大丈夫ならいいけど……と、ハーツさんは惜しむように言葉をすぼめたあと、
「でも、ほんとにしんどかったらちゃんと言ってよ!わかった?」
「は、はい!」
標木を記すように忠告しました。遠慮しがちなのは良くないです。お気持ちはちゃんとお伝えしてこそですよ。
「それマリーが言う?」
寄り道はありましたが、結果、時間的にちょうどよかったようです。村落の方まで降りてきたわたしたちは子供を連れだった高身長の黒色のコート姿を探し、一回り大きなおうちの近くでまさしく見つけました。狭い村なだけに異質な格好はあまりにも目立ちます。
「来たのか」
ウォーレンさんが気付いたのに併せてその周りについた皆さんが反応します。
「……!カルタ姉!」
背負われた彼女に飛びつくように集まるのは、無理もないことなのでしょう。
「よかった……目が覚めたんだね!」
「うん、みんなごめんなさい……私のせいで……」
「カルタ姉はわるくないって思うよ!カナたちのために頑張ってくれたんだもん!カノもそう思うよね?」
「うん!カルタ姉、ここに住むことになってからずっと頑張ってばっかりだった!カナもそう思うってさ!」
「……ありがとう、みんな……」
それぞれが思い思いの気持ちを述べ終えて、大人はそこから先の話を進めます。
「収穫はあったの?」
「……」
ウォーレンさんは申し訳なさそうに俯いて、済まない、とだけ付け足しました。周囲に引っ付いていたみなさんも、残念気分を見せます。
「この宿は女主人ひとりで切り盛りしている。人手という面でも最適と考えていたのだが……」
「アテが外れたってことね」
「村落全体で共通認識的に広まっている、根深い嫌悪感情のようだ。一人の意見の変化も見込みにくいようだ」
聞く耳も持たないって感じね、とハーツさんは村落を一瞥します。
「僕ら……」
年長の、濃碧のローブがゆらっと揺れました。アルカさんです。
「悪いことはしてないつもりだよ。僕だけは、昨日とかは食べ物に困って荷馬車を襲ったりもしたかもしれないけど……」
彼女にとって、あの行為は襲撃に該当するようです。
「でも、ここまで冷たくすること……それも、アムシースなんて僕ら見たこともないのに……」
手にしているロッドがプルプルと震えています。怒りか、悔しさが、その両腕を席巻しつつあるようです。この村にのしかかった黒色の空気は理不尽に濃く、しかして、わたしたちの視界を塞ぐそれが世界の厳しさだと説教するようでした。
いっそ、荷馬車に全員載せてわたしたちと一緒に、というのは……
「できるならいいけど、さすがに無茶ね。一人や二人なら負担にならないかもだけど、六人も載せるほどの余裕はないでしょうね」
わたしのすんでの閃きも、特に大きな実を結ばずに土に還ったようです。やはり、この村に紐づくのが答えに思えます。真剣な表情でほかの住居がないものかと代案を出してみるハーツさんと、その代案に現実性が与えられない事実をあてがうウォーレンさん。そのそばで、黒色の空気に呑まれて唇を噛むアルカさん。わたしはその隣で、右手の指と左手の指を眺め、すり合わせます。五本の指を動かせども動かせども状況が何も変わらないのは世界の常識と道理に感じられます。ハーツさんが最初に言っていたことを思い出します。私のこの優しさは、最後にアルカさんを幸せにする優しさかわからない。その通りかもしれません。わたしはある意味勇気を振り絞ってアルカさんを助けたいと感じました。その結果、確かに人の命まで救えているのかもしれません。でも、結果はどうでしょうか。問題の根は残り、わたしがかけたやさしさというのはただすべてを後回しにしたに過ぎないのだとしたら。でも、あの時見て見ぬフリをできなかったのも事実でした。自分の胴の中央付近に、大きなうねりを感じます。無力感と名付けられる感情なのかもしれません。
その大きなうねりに、わたしもまた呑まれる、呑まれてしまう。絡みつくそれはこの上なく気持ち悪い、気味が悪い。なんというか、とてもいやです。
「……誰?あいつら」
ハーツさんが開口一番でしたが、その喧噪な声と人間の足音の接近は、全員の注意を惹くに十分だったと言えます。集団は軽微とはいえ武装、そして、高い笑い声を上げています。いわゆるただゴロツキさんと呼べる彼らでしたが、わたしは勝手に直近の無縁なはずの事実と紐づけていました。――――今後、すぐにでも必要になるからともらった、あの魔法です。
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